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第五話    『豊穣神のダンジョンの奥で……』    その四


 ホーリーが不安を覚える頃、豊穣神のダンジョンには侵入者が三人いた。リエル、ガルフ、そしてアミイ・コーデルの三人である。


 そのダンジョンの作りは複雑ではない。それはそうだ。これは戦いのための施設や、宝物を収める迷宮ではない。


 豊穣神への祈りと供物が捧げられて来た、ただの宗教施設に過ぎないものだ。懸念すべきは錬金術師たちが仕掛けた罠であるが……その罠も無いようだ。


「……歴の浅い盗賊どもだな……ねぐらを襲撃されたコトもないらしい」


 先頭を走りながら、ガルフはこの盗賊団の経験値の少なさをバカにする。修羅場を越えていないような連中は、脅威にはならない。


 そして、慢心している連中も。


「……だが、ゴーレムは用意しているようだな。多くはないだろうが……ヤツらは自分の近くにゴーレムを配置している」


「どうして分かるのだ?」


「経験から来るもんだよ。これだけ表をガラ空きにしてあるということは、ヤツらの警戒の薄さを感じさせる。その理由の一つは、自分たちの近くに、頼りがいのある用心棒がいるからだ」


「……ゴーレムを、護衛として使っているのだな?」


「あるいは……それ以外にも。アミイ嬢ちゃん、ヤツらには、そういうモノがいるか?」


「……エドガーは、魔犬を飼っていたわね。『ヘル・ハウンド』を」


「ほう。呪術で作ったか」


「ええ。その犬は、一種のゴーレムよ。エドガーが死んだ愛犬を素材にして、土塊と呪術を合わせて作ったの」


「むう。そんなことをするのか……ちょっと、気持ちが悪いぞ」


 愛犬を大切にしている者の行い―――と言えるのであろうか?リエルは悩んでしまう。死んだ愛犬が動けば、嬉しいのかもしれないが……それは、しょせん操り人形のようなもの。


 ……私には、それは気持ちの悪い行為に思える……。


「エドガーは、母親を幼い頃に亡くしたみたい」


「え……」


「忙しかった父親は、エドガーに教育を与えた。そして、彼のさみしさを紛らわすために犬を与えたのよ」


「孤独なガリ勉野郎の唯一のお友達は、親父が買ってくれたワンちゃんだったということか。友だちを作るのが下手そうなヤツだ」


「……そうね。ちょっと、ガルフさんの言い方はトゲがあるけれど……」


「だが、当たっている」


 アミイは閉口してしまう。そうだ、当たっていると思う。いや、当たっているのだろう。彼は……ゴーレムに何を求めていたのだろうか?……『アルンネイル』のメンバーの多くは、知的好奇心の探求だったり、名誉や金銭につながる技術の開発だった。


 エドガーにだって、そういう欲求はあっただろう。でも、それだけだったのだろうか?アミイは、ここに来て、エドガーという人物にあらためて気持ちの悪さを抱いている。


「リエル嬢ちゃんよ。敵の数に見当はついているか?」


「うむ。5人だな」


「ワシもそう思う」


「……どうして、分かるの?」


 知りたがりの錬金術師が前を走る戦士たちに訊いていた。リエルは走りながらもドヤ顔を見せるために上半身を大きく後ろに向けていた。好きでしているわけではなく、森のエルフの王族としての義務だからである。


「足跡の種類を数えたのだ!」


「え……そうか……このダンジョン、砂埃とかで、足跡が残っているのね」


「そうだ。このダンジョンは……廃れているからな。床にホコリがたまり過ぎているぞ」


「豊穣神ってのは、大昔はともかく、現代じゃその信仰が廃れていることが多いからな。こんな立地の悪さじゃ、神官の跡継ぎだって逃げるだろ?……それに、信者が金持って来なければ廃れちまうよ。信仰ってのも商売、金だ」


 ガルフの言葉には受け入れにくい要素も多分にあった。リエルとしては、もっと信仰とは尊いもののように考えていたし、アミイは決めつけるようなものの言い方を嫌うべきだと知的な探求者としての矜持もある。


 だが、一つの事実として、反論出来ない現実があった。金儲けの上手い宗教は広がっている。神への犠牲も努力も捧げることもない、利便性が高く、信者たちの耳心地が良い教義を持つ宗教は広まるものだし、権力や産業と結びつきも深い。


 ……アミイは錬金術師なので、神の存在よりも自然界の法則を信じている。神などいない。ヒトの空想にしか過ぎず、あらゆる宗教はフィクションだ。アミイはそう考えている。おそらくガルフも同じなのだろう……それなのに反発したくなるのは、同族嫌悪からかしら?


