84話 根性あるやつ
ドポポを朝早くに出て、マリエッタ国に向かう。
聞いたところによるとマリエッタ国の門までは数キロらしいから、すぐに着くだろう。
間もなくして円状に反り立つ壁が見えてくる。
壁の色の違う場所が門になっているようだ。
俺は門に向かって足を進める。
「正面から入るんですか?」
「当たり前だろ。俺達がコソコソする道理はない」
「まあ、そうかもしれませんね」
門までたどり着いた俺は上を見上げる。
門は想像よりも大きく、十メートルほどはありそうだ。そして固く閉ざされていた。
門番の姿も見えず、辺りは寂しげな雰囲気である。
乾いた風がヒュウと物憂げな音を立てた。
「この門、魔法が掛かってますね。中からしか開けられない造りになってます」
「つまり俺達は入れないってことか」
フィーリアは少し後ずさり、手で日差しを避けながら壁の上を見上げた。
「壁の上からなら入れるでしょうが、侵入者用の結界が張られてますね。どうしましょうか」
俺は指をポキポキと鳴らして答える。
「門を開けて通りゃあ良い」
「だから、門は中からしか開けられ……ユーリさん、まさか無理やり開ける気ですか?」
「俺に任せとけ。押し通る」
俺がそう言うとフィーリアはわざとらしくため息をついた。
「普通なら何言ってるんだって思うところなんでしょうけど、ユーリさんならできる気しかしないんですよねぇ……」
「信頼してくれてるってことか」
「そのプラス思考は尊敬します」
尊敬までされてしまった。
やはり筋肉は凄いということか。
俺は門に近づき、目前に捉える。
そして両手で門を押した。
「ふんっ!」
しかし、門はミシミシと音を立てるばかりで開く気配はない。
門の野郎、なかなか根性あるじゃないか。
「あの……ユーリさん」
「フィーリアは黙っててくれ。これは男同士の戦いなんだ。……ふんぬっ!」
俺は力の限りを込め、全体重をかけて門を押す。
しかし、門はビキビキとしなるばかりで開きはしない。かなりの強敵だ。
「はっ! 門、まさかお前がここまでやるとは思わなかったぜ。お前に敬意を表して俺も本気を出してやろう。……『スーパーユーリさんモード』を発動する!」
俺は脳に意識を集中させ――「ユーリさん!」
「……なんだ」
せっかくアガってきたところに水を差しやがって。
文句を言おうとした俺に向かって、フィーリアはジトッとした目で俺に言う。
「あの……その門、引くタイプです」
「……うん?」
なんだって? ヒクタイプとはどういうことだ?
……まさか押すんじゃなくて、引くと開くということか?
おいおいフィーリア、馬鹿言ってるんじゃねえよ。それはこの門を馬鹿にしてるぜ。
この門が開かないのは、この門が引くタイプだからではなく、根性があるやつだからだ。
しかしフィーリアにはそうは思えないらしい。
相変わらずの半目で俺を見ながら同じことを繰り返す。
「だから、押しても開かないんですって。引いてください」
「何言ってるんだフィーリア。そんなわけが――ん?」
俺はフィーリアに間違いを教えるために、力を込めて門を引いた。
門はギギギと音を鳴らしながらいとも容易く口を開ける。
「……」
「そんなわけが、なんですか?」
「そんなわけが、あるんだな。道理で開かないわけだ」
見下したような目で見てくるフィーリアにそう答え、俺達は門の中へと足を踏み入れた。
「ユーリさんが無理をしたおかげで門がボロボロになっちゃってますね。直しておきます」
「……すまん」
フィーリアが門に触れると、白い光が門を包み、ボロボロだった門が綺麗に直っていく。
物に使うのは回復魔法ではなく修復魔法らしい。
修復魔法はあまり得意ではないと言っていたが、俺には十分すぎるように見える。
「こんなところでしょうか。周囲の壁が少し薄くなってしまいましたが、私の腕では仕方ないですね」
「ありがとな」
あのままの門では他の人間も入れそうだったからな。
自分が通った後のことまで考えていなかった。
フィーリアがいてくれて助かった。
「じゃあ、行きましょうか」
「おう、行くぞ」
俺達はマリエッタ国内を探索することにした。
