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157話 性格は笑い方に現れる

「すまんお前ら、フィーリアが酔っちまったから俺たちはそろそろ帰らせてもらう」


 俺はババンドンガスたちにそう告げる。

 おそらくフィーリアはソフトドリンクと間違えて酒を呑んだのだろうが、こうなってしまえば理由などもう関係ない。今あるのはフィーリアが酔っているという事実だけだ。

 三人から視線を向けられてもフィーリアの顔は「にへへへへ~」と緩みきっており、酔いがさめる様子はない。


「あー、ゆーりさん来てくれたんですねー。私嬉しいです」

「最初からいたぞ」


 記憶もないのか?

 そう思う俺の前で、フィーリアは腕を大きく広げる。


「ぎゅーってしてください。ぎゅーって」

「酒は飲むなとあれほど言っただろ……」


 フィーリアは酔うとすぐに制御不能に陥ってしまうのだ。

 もしかしたら普段から自分を律している分、酒の力でそれが解放されているのか?

 ……いや、良く考えたら普段もそんなに律してない気が……。


 フィーリアは肩が触れ合うほどの距離まで近づいてくる。そしてくるりと俺の顔を見た。

 目尻はとろんと垂れ下がり、白い頬が上気してほの赤く染まっている。


「ゆーりさんゆーりさん。……ハァー!」

「息を吹きかけるな」

「ふひひひひ。ゆーりさん変な顔ー」


 駄目だコイツ。もはや言動が子供のそれである。

 その一部始終を見ていたネルフィエッサとババンドンガス、それにウォルテミアは中々ど肝を抜かれたようだ。


「……フィーリアちゃんの新たな一面をみたわ」

「秘密にしてやってくれ。本人は一応イメージ気にしてるみたいだから」

「言いふらすほど野暮じゃねえよ。なあネルフィエッサ」

「もちろんよ」

「助かる」


 コイツラは一流の冒険者だ。

 冒険者は信用が大事な商売だから、約束した以上は守ってくれるだろう。

 それに、なにより良いヤツらだしな。

 他人の名誉を傷つけるようなことは言わないと思ってもいい。

 あとはウォルテミアだが……。


「フィーリアさん……かわいい……」


 この様子なら心配はいらなそうだ。

 にしても、この状態のフィーリアが可愛いのか。

 ウォルテミアの目はおそらく……いや、間違いなく節穴のように思えるが、黙っていてくれるなら問題ない。


「ほら、帰るぞフィーリア」

「ゆーりさんおんぶ! おんぶしてください!」


 フィーリアはテーブルの脚に抱き着き、冬眠でもするかのように背を丸くする。

 おんぶ以外ではてこでも動かないつもりらしい。


「はいはいおんぶな」


 仕方がないので、フィーリアを背中にしょってやる。

 背中に人肌の温もりとたしかな重さを感じる。まだまだ軽いな、筋肉のつきが足りないぞフィーリア。

 背に乗ったフィーリアを感じて、俺の口の端は自然と吊り上る。

 人一人を背負って帰るというのは普通の人間にとっては大変かもしれないが、これもトレーニングだと思えば苦でもない。むしろ、パートナーを助けながらなおかつトレーニングもできるという最高の状態へと早変わりする。

 まさに一石二鳥だ。


「……悪くないな」

「ユーリ、お前なんでちょっと機嫌よくなってんだ?」

「ああ、わかるか?」


 背負って帰るのがトレーニングにもなることがわかって上機嫌なのがばれてしまったらしい。

 ババンドンガス以外にもばれているようで、俺の質問に今度はウォルテミアがコクンと頷く。


「フィーリアさんを背負ってから、ユーリさんは露骨に嬉しそう」

「ユーリくんったら、あらあら~」

「? 何があらあらなんだ?」


 ネルフィエッサには何か勘違いをされているような気もする。

 ……まあいいか! 細かいことは気にしちゃいられねえ、早くババンドンガスの家を出ないと。ぐずぐずしているうちにまたフィーリアが何か変なことを言いだしたらたまらないからな。


