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第四話    『あ、悪人どものダンジョンぐらい、あっさりと潰してやるのである!?』    その十二


「……もう一つの方?」


「そうだ。『パガール』から、北北東。森を越えたところにダンジョンがあるんじゃよ」


 ガルフはそう言いながら、先ほど自分の家でリエルに見せた地図をテーブルに広げる。アミイはそれを確認するために、肘掛けイスから立ち上がり、彼に近づいていく。


 老いた指が広げた地図をのぞき込む。開かれた羊皮紙は新しいもので、そこには癖の強い文字が踊っていた。


 ……読みにくい。


 アミイはそう考えたものの、すぐに『読めてはいる』ことに気がついた。独特な文字のせいで分かりにくい。でも、情報の要点は分かりやすい……そうか、あえて、要らない情報を削ぎ落としているのね。


 考えれば分かる常識的なコトとか、本当に気にする必要のないコトは、ここには書いていない。


 ある意味では、スゴく合理的な地図なのね。それでも、たくさんの文字が踊るというこおてゃ、とてつもない調査能力の証明……彼は熟練した猟師であり、追跡者であり、何か……得体の知れない存在なのかもしれない。


「……どうした?」


「……貴方のフィールド・ワークに敬意を表したいの。これだけの調査を、自分だけでしたのかしら?」


「趣味なんだよ。地図を作るのは。これをやると、頭のなかにある自分の世界が拡張されるようでね」


 分かる。


 アミイ・コーデルは共感していた。


 彼女も地図を見るのも、それを描くことも好きだったからだ。自分の知っている世界が広がっていく感覚は、とても素晴らしい。


 ただ、ガルフほどの達観はなく、自分ならば、森の木々の形を記すだろう。どんな葉っぱが多いとか。それに、道の曲がりも記すはずだ。湖畔があれば、その岸辺の歪みさえも。


 ……自分の地図は、この地図よりも職業的ではないのかもしれない。


 アミイはガルフの地図から、『白獅子ガルフ/傭兵たちの頂点』という気配を感じることは出来なかったが―――彼が目的のために細緻な観察能力を発揮する、高度な熟練者なのだと悟ることは出来た。


 そして。


 その地図に見入った30秒ほどの時間の経過が、宝石眼のエルフを不機嫌にさせていることにも気がついた。


 彼女が足音を立てることもなく、自分の右隣に立っている。暗殺者のようだし……きっと、そうしようと思えば、彼女にはそれが容易い行いなのだと、アミイは理解する。


 怖い。


 ……でも、ガルフ・コルテスが微笑んでいるので、きっと殺されることはない。そんな確信は抱けていた。


「……アミイ・コーデルよ。お前の趣味は、聞いていないのだ。ガルフは、この遺跡が怪しいと言っている。お前は、どう思うのだ?」


「……そうね。彼らは、『アルンネイル』は―――」


 『アルンネイル』。


 師匠を失った今、あの組織をそう呼ぶのが適切なことなのか、アミイ・コーデルは一瞬だけ迷ってしまっていた。


 あの組織は指導者を失い、かつてとは異なるモノになっている。


 アミイも知っていた。


 ゴーレムの技術を悪用していることぐらい……師匠が生きていたら、そんなことをしたりはしなかっただろう。


 でも。知っていて、黙認してもいた。通報することも、関わることも、お互いしなかった。距離を取っておこうと考えていた。そうすれば、そのうち、彼らはどこかに行ってしまうだろう……。


 だが、そうではなかった。理由は分からないが、彼らはアミイ・コーデルを求めたのだ。アミイの願望は外れてしまっていた。


「―――『アルンネイル』は、ここにいると思うわ」


「……断言する理由はあるのか?」


「あるわよ、エルフの弓使いさん」


「リエルと呼べ」


「……ええ。リエルさん。この遺跡はね、魔力を帯びた石材で造られている。周囲の環境からして、土着の豊穣神にでも捧げる遺跡よ。豊かな森に囲まれている……こういう土地の遺跡は、そういうものが多い」


「……豊穣神のダンジョンか。ここに……」


 ……ホーリーはいるのか……ッ。


 リエルの表情が険しくなるが、アミイは恐怖を感じなかった。その怒りが自分に向いているものではないことを理解しているから。


 少女は手に入れたのだ。


 憎むべき者どもの名を。


 『アルンネイル』。『聖なる復讐の戦士』の旅路を、一時的に曲げてもいい。追跡して、仕留めるべき悪党どもだ。


 ガルフを見た。早く行こう。


 そう急かすために。


 しかし、ガルフはまだ知りたいことがあるようだった。アミイを見て、数秒考えて、言葉を使った。


「どうして、魔力を帯びた石材を、『アルンネイル』は好むのかね。ワシには、悪い予感があるのだが……君は、この質問には答えられるだろう?」


「ええ。もちろん。私も、かつては『アルンネイル』だったのだから……」


「……何があるというんだ、アミイ・コーデル?」


「生け贄の血や祈り、祝福やら呪いを長年に渡って浴びてきた石には、魔力が深く絡みついてしまうことがあるわ」


「……それは分かるが。このダンジョンも、そうなのか?」


「そうよ。だからこそ、彼らはここを選ぶ。豊穣神の祭壇には、生け贄を捧げるものよ。森で捕れた牡鹿とか―――場合によれば、人血や、ヒトの命そのものも」


「とにかく魔力を帯びた石がある。そいつで、何をするっていうんだね?」


 ……ガルフは予想はしている。しているが、予想よりも、元々、連中の仲間であった彼女の言葉の方が確かな情報だ。


 教えておきたい。


 リエル・ハーヴェルに、ガルフ・コルテスは教えておきたい。より正確な情報を得ていることの効能を。心が確実な備えを用意することが出来たなら、ムダな思考活動を戦場でカットすることが出来る。


 教えておきたい。そのために、生きた教訓として、アミイ・コーデルの言葉を彼はねだっていた。


 錬金術師の唇が、ゆっくりと動く。


「……魔力を浴びた石があれば、それで、『ストーン・ゴーレム』を幾らでも造ることが出来るわ」


「予想した通りだが、君の証言を得ることで、確信は抱けたな。少し、楽になるよ。不安を抱いているよりも、対抗手段を考えている方が前向きで、強いからね」


「いい考え方ね……そうよ。このダンジョンには、多分、多くの『ストーン・ゴーレム』がいるわ……」


「……関係ない。ホーリーがいるなら、ここに行くだけだ」


「そうだな。しかし、戦い方は考えるべきだ。ムダに、ゴーレムたちとは戦わないようにするぞ?……体力も魔力も温存すべきだからだ。異論はないな?」


「……忍び込めばいいわけだな。得意だ。バレなければ、ムダに戦わなくてもいい。殺すべき者は、首謀者だからな……アミイ。そいつの名を、教えろ」




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