「だが、この豊穣神のダンジョンが廃れてくれているおかげで、バチは当たっているな。盗賊なんぞのねぐらと化した」


「うむ。土地の神を疎かにするコトは、良くないぞ!」


「ああ。そうだな。そして、そのおかげで、ワシらは足跡を追える―――アミイ嬢ちゃんよ。エドガー・ライナーズの部下は、何人だ?……『アルンネイル』の錬金術師は、そいつにどれだけついて行く?」


「……エドガーには、人望は無いわ」


「そうだろうな。ゼロっぽいか?……ヤツは複数の『ストーン・ゴーレム』を用いているようだ。少なくとも、一日に二体は動かせるほどの数がいる……錬金術師は、その仕事を一人でこなせるか?」


「……ここのダンジョンの石壁には、聖なる力が備わっているのかは分からないけれど、ゴーレムの製造に向くだけの魔力は備わっているわよ。『アルンネイル』の錬金術師が一人でもいれば、十分よ。石を削り出す男手はいると思うけど」


「そうか。それで、エドガーってのは、剣術の達人か?」


「剣は、使っているのを見たコトもあるけれど、そんなレベルじゃないと思う。誰かにコツをちょっと習った程度じゃないかしら?」


「……そうか。なるほど……敵の構成が読めて来たな。錬金術師エドガー・ライナーズ、そして、雑魚が3人、『ヘル・ハウンド』と『ストーン・ゴーレム』が複数…………あとは、そいつらカスよりも明らかに腕前がいい人物が一人だけだ」


「足跡だけで、そこまで分かるの?」


「分かるぞ。一人だけ……足跡が『強そう』だからな」


「どういうこと?」


「……アミイ嬢ちゃん、一人だけ厄介そうなのが敵サンには混じっているんだ。一歩ずつ踏み込むようにして歩く、ブーツの足跡が混ざっている。コイツはな、鍛錬しているヤツだ。日夜鍛錬している。仲間と混じって歩く時も……コイツは気を抜かない」


「いつでも敵に斬りかかれる、そんな足跡だな!」


「ああ。日常の全てに敵との遭遇を想定しながら、己の動きを磨いている……強いぜ、こういう剣術バカはよ。ワシの仲間にも二人いるから分かる。他は、二流以下だ。『ヘル・ハウンド』もな……マトモな番犬なら、ワシらの侵入に気づいて然るべき頃なのにな」


「……一人だけ、強いヤツがいる。では、そいつがボスなのか?」


「……どうだろうな。コイツがボスなら……」


 もっと、慎重なメンバーで組織を作るような気がする―――それに、『マイコラ市の便利屋ギルド』を巻き込もうとしているな……コイツは、おそらく、ボスというよりか……。


「……どうした、ガルフ?」


「何にせよ、ロクでもないヤツってことには変わりはねえさ。さてと、リエル嬢ちゃん、あっさりとここまで潜れたぜ。挨拶代わりに、矢で敵の脚を一本射抜いてくれるか?」


「ああ。どれでもいいのか?」


「構わん。そっから先は、アミイ嬢ちゃん、説得タイムだ」


「……いきなり暴力的過ぎない?」


「5人のうち、一人が足手まといになってしまったら?……敵サンは不安に思う。交渉がしやすくなるだろうよ。このダンジョンはゴーレムが走れるぐらい広い。そしてシンプルな直線。リエル嬢ちゃんの矢を、怖がってくれるなら、ハナシが弾むんじゃないかね?」


 つまり、脅迫するというコトね。


 ……でも、盗賊相手ならば……容赦なんてしない方がいいのかもしれない。


 アミイはガルフに訊いてみる。


「……交渉が決裂した時、彼らを制圧することは可能かしら?」


「ああ。可能だよ。むしろ、そっちの方が、カンタンだ。たかが5人殺す。ワシとリエル嬢ちゃんなら、楽勝だ」


「……殺さずに、捕らえられるのなら、それがベストよ……」


「まあ、それでもいい。さてと……次の角を曲がればいるぞ、リエル嬢ちゃん、準備はいいな」


「もちろんだ」


 低く上半身を沈ませながら、リエルは弓に矢をつがえる。一秒以内だ。一秒以内で、狙いをつけて、敵を射抜く……脚か。胸を射抜く方が、はるかにカンタンだが……出来ぬことはない!……ホーリーよ、待っておれ!!




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