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第五話    『豊穣神のダンジョンの奥で……』    その二十


 邪悪なる剣士を捕縛した一行は、床にうずくまるエドガー・ライナーズに近寄っていく。アミイは彼の傷を診た。予想の通り傷は深いが、彼が動かずにいたことが幸いしているようだ。


 ……それに、出血の勢いが弱まっていることにも気がつく。血が多く抜けだしたせいでもあるだろうが、それにしては傷口からあふれる血の凝固が早いのだ。錬金術師の知識がその現象の意味を推察していた。


「エドガー、あなた……傷の治療に使った薬に、『バゼルジミア』の薬液を混ぜていたのね?」


「『バゼルジミア』って、何っすか?」


 好奇心が先走ったホーリーはそう訊いた。アミイの指示で、エドガーの両脚を自分の両肩に置く作業までしているのだから、少しぐらいの質問には答えてもらいたいと考えている。


「止血剤の一種よ。遅効性だけど、全身の出血を抑えてくれるの!」


「じゃあ、このイケメンのクズ野郎は、助かりそうなんすね?」


「ええ。リエルさんの矢に射られたことが幸いしているわ。その時の治療に使った薬に、『バゼルジミア』が入っていた」


 ……射殺されかけたおかげで、斬り殺されずに済みそうなわけで。それは、果たして運が良いのか悪いのか、分からないハナシだ。ホーリーはそう考えたが、口に出すことはなかった。


「……そいつまで助けるのか。嬢ちゃんたちはやさしいな」


 老傭兵は裁縫用の糸と針を持ったまま、エドガーのそばに座った。


「そういうガルフこそ、えらく積極的ではないか、救助活動に」


「……リエル嬢ちゃんよ。傷の縫い方を見ているといい」


「む。私だって、傷ぐらい縫えるぞ」


「戦いの傷は禍々しいものさ。急所を狙い鋼が走るからな。そういう傷を縫うときは、血管の位置を把握しておくべきだ。リエル嬢ちゃんなら、動脈の音も聞こえるだろうし、血に宿って走る魔力も探れる」


「……うむ」


「斬られた動脈が無いかを探すことで。そういう傷が深い位置にあれば、肉を指で開いてでも動脈を縫い合わせるべきだ」


「……コイツは?」


「幸い、大きな動脈はやられてない。深い位置の動脈からは外れている。まあ、そこに剣が入ればもう死んでいたな」


「では、このまま表面の傷を縫って終わりか」


「……そうしていると、二流の治療になるかもしれん。『バゼルジミア』の副作用に注意すべきだな。こいつは心臓に注ぐ魔力も減弱させる……『バゼルジミア』で傷口が固まって来たら、強心作用のある薬物を静脈から打つ……ほら、この注射器を使え」


 老いた手が腰裏のバッグから、注射器と薬瓶を取り出して、リエルの目の前に持ってくる。


「え?……私がするのか……?」


「静脈からならどこでもいい。ああ、静脈ってのは、関節に近くから触れる、脈のない血管だ。そこにこの薬瓶から注射器で薬液を吸い出して、ブチ込むだけの簡単なお仕事だ」


「錬金術師である私がやるべきじゃ?」


 ガルフはその首を横に振って拒絶する。


「アミイ嬢ちゃんは、造血の秘薬を作れるか?」


「……高度な錬金薬を要求するのね。ここじゃムリかも」


「なら。この薬草の根を……ライキリの根だ」


「……っ!?……希少な薬草ね」


「あるところにはたくさん生えていた。これを精製することが出来る薬草医がいれば、ワシの理想に一つ近づけるんだがな」


「……ガルフさん、お医者さまっすか?」


「いいや。我流だよ。でも、お医者さまよりたくさんの医療行為を戦場でして来てね。生き残るためには……こういう技術もあった方がいい……さてと、アミイ嬢ちゃん」


「え、ええ。粉にするわ。粉末にして、無理やりにでも飲ます」


「そうしてやるべきだな……」


 ……ガルフは物知りだ。戦いのコトならば、何でも知っているのかもしれない。傭兵。金で雇われた戦士たち……リエルはその存在を単語の意味でしか知らない。


 戦の専門家。戦いも、傷の手当てもこなすというのか。森のエルフの戦士たちのようだが……口惜しいけれど、ガルフはリエルの同胞たちよりも知識が豊富にあるようだ。


 傭兵とはそういうものなのだろうか?


 直感が働いてくれる。


 いいや。


 きっと、そうではないだろう。ガルフ・コルテスという老人が異常なほどに詳しい。注射器を持ち歩いている傭兵なんて……おそらく、そういるものじゃない―――あくまでも想像に過ぎないが、リエルはそう判断していた。


 そして、その判断は正しい。


 誰もがガルフ・コルテスほどの熟練と知識を持っているわけではないのだ。『白獅子』と呼ばれた傭兵たちの古き王は、武術も医術も極めようとしている変わり者だった。最高の戦士を作るためには、そのどちらもが必要不可欠という判断に至ったから。


 ……ガルフ・コルテスの『野望』を知らぬまま、リエルは『白獅子』の用意した理想への道の一歩を進む。エドガー・ライナーズの右肘に、脈打たない血管を触知すると、ガルフの指示に従い、瓶から吸い出した薬液を、注射器を使い静脈に打ち込んだ。


 エドガー・ライナーズの体が、ビクン!と小さく跳ねる。心臓が力強さを取り戻しているようだ。老傭兵はその様子を見てニヤリと唇を歪めながら、素早く彼の傷口を縫い合わせていった。


「器用っすね、お針子のヒトみたいっす!」


「修行させてもらいに行ったことがある。医者の十倍は速くて精確な指を持っているからな」


「聞いたコト無いっすよ、お医者の修行でおばちゃんたちに混じるなんて……」


「最高の技術を持った者には敬意を払うべきだぜ。そして、その技術を教えてもらえばいい。そうすれば、昨日よりも自分を高められる」


「……熱心なのね」


「傷を縫えるようになれば、それだけ死から遠ざかるからな……ライキリは粉にしたのか?」


「出来てるわ」


「じゃあ、口移しでもなんでもいいから、このクソガキに飲ませろ」


「え!」


「なに!?」


 口移し。その言葉に少女たちは顔を赤くする。そして、ちょっと期待するような瞳をアミイに向けていた。


「い、医療行為だものな?」


「そ、そうっすね。緊急事態っすもんね……」


「……あ、あのね。こういうのは、こうやって水と一緒にノドに押し込んで、咳き込まないように口を押さえておけばいいのよ!……死んでなければ、反射で飲み込むわよ」


「なるほど」


「つまんない飲ませ方っすけど、ためにはなるっすね。吐き出させなければ飲むしかないっすね」


「つまらないとか。何を期待しているのよ、私とエドガーは、知り合いだけど恋愛感情とかは無かった。お互い、ゴーレム造りを極めようとしていただけで―――」


 ―――アミイがため息交じりにそう語った瞬間、リエルとガルフは気づいていた。音ではなく、振動を感じている。石で作られた壁の奥……そこで、何かが動いていた。




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