「とりあえずは人だな。人に会って『女王』についての話を聞こう」
「そうですね。あ、あそこに人がいますよ」
フィーリアが指差した先には、一人の中年の女がいた。ふくよかな体つきをしている。
しかし、それを見た俺は女に違和感を感じた。
弱々しいが、常人の気配とはほんの少し異なっているような……。
「……なんか変だな。フィーリア、あいつを透心で見てくれ」
平時では俺以外に透心を使わないフィーリアに、透心を使うよう指示をだす。
能力を使用したフィーリアは軽く狼狽えた。
「どうした?」
「……あの人、誰かに洗脳されてます」
なるほど、それで気配が普通と違ったわけか。
「洗脳……それが『女王』の能力か……?」
「それは分かりませんが、とりあえずは逃げましょう」
見ると、女は仲間を呼んでいた。
わらわらと人々がこちらに駆けてくる。
「……おい、フィーリア」
「はい……あの人たちは全員洗脳されてます」
ちっ、どうにも厄介なことになってるようだな。
俺達は追ってくる人から距離を取る。
数が多いとは言っても、所詮は一般人。俺とフィーリアの速度についてくることはできない。
「っ! おい、まずいぞ」
「どうかしましたか?」
「かなりの使い手の気配がする。確かではないが、数十人がこちらに近づいてきているようだ」
気配だけで言えばAランク下位。
相手が一人なら問題なく対処できるが、数十人いれば流石に俺達でも苦戦は免れない。
下手に手間取ると俺達を追いかけてきた一般人を巻き込んでしまう可能性もある。
ここでの戦闘は避けたいところだが……。いかんせん土地勘がないのが痛手だ。
「飛ぶか」
「飛ぶのは愚策です。魔法で狙い撃ちされますよ!」
それもそうか。なら、どうする?
……いっそ、一般人も皆殺しにするか? いや、それはさすがに気が進まない。
「こっちだ! 俺についてこい!」
そんな時。先の通路の角から少年の声がした。
もちろん聞いたことのない声だ。だが、その声からはこの国にきて初めて意思を感じられた。
俺は一瞬フィーリアと視線を交わし、互いに頷く。
そしてその角を曲がった。
「よし、俺についてこい! はぐれるなよ!」
少年は俺とフィーリアにそう言って走り出す。
……が、致命的に足が遅い。おそらく十五歳には達していないだろう少年の走る速さは、この緊急時に置いては致命的な遅さだ。
後ろには先ほどの強者たちの気配が迫ってきている。
「……フィーリア」
「この子は操られてはいません。だますつもりもないようです」
それを聞いた俺は少年をおぶった。
「!? な、何すんだよ!」
「お前のペースで走っていたら捕まる。お前が頭、俺が足だ。道を教えろ」
「……わかった。突き当たりを右だ!」
少年の指示に従って俺達は街路を走る。
しだいに人気のない入り組んだ道に入っていき、路地裏をしばらく走ったところで俺は少年を背から下ろした。
「どうやら巻いたようだ。助かった、礼を言う」
「ところであんたたちは誰? 兄ちゃんは凄いマッチョだし、姉ちゃんは凄い綺麗だし、見たところこの国の人じゃなさそうだけど……」
「私はフィーリア、こっちはユーリさんです。壁の外から来ました」
「外から……? 今この国には誰も入れないはずだけど」
怪訝そうに俺達を見る金髪の少年。
良く知らない俺達を助けてくれるとは、見上げた少年だ。
「力ずくで門を開けた」
「え?」
「力づくで門を開けた」
「……? ごめん、よく意味が……」
「ユーリさんはいろいろ規格外なので、気にしないでください」
服をめくりあげ腹筋を見せた俺を見て、「な、なるほど。なんとなくわかったよ」と言った後、少年は続ける。
「今、この街は変なんだ。まともに暮らしていけない。……俺の隠れ家に案内しようか? もちろん無理強いはしないけどさ」
言うだけ言って少年は歩き出した。
このままでは情報収集もままならないし、ここは少年の言葉に甘えるとしよう。
俺は意思の確認の為にフィーリアの顔を見る。どうやらフィーリアも同じ気持ちのようだ。
「……ああ、よろしく頼む」
俺はそう言って、歩き出した少年の小さい背中を追うことにした。




