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174話 きっかけって結構意外なものだったりする

「なるほどな……。なぜ人間が魔国にいるのかと思えば、モーモーレースの優勝者だったか。人間の国の王都に帰るためにここに来たと、そういうわけだな?」


 俺とフィーリアがここにいる理由を知った魔王ガルガドルは、得心がいったように二、三度頷いた。


「それにしても、まさか自分が魔物役になってレースに出場するとは……」

「王都に帰るためにはどうしても優勝しなきゃならなかったからな」

「まあ、ユーリさんならその辺の魔物には負けませんからね。ふざけているように思えて実は一番有力な策でした」


 そんな俺たちの話を聞き、ガルガドルはガハハと豪快に大口を開けて笑う。


「ユーリにフィーリアといったか、貴様ら中々に常識しらずであるな。面白いぞ、気に入った」

「お? 戦うか? 戦うか?」


 俺は一歩ガルガドルに近づく。

 先ほど痴態を見せたとは思えぬ堂々たる雰囲気だ。

 せっかくだから手合せ願おう。

 だがしかし、すぐに傍らのフィーリアによって俺の身体は引きとめられる。


「ユーリさん、どうどう! ステイ、ステイ!」

「止め方おかしいだろ。俺はもう魔物役じゃねえぞ」

「あ、すみません。レースの癖がまだ抜けなくてつい……」


 なるべく早くレースの癖は抜いてほしいぞ。

 そして俺を人間扱いしてくれ。


「ふぅむ、人間にしては珍しく血気盛んな若人だな。まるで魔人のようだ」


 片眉を上げながら、ガルガドルは興味深そうに俺を見る。

 年季の入った目は、世の中の酸いも甘いも知り尽くして尚も蒼く澄んでいた。


「それと……言っておくが、我と戦っても貴様が望むような結果にはならんぞ?」


 そして告げられた言葉。

 俺は笑うのを抑えきれない。口の端が割れるように吊り上がる。

 それはつまり、挑発と受け取ってもいいんだよな?


「やってみなきゃわかんねえぜ? ってわけで戦わせろ」

「いやいや、そういう意味ではない。貴様は勘違いをしている」


 ……あ?

 じゃあどういう意味だ?

 勢いを削がれて不格好なまま首を捻る俺に、ガルガドルは落ち着いた声色で言う。


「魔王に着任する前ならいざ知らず、今の我の戦闘能力は最早せいぜい上の中どまりといったところなのだ。つまり、我は貴様にはどうやっても敵わん」

「そりゃ残念だな……」


 身体に纏う雰囲気だけは衰えていないようだが、戦闘能力自体は下降してしまったようだ。

 これだけの雰囲気を持つ相手なら、絶対に楽しい戦いになると思ったのだが……。

 こんなに悔しいことも中々ないぞ。


「いや、待てよ? ……つまり数年前に戻れれば戦えるってことか! フィーリア、過去に戻れる魔道具を発明してくれ。なるべく早めに頼む」

「私は神か何かですか? そんな魔道具作れませんよ」


 マジか。

 いつも難しい魔法の本とか読んでるから、フィーリアなら作れると思ったのに。

 これは、もう万事窮すだな……。さすがの筋肉魔法でも過去に戻ることはできない。

 俺は失意で肩を落とした。非常に無念だ。


「執務続きで体が錆びついてさえいなければいい勝負は出来ていたかもしれんが、そもそも我は今、この国に蔓延る暴力を是正しようと奮闘している最中だ。どちらにせよ国王である我が率先して風紀を乱すようなことをするわけにはいかんよ」


