46話 若く見えるってよく言われない?
「おはよーございます、ゆーりさん」
少し寝ぼけたような様子でフィーリアが起きてくる。その様子はここがいつ魔物が飛び出してくるかわからない森の中であると言うことを忘れさせるものだ。
ここはヒヒの森。普通ならば警戒の一つもするところだろうが、フィーリアにとっては故郷のような場所である。
それゆえ警戒心も自然と薄くなるのだろう。
「良く眠れたみたいだな」
「おかげさまで」
ちなみに寝ている間にフィーリアの寝顔を見たりはもちろん一切していない。
男としてそういう卑劣なことはしない、当然のことだ。
「別にちょっとぐらいならいいんですけどね……」
「? 何の話だ」
「別になんでもないです。行きましょう」
「ああ、そうだな」
六時半を過ぎたころ、俺とフィーリアは再び森の中を歩き出した。
丁度俺達が探索に入ってすぐに木が踊り歌いだす。ここに住めば目覚ましいらずだな。
探索を進めるにつれて、森の入り口とは少し周りの風景が変わってきた。
森の外側に面している場所はドューン木しか生えていなかったのが、今はツタのような植物も生えているし、なにやら果実のなっている木も見ることができる。
知らない果実を見つけると訓練のために食べてみたい衝動に駆られるが、もうすぐエルフの里に付くかもしれないというこの状況ではさすがに食べるのは憚られる。
「あっ!」
そんなことを考えながらフィーリアの後を進んでいると、不意にフィーリアが声を上げた。
「どうした」
「ユーリさん、私この場所見覚えがあります」
「おお、ならもう里は近いんだな」
「はい! あと三十分くらいで着くはずです」
フィーリアの声に喜色が混ざる。
なんだかんだ嬉しいのか? いや、いざ他のエルフの顔を見たらどうなるかはまだ分からん。
あの夜話してくれたときは里のことは随分とトラウマになっていたように見えたし。
「ユーリさんは私の後に」
「わかった」
俺はフィーリアの後に続いてエルフの里へ向け歩いた。
「……そろそろか」
フィーリアが道案内を始めてから二十分はたったであろうか。
今、足元には通行の繰り返しで自然とできたような獣道が存在している。
おそらくこれはエルフが作ったものだろう。
「……はい。もうほんのすぐそこです。……ッ!」
「フィーリア? どうし……ああ」
フィーリアの肩が跳ね、不審に思った俺は一瞬遅れて多数の気配を察知する。
左ななめ前方五十メートルほどに、多数の生命反応。あれがエルフの里か。
「大丈夫か? 俺が先頭を変わってやってもいいが」
立ち止まったフィーリアに提案する。
人の後ろに立った方が視線には晒されない分、いくらか気は楽になるはずだ。
しかし、フィーリアはふるふると首を振る。
「いえ……大丈夫です。エルフは警戒心が強いので他種族が近づくと威嚇攻撃をしてくる可能性もありますし……それに私の問題ですから。私が先頭で行きます」
「そういうことなら頼んだぞ」
フィーリアはその浮世離れした見た目から物事に頓着しない性格に思われがちだが、意外と子供っぽいところもあるし、それに――自分の中にしっかりした芯を持っている。
そんなフィーリアが決めた以上俺はそれに従う。
それに……誠に遺憾な話だが、俺が先頭で行ったらフィーリアを脅して里にやってきたようにみられる可能性もゼロじゃないしな。
「任せてくださいよ。私を誰だと思ってるんですか。超絶美少女エルフのフィーリアさんですよ」
フィーリアはドヤ顔をするが、口角の端がピクピクと小刻みに震えている。
緊張が隠しきれていない。
「……自分で言うな」
自分なりに自らを鼓舞しているのだろうフィーリアが気を落とさないよう、俺はいつも通りの反応を返した。まあ心読まれたら意味ないんだけどな。
俺の心を読んだのか読んでいないのかは分からないが、フィーリアはフゥと息を吐き、そして歩き出した。
「……じゃあ、行きますね」
「おう」
しばらく前に進み、そして角を左に曲がる。
そこに見えたのは木でできた家々だった。
さらに何人かがこちらを窺っている。
そうか、フィーリアがエルフに気付いたってことはあっちも俺達に気付いてるってことなんだよな。
フィーリアはゆっくりと里の方に足を進める。踏まれた木の枝がパキパキと乾燥した音を立てた。
エルフたちはどんどんと里の入り口に集まってきている。
とうとう俺達が里の入り口についた時には、三十人を超えるエルフが集まっていた。
驚くことに全員が美男美女だ。そういうことに疎い俺がわかるくらいだから相当である。
「リア……リアなのか?」
一人の美男子が震える声でフィーリアに話しかける。フィーリアの友人だろうか。
年は二十くらいに見えるな。フィーリアより少し年上といったところだろう。
フィーリアと同じ銀髪だが、男だからなのか髪質は固そうだ。
フィーリアはその美男子に向かい、頭を下げて挨拶をする。
「はい、お父さん。私です、リアです」
……ん? お父さん?
お父さんなわけないだろう。だってお前――
「リア! ……おまえ、急にいなくなって! 父さんと母さんがどれだけ心配したと思ってるんだ!」
――マジ?
娘を抱きしめ涙を流して喜ぶ父、という感動的な光景が俺の目の前で繰り広げられていた。……傍目には恋人同士にしか見えないが。
続々と集まってくるエルフたちが皆同年代に見えることを鑑みると、フィーリアの家が複雑な家庭の事情ということでもないらしい。
……すごい種族だな、途中で成長が止まるのか。
だが少しうらやましくもある。
どれだけ鍛えても衰えには勝てないからな。全盛期が長いのは生物として優れているといっていいだろう。
「フィーリアちゃん、帰ってきたのね!」
「相変わらず綺麗な顔をしてるわねー」
「今日はおめでたい日ですね」
どうやらフィーリアは歓迎されているようだ。
「リア、その人間は誰だい?」
とそこで、フィーリアの父が俺を目にとめた。
「この人はユーリさん。私の……パートナーです」
「よろしくお願い申し上げる」
どうだこの敬語、完璧だろう。
最近はもう敬語をマスターしつつあるのだ。やはり俺はインテリだった。
俺の完璧な敬語に驚いたのか、フィーリアの父は銀の目を驚きに見開く。
「パートナー!? そ、そうか……。……まあ、積もる話もある。家に帰ろう。母さんも待ってるぞ!」
「はい。あ、ユーリさんも連れて行ってもいいですか?」
フィーリアの父が俺を軽く睨んでくる。なんだ?
「……いいだろう。付いてきなさい」
「御意」
俺は了承の意を伝え、フィーリアの生まれ育った家へと向かった。




