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第五話    『豊穣神のダンジョンの奥で……』    その十九


「はあああああああああああああああああッッッ!!!」


 シュナイダーが裂帛の気合いを叫びながら、疾風のような速さで迫るのだ。闘志を浴びせられながらもリエルは怯むことはない。元より彼女も戦いが嫌いな性格ではなかった。


 左腕一本の斬撃ではあるが、その踏み込みは深い。リエルは判断する。悟ったのだ。この男は最初から死ぬ気なのだと―――打ち合いなどは最初から望むことなく、ただリエルを深く斬りつけることを望んでいる。


 胴体を貫いても。斬りつけても。それでもシュナイダーの剣は動くだろう。そのために声を吐いている。肺を空っぽにしながら、身を屈ませて、少しでも前進する力を生み出すためにだ。


 雄叫びを上げることは技術的な意味がある。それを理解し実践することは難しいものの、シュナイダーはそれを使いこなしていた。数多の戦歴で気がついたのだろう、その行為に隠れた肉体構造的な優位を理解し、使いこなした。


 死線を越えながら、敵を客観的に観察して来た結果に見つけたものである。戦いの経験値は、20才も年上のシュナイダーに圧倒的な有利があった。リエルには才能に頼るしか道がない。


 少女の脚は選んでいた。あくまでもリエルの機動力があってこそではあるが、跳び去り避けることも正しい。他の者ではムリな逃亡も、リエルには可能だ。


 空気を吐き捨てた体は捨て身の突撃に向く。シュナイダーの間合いは前に長く広い、並みの戦士であれば後退しても間合いから逃れることはない。しかし、リエルの脚ならばその逃亡も叶うのだ。


 それでも。


 リエルはあえて踏み込んでいた。間合いを潰し、長距離狙いの斬撃の始まりにミドルソードを『入れる』のだ。両手で握り、その華奢に見える体と剣を一つにするようにして、突撃した。


 達人という者の動きには、物理的な合理性が組み込まれているものであり、彼女の動きにも正しさがある。


 細身の者の有利を使う。速さと……そして、扱いが難しいが、重心に対して敵の攻撃が当たりやすいというトコロだった。


 小さな戦士が、大柄な戦士に比べて、強打に吹き飛びやすいのは、体重の軽さということもあるが……体積が小さく重心に攻撃が入りやすいからだ。


 森のエルフ族で少女である。リエルの細身はシュナイダーの強振が重心に届きやすくもあり、それは致命的な一打になるはずだった。


 だが、技術というものは状況次第で意味が逆転する。片腕の力しか発揮することの出来ないシュナイダーに対して、リエルは両腕を使えた。そして、加速するよりも直前に、体ごと剣に体重を捧げての突撃を与えているのだ。


 シュナイダーの剣は、不十分な威力のままリエルの重心に命中することになった。両腕が使えるのであれば、リエルの細身はそのまま吹き飛ばされただろうが―――シュナイダーは片腕である。


 捨て身で作り上げたシュナイダーの突撃が止められている。シュナイダーの腕は、岩にでも当たったような重さを感じていた


 指が痺れ、手首に重量がかかっていた。そうなるようにリエルがしたから、そうなっている。


 小柄な者の利点。重心によるカウンター……その合理を実戦で使いこなせば、戦いは魔法に呑まれる。小が大に勝つ方法は存在していた。そして、シュナイダーは理解している。そんな理想が体現されるという意味を。


 圧倒的な能力の差がある時だけに、それは発生するのだ。


 ……自分が片腕での攻撃だったからか?……いや、そうではない。認めなければならない。このエルフの小娘は、武術の才に恵まれすぎている。斬撃を止められたシュナイダーは、ニヤリと笑う。


 人生最後の戦いで、こんな面白い存在と戦えるとは!!なんて、オレはついているんだよ!!