 落ち込んだ俺に言い聞かせるようにガルガドルが言ってくる。

 それに反応したのは俺ではなくてフィーリアだった。


「『国に蔓延る暴力』って……この国ってそんなに治安が悪いんですか? さっき少し見た限りでは、人間の国とさほど変わらないように見えましたけど……」


 ……ああ、たしかに俺もそんなに物騒な感じはしなかったな。

 普通の街と変わらないような気がしたが……。


「それは魔王様の政策の成果です。それこそ数年前までこの国では暴力が渦巻いておりました。それが改善されだしたのは、今の魔王様に代変わりしてからです」


 控えていた秘書がそう口にする。

 ガルガドルは深く同意するように大きく頷いた。


「本当にそうなのだ……。実は我が愛しのロリロリが生まれたとき、この国はまだまだ治安が悪かった。一歩外に出れば血の匂いが漂い、街並みは赤く血塗られていた」

「しゅ、修羅の国ですね……」


 フィーリアがドン引きした声を出す。

 俺からするとなかなか楽しそうな国に感じるが、たしかに通常の感覚で言えばそんな国で暮らしていくのは辛いだろう。


「そんなとき、妻がロリロリを授かった。この子が妻のお腹にいるとわかったときに、我は決意した。『こんな恐ろしい国で娘を育てるわけにはいかぬ』とな。そしてただの一魔人からのし上がって魔王になった我は、この国を五年でなんとかまともな国へと変えたのだ」


 なるほど、さっきの城下町の光景はガルガドルの政策の成果だったってことか。

 あんなに娘にでれでれな癖に、政治の才能はあったようである。


「国が変わるきっかけがロリロリとはな」


 俺はチラリとロリロリを見る。

 先ほどから話に入って来れていないロリロリは、何やら腕を組んで難しそうにむぅむぅと唸っていた。


「それは由々しき問題だな……! とっても由々しい……!」


 ……お前、絶対意味わかって言ってねえだろ。


「まあ、そういうわけでな。我はロリロリを目に入れても痛くない」

「本当か父上! すげー! 入ってもいい!?」


 理解できない話題が続いた中で唐突に自分の名前が出てきたことが嬉しかったのか、ロリロリはガルガドルの膝の上にピョンと飛び乗る。

 そしてガルガドルの眼球目指してためらいもなく手を伸ばし始めた。


「……ちょっと待ちなさいロリロリ。今のは比喩表現というかだな」


 その言葉でロリロリはようやくピタリと止まる。

 そしてガルガドルの身体から手を離すと、悲しげに目を伏せた。


「なんだ、無理なのか……? なんてことだ、父上はうそつきだった……。ロリロリ、うそつきは好きじゃない……」

「嫌われた……我はもう駄目だ……」


 メンタルが弱え。

 屈強な身体に似合わぬ貧弱なメンタルしてやがる。


「と、とにかく。我が国は貴様ら……ではなく、君たち二人を歓迎する。ロリロリと友人となってくれたことも、父親としてとても感謝している。そこで提案なんだが……どうだ、少しばかりゆっくりしていってはもらえないか? 我が国はかなり閉鎖的でな、他国から人が来ることなど滅多にないのだ。代わりと言っては何だが、その間にこちらで王都までの送迎の準備は行わせてもらう」


 数分してようやく少し立ち直ったガルガドルからそんな提案をされた。

 ふむ、どうするか……。


「一週間くらいなら、まあいいかもな。魔国に来ることなんて滅多に出来なさそうだし、ロリロリの育った国ってのも面白そうだ」

「そうですね。心配してくれてるかもしれない皆さんには悪いですけど、少しだけゆっくりしていきましょうか。ここ数日は無人島にモーモーレースにとかなりの激動の日々でしたし、私もさすがに少し疲れました。王都までの検討もつきましたし、一週間くらいなら罰は当たらないと思います」

「では、一週間後に王都行きの地竜車を手配しておく。それまではゆっくり魔国を堪能していってほしい」


 魔人の国。

 一般人でも一流の冒険者くらいの実力を持っている国民が集まってできた国だ。

 せっかくそんなところに滞在するなら何か吸収していきてえな。

 さらに欲を出していいなら、この地に筋肉の素晴らしさを広められればもっと良い。


「おおー! 二人ともっと一緒に入れるなんて、ロリロリは嬉しい! どのくらいうれしいかとゆーと、どのくらいでもないくらい!」


 言葉では表せないくらいってことか?

 太陽と見間違う位にニコニコされると、こっちとしてもまあ悪い気はしないな。


「なあなあ、ユーリとフィーリアも嬉しいか?」

「ああ、嬉しいぞ」

「もちろん嬉しいですよぅ」

「うんうん、それでこそだ!」


 そういうわけで、俺たちは一週間魔国に滞在することとなった。

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