91話 対面
男の見た目は以前にエレクから聞いた特徴とも一致している。
こいつが団長で間違いないだろう。
男との距離はまだ少しある。
しかしすでに魔法の範囲内ではあるようだ。
男が人差し指で俺を指差す。
指の先から迸ばしった光は、一筋の光線となって俺に襲いかかってきた。
俺は回避しながらも団長に接近を試みる。
しかし回避しきることは出来ず、光線は足に直撃した。
「ほう……」
かなり速度があるな。
本気を出さねば避けきるのは難しいかもしれない。
男は濁った目で俺を見つめながら光線を連射する。
フィーリアの言ったとおり速射性は高い。
「だが、俺を止められるほどじゃない」
俺は急所に当たることだけを避け、雷の奔流の中を一人突き進む。
眩い光で視界が覆われ、身体にしびれが走る。
視界を奪われた俺は気配で男の位置を探る。
十分近づいたところで身体を横に流し、男の背後をとった。
そして男の意識を削ぐべく手刀を振りかぶる。
首の後ろをめがけ振り下ろそうとした刹那、男の首に高濃度の気の塊が形成されつつあることに気がつく。
俺は咄嗟に狙いを変え、横腹をぶん殴った。
「ぐはっ!」
男は血を吐きながら吹き飛んだ。
少し危なかったなな。
「なるほど、部下と俺との戦いを観察してたってわけか」
最後に首の裏に殺気を集めたのは俺の行動を予測していたからだろう。
操られている人間の能力に依存するのかどうかはわからないが、洗脳された状態でもある程度の知能はあるようだ。
「ユーリさん」
フィーリアが髪を揺らしながら走り寄ってくる。
「殺して……ないですね、良かった」
「まあ、冷静だったからな」
「ユーリさんにしては珍しくないですか? いつもは『うおぉ!』って言って突っ込んでいくのに」
「戦いってのは意思と意思のぶつかり合いでもあるからな、洗脳されている相手ではいまいち気持ちがアガってこない」
戦いとは力と力をぶつけ合う、神聖な行為なのだ。
相手の意識がないのでは、その魅力は半減である。
「大人になったのかと思ったら、ユーリさんはやっぱりユーリさんでした」
「そりゃあ俺は俺だろ」
会話が一段落し、一瞬会話が途切れる。
国宮の前に立った俺たちを遮るものはもう何もない。
「……勝ちましょうね、この国のために」
「国なんてどうでもいい。俺が戦うのはエレクのためにだ」
一番の理由は俺が強いやつと戦いたいからだけどな。
「本当にぶれませんねー。引くほど」
引くほどってなんだ。
「おしゃべりはここまでだ。いくぞ」
「あ、ユーリさん。洗脳の方法が分からない以上、やれることはやっておこうと思います。風魔法でこちらを風上にしましょう」
フィーリアはそう言いながら風魔法を使う。
確かに空中に何かをまき散らして洗脳している可能性もあるな、気が付かなかった。
「助かる」
俺とフィーリアは風に背を押されながら国宮の中へと足を踏み入れた。
俺は周りの地形を把握しながら国宮を突き進む。
豪華な外装とは裏腹に、国宮の中は質実剛健な造りだ。
権威がありそうに見えるものと言えば、入り口に飾られていた巨大な絵画くらいなものか。
辺りが薄暗いことも豪華に見えない一つの要因かもしれない。
国宮の中の証明などは全て切られており、窓から差し込む太陽光だけが国宮内部を照らしていた。
探索を続ける俺達は何度目かの分かれ道に突き当たる。
「……こっちだな」
その度に俺達はより気配の強いほうへと足を進めた。
徐々に近づいてくる気配。この距離でこの気の強さということは、相当強いことは間違いない。
俺は鼓動が高まるのを感じながら、一歩ずつ前へと進んでいく。
気配を頼りに国宮を進んできた俺達は、扉の前に立っていた。
