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第五話    『豊穣神のダンジョンの奥で……』    その十三


 ガルフ・コルテスはその剣士がニヤリを笑うのを見ていた。世の中の悪人には、幾つかの深さがあるとガルフは知っている。どんな犯罪者でも、それなりの善良さを持っている。


 そいつはおそらく個人の質ではなく、社会が定義した力学なんだろう。おかしなことに泥棒も乞食に銀貨を恵んでやることがあるし、子供を虐待している父親でも行き倒れた他人のガキを救護院に運んでやることもある。


 悪人だとしても、一種の『常識』……『社会規範』っていうモノに囚われているものなのさ。そういうモノはそいつがクズであろうが犯罪者であろうが、機能するように出来ている。


 ヒトってのはそういう動物だ。


 だから、自分のようなモノでも、社会に融け込むように暮らしていくことも出来ている。何千人殺したか分からないような傭兵が……一般人のように暮らしていけるのも、自分の才能や性格ではなく、ただ何となく体に染みついた『常識』が起こす対応の結果だ。


 ガルフの自己分析が正しいのかは、誰にも分からない。


 だが、この傭兵は悪人を見る目は存在している。幼稚なまでの笑み。非難されているのに、それをむしろ喜ぶ?……コイツは、平均よりもずっと悪人の度合いが深い。


「悪人だって、裏切り者と呼ばれたらイヤそうな顔をするもんだぜ」


「……そうかもしれないが……オレは、違うんだろう」


「ああ。悪人だという自覚もなければ、そもそも善悪の区別を親父に躾けてもらえなかったタイプのヤツだろうな」


「そうかもしれん。昔から、よく分からないトコロがある。正しいコトってのは、どういうことなのかなと、よく考えるんだ。考えて、考えて、考えて……いつも、分からないまま止めてしまう。やがて気づいたよ、そういうのはオレには関係ないことだと」


「……厄介な種類の男だな」


「アンタもじゃないか?……分かるんだ。オレは、自分に近いヤツのことが、何となくだが、分かってしまうんだよ」


「ワシはやさしい気の良いおじいちゃんさ」


「違うね。やさしいし、気も良くて、敬愛すべきご老人かもしれないが―――それ以外の何かでもある」


「敬愛すべきご老人と来たか。上っ面だけの言葉過ぎて、どうにも気持ちが悪いぞ?お前は老人を敬愛すべき理由など、理解出来ちゃいない人種のクズ野郎だ」


「……そうだな。たしかに、これっぽっちも分からない」


 素直なヤツだ。えてして、こういうタイプのクズはそうだ。


 善悪の区別もつかず、自分の快楽のために生きていて、それを誇りにしている。訊けば何でも教えてくれるさ。コイツは自分の悪事も誇っているからな……。


「でも。お前は、初めて殺したヤツの顔も覚えていそうなタイプだってことは分かるな」


「……当たり。どうなっているんだい、ご老人」


「敬意を込めて呼んだか。経験ってものさ。お前みたいなクズをよく知っている」


「殺して来たんだろ?」


「クズは嫌いだからな。おじいちゃんは、良いタイプのヒトでね。ボランティアで掃除をしてやっているんだ。ワシの弟子には本当に失敗作が多くて、社会に迷惑をかけて来たからな」


 ……最近の弟子はその反省を活かして、心も強いヤツしか集めちゃいないんだがな。ヒトを殺したぐらいで、大騒ぎするような種類のヤツじゃ、理想の傭兵にはならんから。


「……アンタは、何者だ?」


「……ガルフ・コルテス。『パンジャール猟兵団』の団長さ」


 35才の剣士は、それらの名前に聞き覚えがあった。古い記憶だ。昔、どこかの戦場で名前だけを聞いたことがある。悪魔が率いる、大手の傭兵団があったと。戦場で負けたことはなく、負け戦の定めでも覆すほどに大きな力を持っていた。


 剣士の体が、ビクリと揺れた。痙攣しているかのように揺れて、笑い声を放ち始める。


「……フフフ、フフハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 変な笑い方をする男だな。ヒトと笑うツボが違い過ぎるから、あんな変な動きになるのかもしれない。ガルフは自分の頭に浮かんだその考えに、やけに納得してしまっていた。


 爆笑されるぐらいで怒りは湧かない。若い頃は、こんな態度を取られたら、反射的にブン殴っていたところだろうが、ガルフ・コルテスもすっかりと大人になっていた。


 剣士は……いきなり笑いを止めた。


「不安定な男だな。ワシの養子に似ていて、ホントに嫌いだ」


「おいおい。家族は大切にしないといけないだろ?」


「まあ、そうだが。自分の人生を否定したくなるような変な男に育ててしまってな」


「そいつは気の毒に。だからアンタは年老いても働いているのか?」


「ん……そんなところだ。アレの世話になるわけにはいかん。反吐が出そうだから」


「そうかよ……愉快な親子関係だな。さてと……ガルフ・コルテス。大昔の伝説よ。オレを殺しに来てくれたんだろ?」


 笑っている。


 爆笑してはいないが、その細めた瞳は狡猾な毒蛇を思わせる冷たさを帯びていて、その口元は裂けそうになるんじゃないかと心配するほどに横に広がっていた。やはり、変な笑い方しか出来ない狂人らしい。


「……ああ。ちょっと骨が折れそうだが……仕留めさせてもらう。お前は、リエル嬢ちゃんの獲物にするには……毒がありすぎるんだ」


「リエル?……アンタの連れかい、ガルフ・コルテス」


「そうだ。お前のボンクラな仲間と違って、超がつくほどの一流だぞ、たかが一流止まりよ」


「……口の悪いご老人だ」


「お前は口汚く罵られるべき男だ。仲間を売り、それを楽しんでいる……」


「ああ。今回も、面白かったよ。オレの手のひらの上で、色々なヤツが踊る……最高だ」


「最高のクズ野郎め。殺す前に訊いておいてやる。名前は何だ?」


「……ベイル・シュナイダー」


「そうかい。ベイル。良い名前だ……さてと。殺してやるぞ。剣を抜け」




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