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第五話    『豊穣神のダンジョンの奥で……』    その十二


 ……ガルフは足跡を追いかけていた。この豊穣神のための空間は、信仰の対象から外されている。地元の者たちは、メジャーな宗教に鞍替えしたのだろう。宗教は政治的・経済的な側面を強く持っているものだから。


 老傭兵の年取った瞳はパガールの街並みに見つけている。ファリス帝国の国教であるイース教の教会が増えていることを。


 帝国の常套手段だ。経済的な支配と、宗教的な支配。イース教徒の商人には、あの大帝国はやさしい。関税を低くしたり、取扱品目を増やしたりする。イース教徒であれば、帝国との商売は優遇されるというわけだ。


 ファリス的な価値観を押し付けるという作戦さ。自分たちと同じような存在であるほうが、侵攻したときに反抗する者たちが減るからな……。


 露骨な作戦だが、これもまたよく機能することを彼はよく知っていた。大陸のあちこちで、そんなものだからだ。かつての信仰や文化や価値観は排除されていき、合理的な拝金主義者が増えている。


 帝国の支配領域が増える度に、多様性が失われて、世の中がつまんなくなっていった。国境を越える楽しみも、いつかは失われてしまうのかもしれない。エルフの国も、ドワーフの秘密の地下王国も、ケットシーたちの旅楽団も消えて行く定めか……。


 ……単調な世界になる『前』を生きるコトが出来て、ワシは幸せだったようだぜ。その点だけは彼は前向きに考えている。だが、もちろんこの現状を喜んではいない。


 若者たちにガルフ・コルテスが人生の全てを使って楽しんできた、本当に面白い世界を見せてやれないということは、あまりにも残念であったし、そして、どこか自分たちの世代の失態のように感じていた。


 多くの事を背負うような性格を彼はしていない。しかし、世界が単調になってしまったことは残念に思っている。


 この豊穣神のダンジョンが、より神秘性に満ちていた時に訪れたかったものだ。かつてはもっと美しい装飾が施されていたのだろう。


 豊穣神の石像の前に、金銀財宝なんぞが捧げられていたりもしたのさ。そして、門番なんぞがいて、この聖なる空間に入るためには、それなりの知恵を絞らなければならなかったはずだ。


 ……だが、現状は異なっている。アッサリと侵入することが出来てしまっているし、しょうもない盗賊どもなんぞが居座っている。つまらんハナシだぜ。


 ため息を吐きたくなるが、ガルフは呼吸を調整している。声すら消そうとしているのさ。無音の足運びに、闇と遮蔽物に隠れるような慎重な移動を使い、足跡だけを追いかける。猟犬のように的確に、そして闇に潜む生き物のように気配無く、老人の体は動いた。


 全盛期に比べれば、全てが衰えた。


 目はかすむし、全身の関節は濁ったように動きが悪くて、あちこちがいつでも痛みが出ている。30%がいいところだろう……見栄を込めてガルフ・コルテスは考えている。自分の全盛期の能力から比べれば、今の自分なんて、そんなところだ。


 ……まあ、ホントは20%ぐらいだろうが…………。


 それでも。


 この仕事ぐらいはこなせるだろう。


 お嬢ちゃんどもには、まだ見せられない世界もあるものさ。本当の悪人を殺さなければならない。血なまぐさいことになるから、見せない方がいいさ。ドン引きされると……リエル嬢ちゃんを勧誘するときの妨げになる。


 ……あの足跡を見つけたときに、ガルフは理解している。この事件を影から操ってきた人物が誰なのかを。


 名前は知らないし、容姿も知らない。会ったこともないかもしれないし、いつかどこかで出会っているかもしれない。蛇の道は蛇。傭兵の世界は、そこそこ狭いものだから。


 ダンジョンをネズミのように体を小さくして、影のように無音かつ、蛇のように慎重に走り抜き―――ガルフはその足跡の主の気配を嗅ぎ取っていた。何かをゴソゴソと漁っていやがる音が聞こえる。仲間の荷物に盗みを働いているのかもしれない。


 どうあれ。


 そろそろ大悪人に出会えそうだな。


 だから、白獅子ガルフ・コルテスの貌はニヤリと笑い、その大きくて白い牙を空気にさらす……。


 ガルフは腰から長剣を抜きながら、通路からその部屋へと跳び込んでいく。敵の背中を見る……斬りかかろうかと考えたが、止めておいた。大悪人は奇襲に備えて身構えていたからだ。


 剣を床に置いている。鍵のついた巨大な箱を漁っている最中でも、彼は背後だけは警戒していた。迂闊に近寄れば、あの剣で斬りかかられた気がする。ガルフは声をかけた。


「ワシの侵入に気づいているんだろ?……ちょっくらハナシでもしないか?」


「…………誰だ?」


 そう言いながら、長身の男が振り返る。背が高い人間族の剣士だった。髪は黒く、その瞳も黒い。東方諸国の生まれだろうか?


 剣士が刃を抜き放つ。よく手入れされている片刃の剣―――刀の類か。折れやすそうだ。戦には向かないサイズの武器ではあるが、一対一では強そうだ。全盛期のワシなら瞬殺だが、今のシニア丸出しのワシじゃあ、それなりに苦戦することになりそうだ。


 まあ。


 戦い方は色々とある。だが、ちょっと確かめておくとしよう。


「……お前が、パガールで起きていたゴーレム事件の『首謀者』か」


 その問いかけに男は首を傾げる。


「的外れな言葉ではなかろう?」


「……まあ。そうだが……いきなり見も知らぬ老人に言い当てられても、戸惑うばかりのことでな」


「悪びれもせずか。年季の入った悪人のようだ」


「35才さ。アンタに比べれば、ひよっこかい?」


「そうだな。ひよっこに毛が生えそろったということだろう」


「…………傭兵か?」


「まあな。ゴールドマンに雇われている。事件を終わらせるのが、ワシの仕事だ」


「ほう。日和見の男かと考えていたが、あの町の長も血なまぐさい面があるらしい。盗賊どもを殺すか―――もっと下調べをしておくべきだったか。おかげで、いらぬ殺生をすることになった」


「美学に反するかい、ヒトの良さそうなおじいちゃんを殺すことは?」


「……まあな。オレにも父親がいたんだ。もう死んでいるが…………年を取っても、どこか鋭さを失わぬ、いい老人だった。アンタは……そんな親父に似ているが、もっと、オレに近い」


「……まあ、そうかもしれない。おかげで、お前の作戦は分かった。お前が、『マイコラ市の便利屋ギルド』に依頼を出した人物か……あの恐い集団を巻き込もうとしていたんだな。ヤツらにお前たちの仲間を殺させる予定だったか」




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