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164話 見えた光明

 昼飯を食べ終わると、フィーリアの見つけたという洞窟の様子を見に行った。

 中々快適にトレーニングできそうな場所だったので、俺としても嬉しい。

 フィーリア、いいトレーニングルームを見つけてくれてありがとう。


「トレーニングルームを探したつもりはないですよ?」


 なんか難しいこと言ってる。よくわかんないから無視しよ。


 と、そんなことをしているうちに日が暮れてきた。

 夕食の時間が近づいてきたわけだ。


「さて、昼飯をごちそうになったということはだ。夕飯はこちらがごちそうせねばなるまい。というわけで、魚を狙うぞ」


 幸い島には一か所、崖が海に突き出た場所がある。

 眼下には魚が悠々と泳いでいる、魚を取るためには絶好の場所だ。

 そこへと移動した俺たち一行。

 グルとピャアはあまり崖の近くには近寄りたがらない。動物的な本能で危険な場所だと認識しているのだろうか。


「グルくんとピャアちゃんがちょっと怖がっているようなので、速めに終わらせちゃいましょう」

「フィーリアは怖くないのか?」

「馬鹿言わないでください、怖いです。足を踏み外したら海に一直線ですよ?」


 フィーリアは己の小刻みに震える膝を指差す。


「ほら見てください、膝がうひゃひゃひゃって笑ってます」

「せめてがくがく笑えよ」


 冷静な顔して変なことを言うな。

 ……だが、恐怖を感じているのはたしかなようだ。

 元々フィーリアは怖がりだしな。それでもここに来たのは、フィーリアもグルとピャアにお返しがしたかったということだろう。

 そんなことを思っていると、フィーリアは目を閉じて集中を始める。

 どうやら先に魚とりを開始するようだ。


「むむ~」と唸りながら、手を崖の下へと伸ばす。

 すると、海に変化が現れた。

 直径一メートルほどの水の塊が、ナイフで切り取られたかのようにパックリと切り分けられ、崖の上へとゆっくり飛んできたのだ。

 飛んできた水の一片のブロックには、何が起きたかわかっていない様子で悠々と泳ぐ魚たちが五匹程度含まれていた。


「おお、すげえなフィーリア!」

「離れた場所の物を動かすのって魔力使いますね。つ、疲れました……」


 崖から数歩後退したところで、ぺたん、とその場にへたり込むフィーリア。

 それと共に、どさりと水の塊が地面に落下する。


「グル……?」

「ピャア……?」


 目の前でぺちぺちと跳ねる魚に興味を惹かれたのか、グルとピャアがおずおずとこちらに近づいてきた。


「あ、どうぞ、食べちゃってください……って、言葉分かりますかね?」

「心配するな、俺が伝えよう」


 俺は筋肉を解放し、太くなった指でグルとピャアを指差す。

 そしてその指を魔物に移動させ、次にモグモグと咀嚼するジェスチャーをする。

 最後に笑顔をつければもう完璧だ。ボディーランゲージは人と魔物の垣根をも取っ払う。

 ほら、グルとピャアが魚を食べ始めたぞ。


「グル!」

「ピャア!」


 美味そうに、そして豪快に魚を貪る二匹。

 どうやら魚を食べたこと自体初めてのようだな。……いや、わからんけど。そんな気がする。


「『海にこんな美味しいのがあったなんて、知らなかった』って思ってるみたいです」


 ほらな、やっぱり初めてだった。俺くらいの筋肉になると、ちょっとした所作から相手の気持ちを慮ることが可能になるのだ。

 そんな食事風景を眺めていると、フィーリアが俺の方を向く。


「……で、私は水魔法使えば魚とれますけど、ユーリさんはどうやってとるんですか?」

「ん? そんなの筋肉魔法に決まってる」

「……えーと、つまり?」


 つまりも何も、一つしかないだろ。


「崖から飛び込む。そして魚たちが俺を餌だと思い込んだところを逆に捕まえる」

「そんな魔法初めて聞きました」

「そうだろう、餌属性の筋肉魔法はレアだからな」

「餌属性ってなんですか」

「餌属性はあれだ、餌みたいな属性のことだ。そんなこともわからないなんて、まだまだ魔法の勉強が足りないぞ」

「どんな教科書にも載ってないと思うんですけど……」

「教科書が全てじゃないぞ、世界は広い」

「突然の良い言葉ですね、感動しました」


 フィーリアも感動してくれたところで、俺も魚を捕りに行くとするか。

 まあ、これからやるのは釣りのようなもんだな。

 釣りをするのに餌などいらねえ。なぜなら俺がルアーだからだ。

 鍛え上げられた筋肉は、魚にとっても極上のものに見えるはず。絶対にヤツラは喰いつく。そんな確信が俺には合った。


「じゃあ、俺は跳びこむ。捕まえたら崖の上に投げるから驚くなよ」

「わっかりましたー」


 そんなのほほんとした返事を聞き、俺は崖から海へと飛び込む。

 ほうら、餌だぞ魚ども! 寄ってこい寄ってこい!


