99話 友だちって年齢と共に減っていく気がする
俺とフィーリアは王都を見て回る。
他の街とは建物の意匠がかなり違うな。
ただ住むための物じゃなく、その上で個性を出そうとしている様子が見て取れる。
かといって、普通の一軒家の屋根に屋根から飛び出る大きさの竜の置物を施してあるのは些かやりすぎな気がしなくもないが。先鋭的すぎてついていけない。
「凄いですねー。さすがは王都ってところでしょうか」
「ああ、この盛況ぶりは凄いな」
人々が所狭しと商店街を練り歩き、店の人間は声を張り上げて客を自分の店に呼び寄せる。
大声が絶えず響き、活気にあふれている。今までの街も大概賑やかであったが、王都の賑やかさは桁が違う。
「そこの厳つい兄ちゃんと綺麗なエルフの姉ちゃん! 寄ってきな寄ってきな!」
頭にねじり鉢巻きをした、タコのような顔の中年男が良く通る大きい声を出す。
……俺達のことか?
「……見ていきます?」
「いや、別に見るものもないだろう」
褒められてニマニマしているフィーリアに俺がそう言うと、男は慌てたように店から飛び出してきた。
「ちょっとぐらい見てってくれって! ほら、いい品だろう? ビュルクトン製の魔道具を取り揃えてんだ」
魔道具を売ってんのか。それならば見る価値もあるかもしれないな。
俺は男の店に近づきながら先ほど出てきた聞き覚えのない単語について尋ねる。
「ビュルクトン?」
「ビュルクトンっつうのは、正式名称をビュルクトン魔道国。世界一の魔道具生産国さ。生産量も多いし、何と言ってもあそこの魔道具は質がいいので有名なんだ」
へえ、そんなところがあるのか。世界はまだまだ知らない場所で満ち溢れてるんだな。
店のショーケースを見物する。店主の言うとおり品ぞろえはいいようだ。見たことのないような魔道具も数多くある。
「へー、色々あるんですね」
「おう、自慢の店だ! そうだ、これとかオススメだぞ」
そう言って男はショーケースから二つのブレスレットを取り出し、フィーリアに見せてくる。
「この魔道具は二つで一組でな、このブレスレットをつけている者同士で一度だけ会話ができるって代物だ。持続時間は短いけど、その分距離は無制限だぜ。しかも伸縮自在で、どんな体型の人間にでもフィットするんだ」
「ほぅ」
距離がどれだけ離れていても使えるのか。
一度だけだと本当に大事な時にしか使えなさそうだが、たしかにあると便利ではあるな。
「へー、素敵じゃないですか。ねえユーリさん?」
機嫌がよくなったのか、花の咲くような笑顔で俺の方を向いてくるフィーリア。
……俺に聞かれても、良く分からない。
と言うかフィーリア、お前使う相手いるのか? 二つで一組なんだぞ?
「……おう、素敵だな」
「超絶棒読みですね。せめて少しは取り繕う努力をしてください」
してるんだけどな、フィーリアが鋭いだけで。
俺達のやり取りを見ていた男は勝算ありと踏んだのか、自信ありげな声で言った。
「おう兄ちゃん。こんな綺麗な姉ちゃんに贈り物の一つもしねえってんじゃ、男がすたるぜ? どうよ、一組買ってかねえか?」
「欲しいなー。欲しいなぁ。…………欲しいなあー」
フィーリアは両手を組んで俺の方をチラチラと見てくる。
わざとらしく目をパチパチさせるな。大体お前も俺と同じくらい金持ってんだろ。
……まあ、金の使い道なんてほとんどねえし、買ってもいいか。
「わかった、買ってやる」
「わーい、ユーリさん太っ腹! 筋肉かっこいいー」
「そうだろ? 触るか?」
俺は袖を捲って二の腕をフィーリアの前に差し出し、二の腕の筋肉を解放する。
はしゃいでいたフィーリアはそれを見て丁寧な動きで俺に頭を下げた。
「すみません。筋肉かっこいいは言い過ぎました。事実と異なる発言、本当にごめんなさい」
「いや、俺の筋肉はまごうことなくかっこいい。だから謝る必要なんて――」
「あ、店主さん。ブレスレット貰っていいですか?」
無視かよ。
「まいどありー!」という元気な男の声を背に、俺達は再び歩き出した。
「えへへ」
男からブレスレットを受け取ったフィーリアは嬉しそうな様子だ。
まあ、それだけ喜んでくれるなら買った価値もあったというものだろう。
周辺視野を鍛えているとズイッと俺の腕が引っ張られた。
見ると、フィーリアが俺の腕に先ほどのブレスレットを巻きつけている。
「これで良し……っと」
「何してるんだ?」
「私とお揃いになるのを許してあげます。特別ですからね?」
そう言って、フィーリアは自身の唇に触れるように人差し指をピンと立てた。
フィーリア……お前。
「……友達、いないんだな」
「それはいくらなんでも酷くないですか。まあ事実少ないのであまり強く言えないのが心苦しいところですが……」
「……悪かった」
複雑な過去を持つフィーリアには不用意な一言だったかもしれない。
フィーリアは俯いて顔を覆った。
「悲しくて涙が出てきます……」
「本当にすまん……」
こういう時はどうすればいいんだ!?
