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第四話    『あ、悪人どものダンジョンぐらい、あっさりと潰してやるのである!?』    その四


 『パガール』の町の外れに、『アミイ・コーデル』の屋敷はあった。住所通りのその場所に、ちゃんとあったのだ。古びた屋敷の壁にはツタが這い、町外れの人通りの少なさとも合わさって、なんとも陰気な様子となっている。


 その屋敷の前に、ホーリーを送り出し、リエルとガルフは物陰から様子をうかがっている。ホーリーは怯えているのだろう、なかなか玄関に近寄らない……。


「むう。なんだ、この妹とか弟などのお使いを見守っているような気持ちは?」


「……母性だよ。そいつは母性というんだ。女子に多目の感覚だよ」


「おお。そうか……私は、とてもやさしい女子だからな!」


 リエルが自身の感情を『母性』と気づかされた頃、ガルフ・コルテスは頭に布をグルグルと巻き、顔を隠していた。


 老傭兵の行動を無視しようかと考えたものの、若き好奇心が無視することを許さなかった。


「なにをしておるのだ、ガルフ?」


「老人なりのファッションさ」


「ほ、ほう。あまり、良くない気がするぞ。まるで、その……盗賊のようだ」


「まあ、今からあの錬金術師の屋敷に忍び込むからな」


「な、なに!?」


「こら。静かにせんか。ホーリー嬢ちゃんはともかく、『アミイ・コーデル』に聞かれるとマズい」


「……う、うむ」


 お口を押さえるエルフさんがそこにいた。手のひらの感触を唇で感じながら、リエルは古風な盗賊ファッションに顔面を隠すガルフに訊く。小さな声を心がけてである。リエルは、あまりアホな子ではないのだ。


「……どーしてだ……っ?」


「ホーリー嬢ちゃんを囮に使う。ホーリー嬢ちゃんには荷が重い可能性もある。緊張して大した情報を得られない可能性は、大きい」


 ふむ。どうやら友人の評価が低いようだ。


 そんなことない、アレはやれば出来る子だ!