 シュナイダーが動いた。完全に止められた剣を引き、鋭い突きの連続でリエルを襲った。リエルはその攻撃にはつき合わない、素早くシュナイダーの左側へと差し込むように身を入れた。


 突きを躱しつつ、リエルはミドルソードを振り抜いていた。低い軌道に前のめりに駆け抜けながら、ただ一振りを放っただけである。その一撃はシュナイダーの膝に命中していた。突きを撃つために踏み込んだ左膝が、ミドルソードの鋼に打たれていた。


 膝の骨が砕け散り、シュナイダーの体は崩れていく……。


 床に倒れた悪人の貌が、怒りに歪む。


「……刃を、使わなかったか……ッ!……オレを、舐めているのかぁ、小娘ッ!!オレと斬り合え!!オレを、血まみれにして、殺せッ!!」


「……ふん。死にたがっている悪人を、わざわざ仕留める剣は持たん。生きて苦しめ、悪人よ。その膝では、二度と剣など自由に振るうことは叶わない。ガルフのへし折った右腕を接ぐ医者もお前には折らぬだろう。戦士としては、もはや死んだ」


「……生き恥をさらせか!大した美徳の持ち主だが……オレは、そんなのはゴメンだ」


 死を望む悪人は剣を操る。己の首に刃を当てていた。リエルを見つめながら、彼は道化のように舌を大きく伸ばす。


「お前、自殺する気か……っ!?」


「ああ。じゃあな、天才ちゃん―――――――ッ!?」


 ドバキ!!……忍び寄ってきていたガルフの蹴りが、悪人の頭を蹴りつけていた。悪人の意識が消え去っていた。死んではいない、気絶させたのだ。


 そのまま剣を奪い去り、その両手を背後で縛っていく。縛った後で、シュナイダーが服に忍ばせていたナイフを取り除いていった。


「……やれやれ。ワシも甘ちゃんが伝染しちまったようだよ。こんなクズ野郎なんざ、死んだ方が世のためだというのによう」


 その拘束の仕上げに口に縄を噛ませて、舌を噛み千切っての自殺を防止する。労力のムダだとは感じている。こんなことをしているヒマがあれば、仕留めた方が早いのだが……。


 しかし、アミイはガルフの態度を否定してくる。


「いいえ。ガルフさん。罪人を法で裁くことは、犯罪を抑止する効果があると思います」


「……見せしめにするか」


「……はい。それで、ヒトの世は良くなることもあるはず……犯罪の仕組みを解明することで、今後の捜査にも役立つことだってある……大きな抑止力として機能すると、私は思います」


「コイツは、本当の悪人だぜ。ヒトを不幸にする術を熟知している。コイツの取り調べをしたヤツは、その魅力に取り憑かれてしまうかもしれんぞ」


「が、ガルフさん。考え過ぎっすよ?」


 そうだろうか?……ガルフの人生の中に、悪人の言葉を聞いた若者が、悪へと堕ちる光景など、ざらにあった。悪の言葉は魅力的なものだ。コイツは悪の種を播種することに必死になるだろう。自分自身で悪を成せなくなったとき、悪人がするのは勧誘だけだ。


 ……しかし、ガルフは同時に知っている。自分の人生は確かに他人様に比べて、返り血を浴びすぎている。戦場を住み処にして生きて来た者は、一般的な人生とはかけ離れてしまっているだろう。


「……まあ、おじいちゃんは、ちょっとクレイジーなところがあるからね。老いては子に従えというコトワザもある。ワシは、君らに従うよ。ゴールドマンからの報酬は手に入るだろうし―――」


 ―――リエル嬢ちゃんに経験を積ませる、いいエサとして機能してくれたからな、この悪人は。


 ガルフは見抜いていた。リエルが少し緊張していることを。沈黙して冷静に振る舞っているが、わずかに体が震えていた。


 強いからといって、戦いに慣れているとは限らない。ヒト相手の実戦経験。殺し合いの経験。それが、あまりにもリエルには少ない。ちょうどいい相手だった。ガルフはそう結論づけることを選んでいた。




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