内心で俺が焦っていると、追い打ちをかけるようにフィーリアが口を開いた。
「えーん、えーん」
「……」
「えーん、えーん」
「……」
流石に不自然だと思った俺はフィーリアの手を顔からどかす。
手で顔を隠したフィーリアは目を見開いていた。
目があったにもかかわらず、目をそらしてから再び泣きまねを始めるフィーリア。
「え、えーん、えーん」
「いや、諦めろよ。涙の欠片も出てないじゃねえか」
どうやら顔を隠している間に目を開け続けて涙を出そうとしていたようだ。
結局出てないし、そんなことをしようとする意味も分からん。
「……てへ」
てへってなんだ。
「ところでユーリさん。Sランクの式典はまだ先ですし、アシュリーちゃんに会いに行きたいです」
そうか、元々そういう話だったな。
「じゃあ、アシュリーを探すとするか」
「でも、探すといっても手がかりはないですし、やっぱりギルドで待っている方が利口かもしれませんね」
チッチッチッ。
俺は人差し指を振る。まだまだ甘いなフィーリア。
「おいおいフィーリア。俺の鼻の良さを忘れたのか? 俺にかかればすぐに見つかる」
アシュリーの匂いならもう記憶済みだからな。
「そういえばそうでしたね。ユーリさんも偶には役に立つじゃないですか!」
「偶にはじゃないだろ?」
「……滅多に?」
「なんで頻度が下がる」
まあいい、ここらで一つ俺の威厳を見せつけてやろう。
俺は地面にこすりつけるくらいに鼻を近づけた。
そしてそのまま四足歩行で歩き出す。
「……なんで急にそんな不審者感全開の恰好を?」
頭上の方から聞こえてくるフィーリアの声は不審げだ。
俺は鼻に神経を割きながらフィーリアの疑問に答える。
「何日か前の匂いを嗅ぐにはより集中しないといけないからだ」
「四足歩行の人間と一緒に歩く私の気持ち考えたことってあります?」
四足歩行の人間と一緒に歩く気持ちだと? そうだな……。
「……お気の毒に」
「他人事ですか」
「事実他人事だからな――っと。匂いを捉えたぞ。ついてこい」
「はいはい、わかりましたよ」
匂いの元は近い。
アシュリーめ、俺の鼻から逃げられると思うなよ!
「ここだ。この建物からアシュリーの匂いがする。間違いねえ」
俺は自信満々に顔を上げる。
そこにあったのはギルドだった。……俺たちが元々行こうとしていたところだな。
「ユーリさん……ここで、間違いないんですか?」
「……ああ」
「地べたを這いつくばってまで探したのに、それが結局しなくても良かったことなんてすごくかわいそうですね」
「まあ、過程が違うからな、過程が。そうだ、過程が違う」
「はいはい、良く頑張りましたねー。じゃあ入りましょうか」
扱いが雑だな。ぐれるぞ。
ギルドに入り、アシュリーの姿を探す――――間もなく、ハーフパンツを履いた赤い髪の少女が嫌でも目に入ってきた。
俺はフィーリアの後ろについてアシュリーに近づく。
「アシュリーちゃんっ!」
「うぇっ、フィーリア姉!? なんで、どうして!?」
アシュリーは俺達の突然の来訪に目を丸くした。
「俺もいるぞ」
「うわー、本当にフィーリア姉だ! 久しぶり!」
「久しぶりですー!」
相変わらず俺は視界に入らないらしい。
俺がそう思っていると、アシュリーは俺の方をチラリと見ていった。
「あ、ユーリもいるのね」
おお、遂に視界に入るようになったか!
ただ、俺を見つけたとたん露骨にテンション下がったな。なぜこの筋肉を見て喜ばないんだ。
そう考えた俺はある理由にたどり着く。……そうか、アシュリーは十三歳だったな。
「所詮まだ子供、か」
「あんた喧嘩売りに来たの?」
怒らせてしまった。失言だったか。
だがアシュリーは気にしていないようで、そのままフィーリアと会話と続けている。
「ちょっと大きくなったんじゃないですか?」
「えへへ、そうかな?」
「強くなったのか?」
「なったわよ。もうロリロリには負けないんだから!」
やっぱりライバルがいると成長が早いよな。俺もライバルが欲しい。
身近にいる強いやつと言えば……。
「フィーリア、おまえには負けないからな!」
「急に何を言い出すんですか」
なるほどな。俺の宣言を歯牙にもかけないと。
「だが、その慢心がお前の足を掬うことになる」
「馬鹿なこと言ってないでどこか行きましょう。こんな所で話すのも何ですから。アシュリーちゃん、どこか良いお店知ってます?」
「うん!」
アシュリーは歩き出そうとして立ち止まり、俺の方を向いて言った。
「ユーリ、あんたバカになってない?」
……確かに。
強いやつと戦いたすぎて少しおかしくなっていた。
インテリマッスルにあるまじきことだ。
今日はアシュリーとフィーリアの再会の日だし、大人しくしておこう。そう心に決めた俺だった。