ここまで近づけばはっきりとわかる。生命反応は部屋の奥に留まっていて、動く気配はない。
一際強い気を放つ人間が一人、その横に一般人らしき気が一つ。
強いほうはロゼッタで間違いないが、もう一人は誰だろうか。
「この奥、ですか?」
フィーリアがささやき声で俺に尋ねる。風魔法はいまだ発動状態のままだ。
「ああ。……油断するなよ」
「ユーリさんこそ」
言ってくれるじゃないか。
俺は扉の外で拳を構える。
「ラァッ!」
俺は扉をぶち破って中に侵入した。
隙を見せないよう、素早く敵の方を向く。
そこにいたのは扇で顔を隠した女だった。
顔を隠しているせいで、フィーリアの透心は効力を持たない。
俺は女を観察する。
薔薇色の長髪に、胸元と肩口を大きく開けた濃赤色のドレスを着ている。
俺がこの部屋に入った瞬間にもう一段階気が膨れ上がり、この場にいるだけで肌がチリチリと軽く刺されているような感覚に陥る。
女は色香を煮詰めたような甘ったるい声で俺達に声をかけた。
「えらく下品ねぇ。なんの用かしらぁ? 入室を許可した覚えはないのだけれど」
この声に髪の色、やはりコイツがロゼッタで間違いないようだ。
その事実を確認しながら、俺は口を噤む。
返事をすることが洗脳の鍵である可能性もある以上、むやみに相手の言動に反応するのは愚策だ。
「勝手に私の国に入ってチョロチョロしていたくせに、いざこうして顔を合わせたら無言なんて、無礼が過ぎると思わなぁい?」
「お――」
お前の国じゃねえ。
そう言いそうになった俺は慌てて口を閉じる。コイツのペースに乗せられちゃ駄目だ。
ロゼッタは男に靴のヒールを舐めさせながら、ねっとりとした甘美な声を出す。
「この国の施政者の痴態になんの反応も示さないところを見ると、あなたたちこの国の人間じゃないみたいねぇ。なら、この男に価値はないかしら。ほら、もう帰りなさい」
ああ、その男がこの国で一番偉いやつだったのか。靴を舐めさせられて、ご愁傷様だ。
ロゼッタが男に首で合図をすると男は靴を舐めることを止め、奥の部屋へと入って行った。
話していても埒があかないな。俺は世間話をしに来たわけじゃねえんだ。
膝を曲げ、重心を落とす。そしてそのままロゼッタの方へ駆けた。
予備動作なしで接近を試みた俺に対して、ロゼッタは火魔法を撃ってくる。
威力は無くはないが、俺は止まらない。
「丈夫な身体ねぇ。死んでほしいわぁ」
ロゼッタは懲りずに火魔法を連発してくる。
「させません!」
しかしその攻撃はフィーリアの風神によって俺に届くことはない。
流石はフィーリア、いいサポートだ。
「中々やるわねぇ。まあ、いいわ。あなたたちが誰であろうとこれで終わりだから。私の勝ちは最初から決まってたのよぉ?」
そう言ってロゼッタは扇を顔から離した。
何を意図してのことだか知らんが、表情から情報を読み取ってやる。
「ユーリさん、目を見ないでくださいっ! 洗脳され――」
焦りを隠しきれないフィーリアの声に従って、俺は立ち止まりながら咄嗟に目を伏せた。
なるほど、洗脳のトリガーはロゼッタの目を見ることだったのか。
助かった、フィーリアは目を見れば相手の能力が分かるからな。…………目を見れば?
言い知れぬ不安を感じる。フィーリアが能力に気付いたということは……。
「おいフィーリア、大――っ!?」
フィーリアの方を振り向いた俺の目前には、風の鎌が迫っていた。
紙一重のところでそれを躱す。
二の腕が少し斬られジクジクと痛むが、そんなことに構っている場合じゃない。
「フィーリア!? おい、しっかりしろ! フィーリア!」
俺はフィーリアに呼びかける。しかしフィーリアは何の反応も返さない。
俺を見るフィーリアの目は、一点の光もなく淀みきっていた。