 寄って……こないな。

 それどころか、凄い勢いで逃げ出してるな。

 なんでだ?


 ……なるほど、そういうことか!

 鬼ごっこがしたいってわけだな!

 いいぜ、そういうことなら付き合ってやる。


「うおおおお!」


 逃げ始めた魚たちにワンテンポ遅れ、俺は動き出す。

 そして水を得た筋肉のような動きで、次々と魚を捕え、崖の上へと送った。


 五十匹程度捕まえたところで崖の上へと上がる。


「おかえりなさいユーリさん。凄い光景でしたよ、崖の下から魚が飛んでくる光景は」

「グルとピャアは?」

「あ、お腹いっぱいになったみたいで居眠り始めちゃいました」


 見ると、たしかに二匹は幸せそうな顔で眠っている。

 よし、これで少しはコイツラ二匹に恩を返せたな。

 そんなことを思いながら、俺は生魚に齧りついた。うん、美味い。






 夕食を済ませ洞窟へと移動したところで、日が落ちた。

 それから軽く雑談をすませ、今は九時か十時か、そのくらいの時間帯だ。

 日が沈みきると、灯りのない島は驚くほど暗くなる。

 それでも視界が保てるのは、この満天の星空あってこそだろう。

 グルとピャアは毎日見ている光景のようで特に驚いた様子もなく、再び眠りについてしまったが、俺とフィーリアからして見れば格別に美しい光景だ。

 王都とは比べるべくもない星々の輝きに、俺とフィーリアは洞窟から身を乗り出して空を仰ぎ見る。


「すっごいですねー! こんな綺麗な空、私初めて見ましたよ」

「俺もだ。周りに灯りがないから余計に綺麗なんだろうな」


 そう言いながら、周りを見渡す。

 海は完全なまっ暗闇と化し、見ていると根源的な恐怖が思い起こされる。

 吸い込まれそうになるので、目線を少し上げ、水平線へと向ける。

 不自然な光が目に入った。


「……ん?」


 目を凝らしてみる。

 ……やはりそうだ。星とは違う光り方、あれは間違いなく魔道具の光。

 しかも全く揺れていないから、船でもない。となると……陸地か?


「なあフィーリア、あそこが光ってるの見えるか? 昼は気づけなかったが、あれって陸地じゃねえかな」

「え、どこですかどこですか!?」

「ほら、そこ」


 慌てるフィーリアの頬に指を当て、そのまま光の方向に頬を曲げてやる。

 むにっと顔を回転させたフィーリアはしばらく無言で光を眺める。


「……本当だ。あれ、街の光ですよ! 近くに陸地があったんです!」


 興奮したように俺の腕を掴み、ぶんぶんと振るフィーリア。

 なんで俺の腕を振るんだ、振るなら自分の腕を振れ。


「となると、この島も今日でお別れか」


 陸地が見つかったのならば、そちらに移動してみるべきだ。

 この島に居ても帰る手立てはつかめない。

 あんまりゆっくりしてると、王都のやつら……アシュリーとかババンドンガスとかウォルテミアとかも心配するかもしれねえしな。


「明日に備えるためにも、今日は寝るぞ」

「無理です。興奮して寝付けません」

「子供みたいなことを言うな」

「だって、本当にもう駄目かもと思ってたんですもん……。完全に無人島ですし……うぅ、よかったぁ……!」


「でも、頑張って寝ます」

「じゃあ眠りやすいように俺が手助けしてやろう。」


 メーメーという羊みたいな魔物の数を数えると、いつの間にか寝ているという話を小耳にはさんだことがある。俺はすぐに寝られるから必要ないが、今のフィーリアには必要だろう。


「いいか、メーメーが柵を飛ぶところを想像して、一匹ずつ数えるんだ。そうすると段々眠くなってくるらしい」

「本当ですか? ……メーメーが一匹、メーメーが二匹」


 俺の言葉を信じ、フィーリアがメーメーを数えだす。

 ……いかん、魔物の名前ばかり聞いていると俺が戦いたくなってきてしまうな……そうだ!


「フィーリア、メーメーじゃなくて俺の名前にしてくれ。名前を呼ばれる度に残像で分身を作る」

「え、なんですかそれ」

「さあ、俺の名を呼べ!」

「……ゆ、ユーリさんが一人、ユーリさんが二人……」


 フィーリアの声に応じて高速で動き、分身していく俺。

 おお、これは中々の訓練になる!

 こんないい訓練を見つけてしまったら、寝てなんていられん!


「いいぞ、まだまだ寝るんじゃないぞフィーリア! できれば千くらいまで数えてくれ!」

「うぅ、頭の中がユーリさんでいっぱいになっていきます……」


 結局百ほど数えて眠りについたフィーリアは、夜の間中「うぅぅ……ユーリさんが増えていくぅ……」となにやらうなされているようだった。悪夢でも見たのだろうか。かわいそうに。

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