「えへへ、進め進めー!」


 背中に乗ったフィーリアは玄関の方を指差し上機嫌だ。

 楽しそうで羨ましいぜ。


「それじゃ、俺はこれで。ババンドンガス、Sランクおめでとうな」

「ばばんどんがすさん、おめでとうございまーす」

「ああ、二人ともありがとな。フィーリアちゃんが正気を取り戻したら、気にしないでまた遊びに来てくれって言っといてくれ」

「ああ、わかった」


 そう別れのあいさつを交わし、俺とフィーリアはババンドンガスの家を出た。




 一歩外に出ると、満天の星空が俺たちを出迎えた。


「ゆーりさん見てください。お星様が綺麗ですよー!」


 背に乗ったフィーリアがはしゃぐのも無理もないほどの美しい空だ。

 星々は落ちてきそうなほどに広がって視界全体を埋め尽くし、月はその星々を率いているかのように、己が夜の主役であるとでも言いたげな存在感で眩しく輝いている。


「月も綺麗です月も!」


 興奮したフィーリアが背中でバタバタと暴れる。

 揺れるな揺れるな、背負いにくいだろ。……いや、これもまた修行だな。


「はぁー、美味しそうですねー」

「そうだな」


 よくわからない発言にどうとでもとれる答えを返しながら、俺は宿への道を歩き始める。

 その間もフィーリアは絶えず喋りつづけていた。声の感じからすると、どうやら空を見上げて喋っているようだ。


「ゆーりさんゆーりさん」

「なんだ?」

「月とってください」

「さすがに無理だろ」

「むぅ……。とってくださいー!」


 背中のフィーリアがバタバタとまた暴れ出す。

 お前は駄々をこねる子供か。

 しかも欲しがってるものが玩具ならともかく月って。スケールでかすぎんだろ。


「だから無理だって」


 俺は答える。

 いずれは挑戦するつもりだが、今は無理だ。

 月をとって来るのには二つの大きな関門がある。

 まず一つ、月をとって来るには宇宙空間にでなければならないこと。

 宇宙空間は当然空気がないので、呼吸ができない。そして重力もないので、人体が生きていける環境でもない。

 とはいえ、こちらの問題は積み上げてきた筋トレによってなんとか適応した。

 おそらく俺なら宇宙空間でも一日くらいは生きていけるはずだ。

 やはり筋肉は凄い。

 そしてもう一つの問題は、月が重いってことだ。

 なんといっても星である。一生命が地球に持って帰って来るのは困難を極めるであろう。

 いつかは月を持ち帰ってこれるくらいの筋肉を是非つけたいものであるが、現状はまだ無理。


 そういうわけで、俺が月をとって来るのは不可能だ。現状は。

 そう伝えると、フィーリアは「ううぅ」と謎の声を発した。

 残念がっているのかと最初は思ったが、どうやら違うらしいと気付く。

 何やら考え込んでいる声だったのだ。


「じゃあ代わりに何でも一回だけ言うこと聞いてください!」

「わかったわかった」


 これだけ酔っている状態であれば、まともなお願いはされないだろう。そう考えた俺はフィーリアの提案を受け入れる。

 小さいお願いなら叶えてやるし、「月がほしい」みたいなでかすぎるお願いなら無視すればいい。

 どんなお願いでもかかって来いってなもんだ。


「で? お願いは何だよ?」


 尋ねる俺に、背中に乗るフィーリアが答える。


「それは酔いが醒めてから決めまーす」

「……お前ってこういう時だけ小賢しいよな」


 冷静になってからお願いするとか、絶対に底意地の悪いこと頼んでくるだろ。

 なんてやつだよ本当……。

 頬がヒクヒクと動いている俺に気付かず、フィーリアは背後で嬉しそうに笑う。


「うへへ。ふへへ。げへへへへ」


 笑い方が邪悪だな。さながら悪の大魔王じゃねえか。


「嫌な予感しかしねえ……」


 邪悪な笑いを漏らしながら俺の背に乗るフィーリアに、俺は苦笑いを浮かべることしかできない。


「げへへ! げーっへっへっ! げーっへ――ごほっ! ごほごほっ!」

「大丈夫かよ……」


 そんな酔い全開のフィーリアを連れ、俺は自分たちの宿へと帰るのだった。

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