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第五話    『豊穣神のダンジョンの奥で……』    その十五


 腕を折られても悲鳴をあげないヤツもいる。ガルフはその事実を知っていたし、シュナイダーがそういう種類の人物だったとしても驚きはしない。敵と密着したら、そこから先が大変ではある。


 右は壊した。右腕を使った攻撃は難しい。しかし左腕は健康そのもの。戦士の腕が何を仕掛けて来るかなど、考えるだけでも恐ろしい。ナイフで脚を切りつけられることもありえる。アキレス腱を切られたのでは、腕一つと引き替えにするのでは不利だった。


 ガルフはブーツの靴底をシュナイダーの顔面と脇腹に叩き込みながら、もがく虫のように背中で地面を這いずって、必死に距離を取っていた。素早い動きであったからか、ガルフは攻撃されることなくシュナイダーから離れることに成功する。


 息が上がっている。


 年寄りがする動きではない。


 体術は反射的にこなせるが、どうにも体力を消費していけなかった。反射的であるだけに、若い頃の動きをしようとしてしまう。よどみ無く仕掛けられたからこその早業ではあったが、動きの一つ一つのキレは全盛期ほどではない。


 ……本来なら、ここで畳みかけるべきではあったのだが、ガルフの尽きかけの体力がそれを許さなかった。


 呼吸をデザインし、背骨を伸ばす。肺の容量を増やし、体内に取り込める酸素を増やしている。ゆっくりな呼吸の方が、より効率的に体に酸素が回ることをガルフは理解していた。


 鼻で吸い、口で吐くのだ。長い呼吸。横隔膜と肋骨を動かして、カビ臭いダンジョンの空気ではあるが、そこに酸素を求めていく。


 シュナイダーはゆっくりとした動きで立ち上がっていた、折れ曲がった右腕に蛇のような冷たい視線を向けていたが、それ以上に構うことはなかった。


 左手だけに剣を持ち替える。


 怒りではなく、感心した表情でシュナイダーは語るのだ。


「いい動きだ。年寄りだとは、とても思えん……スタミナこそ無いようだがな」


「…………余計なお世話だよ」


「フフフ。しかし……右腕をへし折られるとはな。かなりの屈辱だ」


「…………痛みを、お前は……感じていないのか……?」


 それほど興味のあることではないが、体力を回復させる時間が一秒でも欲しいガルフは好奇心があるかのような表情を作りながら、言葉をゆっくりと使っていた。


 語りたがりのシュナイダーは、得意げな表情だった。


「いいや。痛むさ。わずかに動くだけでも、泣きそうなほどに痛む。でも、痛みなどガマンすればいいことだ」


「ほう……そいつは、戦士としては、いい発想だよ」


「……時間稼ぎか。どこか、オレのハナシを聞いてくれていないように思える」


「……そうだ。正直……疲れ果てているのさ」


 そこまででは無いが、あえてそう表現する。敵が油断してくれるならば、ガルフに得だからだった。


 もしかすれば、より休憩時間を稼げるかもしれない。ガルフは動き始める。シュナイダーの右側に回り込むようにすり足を使う。


「折れた腕の方から攻め込むか。定石だな」


「……おじいちゃんは、あまり突飛なことは好まんよ。オーソドックスな戦術が……最も疲れなくて済むし、勝率も高いからね」


 消耗してまで作った、相手の弱点につけ込まないことは愚かでもある。戦いとは合理的に運ぶべきだ。長い傭兵生活で至った、当然の帰結であった。


 シュナイダーもわずかに体を動かしながら、ガルフの動きに応じてくる。隙を見せてやるほどに、彼にも余裕はない。


 ガルフの消耗に気がつきながらも、彼を襲撃することが無いのは左腕一本での攻撃に不安を抱えているからではなく、頭部にもらった打撃のダメージが抜け切れていないからだった。


 腕を折られたことは彼にとって手痛いダメージではあるのだが、それよりもこの脳震とう方を彼は嫌っている。視界がぼやける。最悪な症状だ。剣の空振りを招く可能性がある。それが収まるまではシュナイダーもまた動くつもりはない。


 ……どちらも体からダメージが抜けるのを待っている状況であったが、30才は若いシュナイダーの方が回復力がマシであった。


 剣を振り回し、動きを確かめる。


 完璧ではないものの、ほぼほぼ心に描いた通りの軌道で刃は踊ってくれた。満足してやることにした。


「……さてと。ガルフ・コルテス。そろそろ行くぞ」


「……もっと、ゆっくりしてくれていて構わないんだがな」


 もう少し歩けば……弾かれ飛ばされてしまった剣を拾えるんだが―――そこまで甘くはないか。


「狡猾な老人に時間を与えるべきではなかろう」


「……そうかい」


「安心しろ、長く時間はかけない……苦しませずに殺してやるよ。それがオレからアンタへのリスペクトってものさ、ご老人」


「そうかい。じゃあ、さっさとかかって来やがれ」


 ガルフは両手にナイフを抜きながら、構えを作る。逆手持ちのナイフ。防御とカウンターの構えだった。長剣と戦うには、圧倒的に不利ではあるが……まあ、しょうがない。


「……では、参る―――」


「―――シュナイダー!!」


 戦士たちの世界に、第三者の声が介入していた。


 エドガー・ライナーズ……その錬金術師がこの場に辿り着いていた。


「……ここまで来て、二対一かよ」


 舌打ちしながら、ガルフは面倒くさがる。大きく勝率が下がったと考えているし、時間をかけ過ぎたことを後悔していた。嬢ちゃんたちがやって来てしまいそうだ。事の真相など、知るべき年頃でもないだろう、リエル嬢ちゃんも、ホーリー嬢ちゃんも……。


 しかし。


 そうなってしまったものは仕方ない。二対一では、あまりにも分が悪い。リエルたちの合流を待つか――――――!?


「無事かよ、シュナイダー……!?」


 斬撃が放たれていた。


 シュナイダーが、エドガー・ライナーズを斬りつけていたのだ。




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