第五話 『豊穣神のダンジョンの奥で……』 その二十四
『ガルルルルルウッ!!』
石の怪物は、まるで飢えた狼のように唸った。そして、『石狼』は残酷さを示すために跳びはねた。這いずりながら逃げようとしている、縛られた盗賊に対して。『石狼』の石造りの体が、盗賊の脚を踏みつけた。
乾いた木を斧で叩き割るときのような音が響き、盗賊の脚が『石狼』の重量によって曲がってしまう。骨が折られているのだ。
人体の中でも最も太く頑丈なはずの大腿骨が、なんとも呆気なく折れてしまっている。激痛のあまりにか、それとも極度の恐怖心のせいなのか、あるいは無理やり折られた骨が脚のなかの太い血管を傷つけてしまったことによる失血性の気絶なのか。
……理由はどうあれ、盗賊は泡を吹きながら意識を消失してしまっていた。
「な、何っすか、コイツ……っ!?」
ホーリーは動揺を隠せない。だが、アミイは、この怪物の正体を知っている……『アルンネイル』が創り出した、ゴーレムの亜種だからだ。
「……『ハウンド・ゴーレム/石造りの番犬』よ……ッ。大型のゴーレムの補助を担う、小型のゴーレムよ。こんなのまで、用意していたの……ッ!?」
犬好きのエドガーが処分せずに持って来ていたのね……それとも、あの剣士は、コイツのことも把握して仕込んでいた?……どちらにせよ、『ハウンド・ゴーレム』は大型ゴーレムからの魔力を貸与されることで動く。
リエルたちと対峙しているゴーレムが魔力を活性化させたとき、この『従者ども』も動き始めていた。
「……参ったわね。コイツは、番犬を模して造っているわ。逃げたって、ヒトの脚じゃ逃げ切れるものじゃない」
「……っ!?」
「でも、攻略法はある」
「攻略法……?」
「ええ。まずは、動かないで。そして、大きな声を出さないこと。そういう行動に対して反応して来るわよ……」
「本物のワンちゃんみたいっすね……」
「ええ。そうなるように造った。しかも、私たちが設計した通りに、弱っている相手に対しては、脚の骨を折ったわ」
……設計?……ホーリーは何だか、恐いコトを聞いてしまった気がする。でも、殺しにかかるよりはマシなのかもしれない。
「……つまり、『ジュエル・ビースト』と違い、暴走はしていない。呪術で組み込まれた命令通りに動くだけよ」
「……動かなければ、大声を出さなければ、攻撃しては来ない?」
「ええ。そうよ」
事実、『ハウンド・ゴーレム』は動いていない。ホーリーとアミイを睨みつけるように顔を向けたまま、石造りのノドを呪いで動かして、グルルという威嚇の音を放つだけだ。
本物の獣とは異なり、ヒトとのコミュニケーションを取らせる『唸り声』を搭載しただけ。心理的な恐怖心を与えるための音に過ぎず、そこに『ハウンド・ゴーレム』の思考も感情もありはしない。
ただただ状況を判断して、刻まれた呪いの通りに行動を起こしているだけに過ぎない。全てはデザインの通り……ゆえに、アミイには安全に過ごすための方法が分かる。
「とにかく……動いちゃダメよ、ホーリーさん?……アレは、私たちみたいな小柄な者を過小評価してくれる……攻撃すべき価値は無いって、判断するわ」
「……で、でも……それじゃあ、援軍を呼べないっす……」
「……ええ。そうね……でも。アレに勝てる?……攻撃すれば、襲いかかってくる。逃げても、襲いかかられる。男の筋力なら、武器で打ち壊すことも出来るかもしれない。でも、小柄な私たちの筋力では……そういう威力は出せないでしょ」
「……それは、そうっすが…………私には、武器があるっすよ」
「……ホーリー・マルード?」
アミイは気がつく。ホーリーが怯えていないことに。ホーリーは覚悟を固めているのだ。生来の強気が無かったとしても、プロ意識による覚悟があれば、勇敢さは作ることも出来る。
その勇敢さには脆さも危うさも伴ってはいた。冷や汗と、わずかに強まる呼吸。心拍数の上昇が目に見えるようだった。過度な緊張があり、真の戦士という領域からは遠く離れた場所に、彼女はいる。
……それでも、集中力をその青い瞳に感じ取ることは可能だった。アミイもこの状況を受け入れたくはない。この状況を突破することが出来るとするのなら……すべきである。
「……武器というのは、あの、爆発するとかいうアレ?……私に使おうとしていた?」
「……はいっす。十分な威力の炎を放てます……だから、当てさえすれば……」
炎。『ハウンド・ゴーレム』のような小型のゴーレムには有効な攻撃手段だ。岩石の表皮と鋼の骨を持つものの、皮下に肉の代わりにあるのは錬金薬を含んだ粘土である。強力な火力を浴びせることが出来るのなら、薬剤を無効化して粘土を焼き固めることも可能。
「……それ、私に貸してくれない?」
「……いやっす」
「……なんで?……私の方が、場数を踏んでいると思うけど」
「……魔力が、あまり強いと暴発するみたいっすもん。私みたいに、あまり魔力が無い子じゃないと、危険らしいっす」
「私も、そんなに魔力は強くないんだけど?」
「でも。私よりは、何倍も強いっす」
「……ええ。そうね」
「だから。これは私の仕事なんすよ…………アミイさん、魔術を確実に当てる方法とか、ご存じっすか……?」
「……至近距離から当てることね。『ハウンド・ゴーレム』は敵対者を威嚇し、心を挫くために、正面から跳びかかるように出来ている。大きな打撃武器を持っていれば別だけど……私や貴方には、正面から飛びかかって来るはずよ」
「……引きつけて、当てる」
「……そうね。近くからなら、当たるでしょう。でも、失敗すれば……大きなダメージを負うことになる。やれるの?」
「……やるっす。そうじゃないと……私、便利屋失格っすから」
「…………他に出来るアドバイスとして、一つ言っておくわ……もしも、失敗したら、死んだフリをしなさい。抵抗しなければ、脚の骨を折られるだけで済むわ」
「……はい。そうしてみるっす……っ」
ホーリーの指はすでに『筒』を掴んでいる。3秒は超えていた。あとは、相手に向けて『炎よ』と叫ぶだけでいい。勇気があれば、そう難しくはない仕事であった。勇気があれば。
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