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第四話    『あ、悪人どものダンジョンぐらい、あっさりと潰してやるのである!?』    その十一


 ガルフ・コルテスを前にして、アミイ・コーデルはゆっくりと肘掛けイスに座る。ガルフが手を差し出してきたので、彼女は腰の裏に偲ばせていてはずのナイフを、手渡すことにした。


 この老戦士にはバレているようだと悟ったからだ。アミイはこの好々爺のように微笑み、自分にとって都合の良い言葉を口にしてくれたガルフに対して、信頼と恐怖と違和感と、そして、おかしなことに安心を抱いていた。


 武器を手放すことで得られる安心もあることを、彼女は経験していた。


 これで攻撃する手段を失ったから、あの老人は自分に攻撃して来ないだろうと確信する。マヌケな形状だがお気に入りの肘掛けイスにも座ることで、女錬金術師アミイは精神的な安定を取り戻していく……。


 ココアが飲みたい。


 リラックスして来た本能が、発作的にそんなことを考えるが、その発言は慎むべきであることは聡明なアミイには分かっていた。


 リエルもガルフも、自分のことを待っていたからだ。彼らは情報交換を望んでいる。そして、おそらく、自分から話すべきなのだろう。主導権が自分に無いことをアミイは理解していた。


 でも。


 まずは訊かねばならない。


「……何を、知りたいの?」


 その言葉にガルフ・コルテスは微笑む。ニヤリとしているが、あの獅子の牙は出すことはなかった。怖がらすといけないからだ。


「……まずは、ワシらの連れの行方だよ。話しやすいだろ?……何が起きたんだ?」


「……貴方たちの連れというのは、あのホーリー・マルードという自称・便利屋のことなの?」


「自称も何も、彼女は正真正銘の便利屋だよ。ワシが、その……自分の調査に巻き込んでしまったところもあるが……彼女は、一般的な便利屋で、人畜無害な少女だ」


「……暗殺者じゃ、ないの……?」


「あんなマヌケな暗殺者など、この世にいるわけがあるまい」


 腕を組んだまま、リエルは語る。


「……そう……?……あの子は、何か武器を持っているみたいだった。多分、私を殺せるような武器……爆発するとか……?」


「……火薬の一種を持たせてあった。君のことを、邪悪な存在かもしれないと考えていたからね」


「……それを確かめるために、泥棒に入ったの?」


「そういうことだ。でも、盗んじゃいない。金庫を開けたがね。この指輪以外は、触れていないよ。ほら、返そう」


 ガルフの老いた指が、一族の証として与えられる指輪を、アミイの手のなかに置いた。アミイは自分の身分証明になり、リエルやガルフからの敵意を消してくれた指輪を、握りしめた。


 ……一族に頼らなくても、生きていけるような気がし始めていたのに。一人前の錬金術師になったと感じていたのに―――けっきょくは、一族の威光が自分の命を救っている。その事実は、アミイにとって屈辱的な真実であった。


 だが。


 それでも安心してしまうことが、口惜しい。コーデルの一族だから、富豪の一員だから、守られて優遇される。そう他人から言われるのがイヤだったはずなのに、コーデルの証である指輪を、今、アミイは自分の指で大切そうに撫でていた……。


「……はあ」


「一族の一員である証を、どうして隠しているのだ?」


「……エルフの王族には、分からないかもしれない葛藤があるんです」


 歴史や伝説を持つ王侯貴族の血筋でもない。天才と呼ばれるほどの圧倒的な才能もない。それなりの才能と、努力……そして、一族の財産があったからこその惜しみない教育への投資。


 コーデルがイヤなのに、コーデルの一族のおかげで生きている自分に対して、彼女は複雑な劣等感を抱えていた。


「……ふん。そうか。私に分からない葛藤ならば、訊いてもしょうがないな」


「……そうね。いい判断だと思うわ。私の苦しみは、きっと……貴方には何の意味もないことだもの」


「ああ。私が知りたいのは、ホーリーの行方だけだ。さっさと、話せ。あまり機嫌を損なわない方がいいぞ。私は……こう見えて、とても怒っているのだから」


「……分かっているわ。あの便利屋さんは……ゴーレムに連れ去れてしまったわ」


「……くっ!!」


 予想していた悪いコトが当たってしまった。それでも、それでもリエルは怒りを隠そうとする。まったくもって隠せていなかったとしても、彼女はあくまでもそうしようとはしていたのだ。


「……それで。そのゴーレムの正体は、何なのだ?……知っているのだろ?……ここに同じようなゴーレムがある。偶然なはずがない。お前は、きっと関わっている」


「……ええ。関わっているわ。というか、関わっていた……私は、彼らが作った組織を抜けたのよ」


「組織だと?」


「……どういったものだい。錬金術師の集団かね?」


「……ええ。察しがいいのね、ご老人」


「人生経験が豊富なもんでな。君らは研究のために、派閥を作るものだ。同じような研究を行うときには、徒党を組む方が有利なときもある」


「そうね。だから、私たちも徒党を組んでいた。組織の名は……『アルンネイル』。大昔の傀儡錬金術師の名前から取ったものよ」


「傀儡錬金術。つまり、ゴーレムが研究目的だったのかね?」


「ゴーレムも、その研究目的の一つだっただけよ。『動く石像/ガーゴイル』も作っていたし……無生物に、疑似的な命を与えることが、私たち『アルンネイル』の目的だったのよ」


「……それで、どうしてモメているんだい?」


「……モメてはいないわ。師匠が死んで、私たちは離散して……この町に私は流れついたの。錬金術師としての研究をここで続けて……そのあとで、私は大学に戻るつもりだったの」


「研究成果を持って、大学に雇われる。商業的な錬金術よりも、学術的な知的探求を目的として生きて行きたいと願ったわけかね」


「商売人の娘は、学問よりもお金が好きだと決めつけていたの?」


「いいや。そういう子もいるものだろう。君は、有能な人物だ。並みの錬金術師よりは、よほど優れている……このゴーレムも、研究のためか」


「そうよ。より高度にヒトを模倣するゴーレムを作りたかった。より複雑な呪術を刻むためには……このゴーレムの素材から調整しなおすべきだから、薬草庭園を造ったりして、色々と研究はしていたのよ」


「……それなのに。どうして、君のところにゴーレムが来た?」


「……分からない」


「そんなことよりも、ガルフ!!……コイツに、ホーリーの居場所を吐かせろ!!」


「怒鳴らんでもいいよ。このお嬢さんは素直に教えてくれるよ、もしも、知っているのなら」


「……何でも知っているような顔をするのね?」


「そこまでではないが、君が素直に事実を述べてくれそうだということは理解しているつもりだよ。違うかい?」


「……違わない。教えてあげたいのは、山々だけど……知らないの。きっと、近くに拠点があるんだと思うわ。でも……もう、私は彼らとは関わりがない。自分の力だけで、生きて行くって、決めたんだもの……」


「……ガルフ」


 リエルは泣きそうな顔を老傭兵に向けた。老傭兵はニヤリと笑う。


「……安心しろ。元々、二択だった。ここじゃないなら、ヤツらの拠点は、もう一つの方だ」




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