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魔法? そんなことより筋肉だ!  作者: どらねこ
3章 フィーリア編
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39話 治療を行う女神様

「やあ、お見舞いにきたよ」


 翌日、ゴーシュがやってきた。

 いつも通りの白い隊服である。


「おう、まあ入れや」

「おう、まあ入れよ」


 俺とババンドンガスはゴーシュを招き入れる。

 病室ってやつはとにかく退屈だから、なにか刺激がほしいのだ。


「お邪魔するよ」


 ゴーシュは俺とババンドンガスの顔が同時に見渡せる位置に腰掛けた。


「この度は僕たちの戦いを援助してくれて本当にありがとう。君たちがいなかったらこの街はなくなっていただろう。本当に感謝の気持ちでいっぱいだよ。……怪我はどんな具合なんだい?」


 俺たちに頭を下げるゴーシュ。

 そんなつもりで戦ったわけじゃないのだが、なんだか照れくさい。


「俺は足の複雑骨折。明後日回復魔法かけてもらってそのまま退院する予定だ」

「俺は今日フィーリアに腕を治してもらってそのまま退院だな」

「そうなんだ……。二人が生きていてくれたのは僕としてもとても嬉しいよ。何より知り合いだし、これからこの国全体がもっと物騒になる可能性が無いとも言い切れないしね」


「それと」と、ゴーシュは言葉を続ける。


「ユーリ君に関してはもう罪徒討伐はしなくていい。街の……いや、一国の危機を救ってもらったんだ、もうあの時の貸しと比べれば十分すぎるほど十分だよ。本当にありがとう」


 そう言ってゴーシュはもう一度俺に頭を下げる。

 俺はそんなゴーシュに言葉を返した。


「いや、罪徒討伐もやるけどな」

「……え? だから、別にやらなくても――」


 ゴーシュは俺にもう一度同じ説明をしようとするが、そのくらいは俺だって理解している。

 むしろゴーシュが俺の性格を理解しきれていないと言えた。


「やっちゃいけないわけじゃないんだろ? 元々今回のことは俺が戦いたいから戦っただけで、別に助けるためとかじゃないしな。罪徒討伐は別でちゃんとやるぜ」


 元々フィーリアが誘拐された件で騎士団に迷惑をかけたのは俺だ。

 それを魔人を討伐した後で「これでチャラにしていい」と言われても、俺自身が納得できないのだ。

 戦う前に言われていたのならまだしも、倒した後に言われては、なんだか俺がズルしたみたいで夢見が悪いじゃねえか。

 俺はきちんと借りは返す男、ジェントルマッスルなのだ。


「君は……なんというか、凄いね」


 俺の言葉を聞いたゴーシュは、絞り出すように言葉を紡ぎ出した。


「そうか? 俺は普通だけどな」

「いや、ぜってー普通じゃねえから。というか魔人倒す時点で普通じゃねえから」


 ババンドンガスも呆れた表情で俺を見ている。

 どこにおかしなところがあったのだろうか。よくわからない。


「そんなことより、魔人がどうとかいってたが、魔人ってのはなんなんだ?」


 俺の質問にゴーシュが答えてくれる。


「魔人は魔物が力をもった姿とか、悪魔の生まれ変わりとか言われてる種族さ。特徴としては額に二本の角が生えていて、肌は褐色……肌の色に関しては例外もいるようだけどね。あとは体が異常に頑丈で、魔力が異常に多い。基本的には魔国にいるから危険はないんだけど、たまに今回のようなこともあるから気は抜けない」


 なるほど。角があれば見分けるのは簡単だな。

 べゼガモスのを見た限りでは隠しきれる大きさでもないし。


 俺は続けて質問をする。


「魔人ってのは皆あんなに強いのか?」

「たぶんあのベゼガモスって魔人は、魔人の中でも強い方だと思う。人類であのレベルの魔人に勝てるのは指の数くらいしかいないね。でもまだ上はいるよ」


 あれでまだ上がいるとか最高かよ。あとどんだけ強い奴と戦えるんだ。

 ……ん? 俺の頭にさらなる疑問が浮かんできた。

 俺は上半身を起こし、ゴーシュに尋ねる。


「それだと魔国に攻め込まれたら人類は終わりなんじゃないのか?」


 名前からして魔人の国、もしくは魔物の国なんだろうし。


「一番の理由は、今の魔王がかなり理知的で、そのうえ平和を重んじる人だってことかな。彼のおかげで魔人絡みの事件がこれだけですんでいるんだ。……あとは、うちの隊長も理由の一つではあるかな。あの人は間違いなく人類最強で、魔王とも同格以上って言われているから」


 そんなに強い人間がいるのか!?