 ……そう言いたいところだが、森のエルフ族は嘘を嫌う性格をしていた。


「たしかに」


「そうだ。あの子はそもそも相手から秘密の情報を聞き出せるほど、話術が上手というわけではあるまい」


「……うむ。『スマートな交渉術』という言葉とは、175度ぐらい反対を向いていそうだ」


 ……5度ぐらいは可能性がある。リエル嬢ちゃんのジャッジも、なかなか辛目だ。


「……まあ。彼女にはそれぐらいの期待度でいい。現状は、そんなものだ。現状はな」


「おお。大器晩成タイプなのか?」


「…………」


 長い沈黙に、リエルも促されるように口をつぐんでしまった。ガルフは悩んでおるようだな。残酷な評価をされておるぞ、ホーリーよ……。


「……さてと。それでは、ワシは行くぞ」


「うお。ホーリーの成長タイプについての問いが、無返答のままなのだが……?」


「そんなことより、『ストーン・ゴーレム』の事件の真相を追いたい。どこの誰が、何のためにそんなことをしているかを調べたい」


 マジメな顔で断じられると、ホーリーの成長タイプがどうとか訊きにくいのは確かであった。リエルは空気を読みながら、うなずいてみせた。


「では。行く」


「……ならば、私も行こう」


「……ん。リエル嬢ちゃんよ、本気か?……盗人の真似事をするのは、エルフの王族の趣味ではないだろう?」


「そんなことはエルフの王族以外でも、誰もしたくはない―――したくはないが。やむを得ないときもある」


 リエルは考えている。ホーリーの覚悟がムダになるのは悲しい。ホーリーに『アミイ・コーデル』が引き寄せられるのならば、その隙を突く形で『巣』を探る。


 ……森のエルフも使う戦術に似ているな。


「囮と射手は、一心同体なのだ。ホーリーが戦うのであれば、私も戦う」


「いい子だ。それじゃあ、足音を消してついて来るといい」


「うむ。了解だ。私も、泥棒みたいに顔を隠したほうがいいかな?」


「大丈夫だろう」


 根拠は?……と訊きたいところであったのに、ガルフは身を低くしたまま走り始めていた。


 エルフの弓姫は唇を不満げに尖らせながらも、屈んだままの姿勢のくせに、犬のように速く走る老傭兵の後を追いかける。


 ……ところどころ、いい加減な気がする人物だな。


 しかし、ガルフめ。年寄りのくせに、よく走る。足音が全く聞こえないな。私の耳にも聞こえないのだから……おそらく、誰にも聞こえぬだろう。


 傭兵といったが……経験を積めば、体力に劣る老人でも、これだけの能力を発揮するということか―――修行は大事なことだな。


 二人はホーリーを残して、錬金術師の屋敷の裏へと向かう。二メートルほどの塀が続くものの、しばらく走ることで、ガルフは目的の場所を見つけていた。


 石で組まれた塀に古びた木製の扉がある。


 老傭兵はそこで立ち止まった。リエルはガルフの影に飛び込むように、軽やかにステップを踏んだ。ガルフの背後に潜んだまま、リエルは質問する。


「……勝手口か。鍵穴があるぞ。開かないのではないか?」


「そうじゃな」


 老いた指が扉の取っ手をつまみ、ゆっくりと引っ張る。ガルフの指と、エルフの耳が感じ取る。金属同士が衝突することで、コツンと小さくも頑なな拒絶の音を立てていた。


 開くことはないだろう。なにせ鍵がかかっているのだから。


「……ふむ。やはり鍵が……飛び越えるか?」


「リエル嬢ちゃんは非常識だな。塀なんて飛び越えられると思うかね、こんなおじいちゃんが」


 ……そう言われるとそうなのだが。意外と、ガルフ・コルテスならば飛び越えてしまうかもしれないなぁ、とリエルは心の片隅で考えていた。


「……では、どうするつもりなのだ?」


「決まっている。開かない扉など、この世にはない。ワシは、ガルフ・コルテスだぞ?」


「なんか、カッコいい名乗りだが、どーするというのだ……?」


「まあ、見ておくといい。オトナの仕事をな」


 ガルフはそう言うと、腰裏に下げている小さな袋から金属の細長い棒状のモノを取り出していた。


「……あれ?……針金……?いや、そうじゃなくて……?」


「魔法のステッキさ」


 ……絶対、違うぞ。


 細長い金属の棒たちが、扉の鍵穴のなかに差し込まれていく。ガルフは顔をグルグル巻きにした布の下で、ニヤリと口を歪めていた。わずか、数秒の出来事であった。


 ガチャリ!


 頑なに閉じられていたはずの扉の鍵が、あっさりと開いていた。リエルは驚く。


「うおお。ガルフ、さては、泥棒……?」


「失礼な。鍵開けなんて、戦士の初歩のスキルじゃぞ」


「そーかな?」


「もしも敵の城に侵入し、破戒工作を施さなければならんとき、火薬が満載の倉庫の鍵を開けられるか否か、戦功は大きく変わる」


「……たしかに。そうかもしれないが……戦士というよりも」


「傭兵は、戦のための戦士だ。誇り高く戦うよりも、勝利か、意味のある敗北のために技巧を尽くす。何でも出来るようにならなければ、出来ぬことで救えぬ者も出る」


「……鍵を開けることで、何かを救ったことがあるのか?」


「脚を負傷して、一刻も早く治療をせねば膝から下を切り落とさなければならん味方。それが閉じ込められている敵の砦の牢屋。忍び込んで開けてやった。だから、そいつの脚はまだついている」


 即答されるとは思っていなかったリエルは、圧倒されてしまっていた。だが、ガルフの言葉は止まることなく続いていた。


「あとは、燃える砦に取り残されて、鍵がかけられっぱなしの扉を叩きながら、出してくれと叫んでいる敵兵どもだな。そいつらは、少なくとも、助けたぞ」


「実例を二つも挙げられると、文句は言えないな。戦場では、その技術は役に立つということか……」


「そういうことさ―――」


 ―――リエル嬢ちゃんも覚えてくれ。その言葉を老人のノドは呑み込んでいた。焦らなくてもいい。傭兵の技術は、後々に教えればいい。今、リエル嬢ちゃんに必要なのは経験値。多くの状況を体験して、勝ちや負けを手に入れることだ。


 傭兵の哲学や技術は後でいい。今は、もっと自由に色々な考えと環境に触れさせるべきだろう。そうでなければ、最高の才を、活かせない……。


「……どうした、ガルフ?」


「いや。何でもない。では、錬金術師の屋敷に忍び込むぞ」

 



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