 是非とも会ってみたいが、世界中を放浪していて滅多なことがないと帰ってこないらしい。

 冒険していればそのうち会えるだろうか。楽しみが増えた。


「……でもいくらうちの隊長が強いとはいえ、魔人と戦える人材は騎士団でも片手で数えられる位だからね。僕はますます忙しくなりそうだよ。次の休みは何年後になるか……」


 ゴーシュは悲痛そうな顔でうつむいた。

 休暇を普通に年単位で考えてるのが怖い。

 大変そうだな、と他人事のように考える。

 一応ねぎらいの言葉をかけておいてやるか。


「ご愁傷様」

「お前も大変だな」

「はは、二人ともありがとう」


 ゴーシュは力なく笑みを浮かべる。

「他にもお礼に行きたい人が居るから」と帰って行ったゴーシュの背には、底知れぬ哀愁が漂っていた。







 ゴーシュが帰って暫くして、今度はフィーリアがやってきた。

 一晩たって機嫌は直ったようで、俺は一安心する。


「今から腕を生やします。少しムズムズするかもしれませんけど、我慢してくださいね?」

「よろしく頼む」


 失ってわかったが、腕がないといろいろ不便だ。フィーリアがいてくれて本当に良かった。

 流石の俺でもフィーリアの存在が脳裏をよぎらなければ、腕を捨てる選択をとれたかも怪しい。

 ……いや、それしか勝つための道がないならどの道そうしたか。


 治癒魔法を受けるため、椅子に座る。

 フィーリアは背後から俺の両肩に優しく触れた。

 顔と顔が近づいて、花の匂いが鼻腔をくすぐる。

 少しドキッとしてしまった俺は慌てて鼻の感度を下げた。


「どうかしましたか?」

「いや……そういや回復魔法をかけてもらうのはブロッキーナの時以来だと思ってな」


 不思議そうな顔をして首を傾げるフィーリア。

 俺はばれない様、咄嗟に言葉を紡ぐ。


「今回のことで私が成長したってことを見せてあげますよ。イヤと言うほど治療しましたからね」


 そういって両手でピースをしてくる。

 ドヤ顔でカニのように人指し指と中指の間を開いたり閉じたりしていて中々シュールだ。

 なんとかごまかせたようで、俺は内心で安堵する。


 そんな俺を、ババンドンガスが隣でニヤニヤと見ている。殴りてぇ……。

 ババンドンガスを軽くにらんで怒りを抑え、じっと座る。


「じゃあ、始めますよ。あんまり日にちが経つと治せなくなっちゃいますし」

「おう」


 フィーリアの体が淡い白色に光り始める。

 その光は俺の肩に移っていき、俺は肩がやんわりと暖かくなるのを感じた。

 光が肩に集まるにつれ、むずかゆいような感覚が生じてくる。

 暫くじっとしたままでいると、遂に腕が再生してきた。根元から滑らかに腕が生えていく。

 まず透明な腕が生えて、それがどんどん実体を伴っていく。


「すげえ……」


 思わず口にでてしまった。

 ババンドンガスも神聖なものを見たように口を慎んでいる。

 そして腕が完治した。元の腕と全く同じ腕だ。


「流石フィーリア……おい、どうした」


 背中に重みを感じる。

 何かと思えば、フィーリアが寄りかかってきていた。


「だ、大丈夫です。はぁっ……少し……張り切りすぎただけなので」


 えヘヘ、と笑うフィーリアの顔は少し辛そうだ。

 なんとか自分の足で立ったものの、足元はふらついているし、息も荒い。

 無理しているのは間違いないだろう。


「悪かったな、無理させて。ありがとう」

「いえ。……私がしたいと思ったことを、したまでですから」


 息を整えるために胸に手を当てながらニッコリと笑うフィーリア。


「うう……いい子や……」


 ババンドンガスはハンカチで目頭を押さえている。


「お前、そのうち後光が差すぞ」


 俺はフィーリアから目をそらした。

 屈託ない笑顔はまるで女神だ。直視できない。


「……あ、また二人してからかってますね! ……私がこんなに頑張っているっていうのに、ひどい人たちです。今度は騙されませんよーだ!」


 フィーリアが何やら斜め上の勘違いをしてむくれはじめたが、自分から訂正するのも変なので言わないでおいた。








「じゃあ、いくか」


 しばらくフィーリアを休ませた後、俺は退院することになった。

 ババンドンガスと軽く挨拶を交わし、病院を出る。


「今後の予定はどうします?」


 風になびかれる銀の髪を抑えながらフィーリアは俺に問う。


「とりあえず最優先はヒヒの森でのエルフの里探しだ。フィーリアの戦闘力増強は急務だからな」


 早いとこフィーリアの戦力は万全にしておきたい。


「じゃあランクを上げなきゃいけませんね。……面倒です」

「……そうだな」


 俺達は未だCランクだ。

 いまさらCランクの魔物と戦うのもつまらないが、ランクは上げなければならない。








 宿に辿りつき、部屋に入る。


「今日はちょっと疲れました」


 フィーリアがベットに頭から飛び込んだ。ベットがボフッと音をたてる。

 随分子供っぽいことをするんだな。

 まあ、それだけ疲れたってことか。


 フィーリアは仰向けに寝転がって話し始める。


「ユーリさんってなんか変わりましたよね」

「そうか? 自分ではあまり分からないが」


 たしかに森の外に出てからさらに強くなったかもしれない。

 やはり自分より強い奴がいるのはいいな。鍛えるモチベーションも上がるってもんだ。


「初めて会ったときはナイフみたいでちょっと怖かったですけど、今は犬みたいです」

「犬……野犬はなかなか強いと聞くぞ。つまりそういうことか?」


 その点ナイフは駄目だな。

 ナイフを使うくらいなら素手の方が強い。大抵のものは手刀で切れるしな。


「どういうことですかそれ」


 俺の反応は見当違いだったらしく、フィーリアは軽く怒る。

 思い返せばフィーリアと会ってからもう随分経ってるな。なんだか感慨深い。


「……まあ、私は昔のユーリさんも今のユーリさんも……その、いいと思いますけど」


 ゴニョゴニョと小声でつぶやくが、俺の耳には容易に聞き取れる。鍛えたからな。


「いいってなんだ? なんで顔が赤い。意味が分からん」

「ユーリさんがデリカシーゼロ男なのはわかってたことです。もう寝ます、私寝ます! ユーリさんおやすみっ!」


 そういうとフィーリアはバサッと布団を頭まで被ってしまった。

 デリカシーゼロ男? ……フィーリアってネーミングセンスないんだな。


「おう、おやすみ」


 一人になった俺は息を止めることにした。肺活量を鍛えるのだ。

 それから一時間の間、部屋からはフィーリアの呼吸音しか聞こえてこなかった。

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