155話 オアシスの在り処
昼時を少し回った頃。
俺たちは居場所を特定したスライムを丁度討伐し終えていた。
ウォルテミアが今まさに水魔法で十五匹目を倒したところだ。
「どうだ? 魔石はあったか?」
「ありません」
フルフルと首を横に振るウォルテミア。
十五匹倒して見つからなかったか。確率がどのくらいなのかは知らないが、まだ時間がかかりそうだ。
「ユーリさん、ウォルテミアちゃん、そろそろお昼にしませんか?」
フィーリアが提案する。
たしかにもう食事時だ。休憩がてら昼食というのもいいかもしれない。
にしても、フィーリアは食事の時間だけはいつも忘れないな。
「……お昼、いつも忘れる」
食道楽なフィーリアとは対照的に、ウォルテミアは食に対する関心は薄いようだ。
昼食を食べるのを忘れることも多いらしい。
それを知ったフィーリアはウォルテミアに注意する。
「駄目ですよっ。三食ちゃんと食べないと、大きくなれません」
「三食食べれば、大きくなれる?」
「……そうとは限らないのが、この世の残酷なところです……うぅっ」
フィーリアは胸を抑えて蹲った。
「突然泣くのを止めろ。情緒を安定させてくれ」
「大人になれば、ネルフィエッサさんみたいなセクシーな身体になれると思ってたのにぃ……」
「現実は、厳しい……」
ウォルテミアも自身の平坦な胸を見て落ち込んだように呟く。
「まあ、言いたいことはよくわかるが……。つまりお前らは胸筋をつけたいんだよな?」
「何もわかってません……」
「たしかに人によって筋肉のつき易さには差がある。それは事実だ。だが諦めるな、トレーニングを重ねれば、お前らもきっと立派な胸筋を手に入れることができるぞ!」
「いらない……」
ウォルテミア、いらないってどういうことだ!
俺の情熱をたったの四文字で否定するな!
ともかく、作業が一段落した俺たちは昼休憩をとることにした。
「いただきます」
各々の食事に口をつけていく。
今回は家から弁当を持参してきたおかげで、魔物を食べなくてすんでいるのはありがたいところだ。俺も食用に適していない魔物を食べるよりは、美味い食事を食いたいからな。
「大自然の中の食事はいいですねー。いつも以上に美味しく感じられます」
フィーリアはまるでほっぺたを落とさないように気を付けるみたいに両頬を押さえている。
幸せそうな顔してんなぁ。
「口んとこソース付いてんぞ」
「え、本当ですか? んー……と、とれました?」
「嘘だ」
「あ、ちょっ、からかわないでくださいよぅ!」
フィーリアで軽く遊びつつ、食事がてらに世間話をする。
「にしても、ウォルテミアはどうしてスライムの魔石をババンドンガスに渡そうと思ったんだ? 魔石なら他の魔物のやつでもよかったんじゃないか?」
というか、ババンドンガスが魔石が好きだということさえ初耳だ。ウォルテミアが魔石を集めてるのは知ってたが。
「お兄ちゃんがネルフィさんと隠れて話してるのを聞いた。スライムの魔石が欲しいって言ってた」
「へぇ、そうなのか」
実際に聞いたのなら本当なんだろうな。
「でもウォルテミアちゃんから欲しいものをプレゼントされたら、ババンドンガスさんおのすごく喜びそうですよね」
「ああ、目に浮かぶな。暑苦しそうだ」
絶対泣くだろアイツ。想像が容易過ぎる。
頭で想像しただけでも暑苦しいってある意味すげえよ。
「喜んでくれれば、嬉しいけど……」
ウォルテミアは目線を落とし、手を遊ばせる。
俺とフィーリアはババンドンガスなら絶対に喜ぶということを確信しているが、当のウォルテミアは不安なようだ。俺にはその様子が少し意外に映った。
「ババンドンガスが一方的に可愛がってるだけかと思ってたけど、ウォルテミアも結構アイツのこと慕ってるんだな」
てっきりババンドンガスからの一方通行なのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
ウォルテミアは少し躊躇した後、少し恥ずかしそうに「……うん。慕ってる」と答える。
「私は子供の頃、身体が弱かった。お父さんとお母さんもすぐに死んじゃって、でもお兄ちゃんは弱音一つ吐かずに私を育ててくれた」
「へぇ、そうだったのか」
「お兄ちゃんは身体の弱い私のために、子供のころから冒険者としてお金を稼いできてくれた。そんなお兄ちゃんに私は感謝してる。恩返しがしたい。……だから、お兄ちゃんが欲しがってる魔石をプレゼントして、感謝の気持ちを伝える」
ウォルテミアとババンドンガスは昔から二人で支え合って生きていたようだ。
だからこそ、ババンドンガスもあれほどまでにウォルテミアのことを溺愛しているのだろう。
元々依頼は達成する気でいたが、そういう話を聞かされると絶対に達成してやろうって気になるな。俺でさえそうなのだから、人情話に弱いフィーリアなんて言うまでもないだろう。
「ぐす、ずびぃ……じゃあ、絶対に魔石を見つけなきゃですね……!」
ほらな。
「フィーリアさん、泣かないで……?」
ウォルテミアがフィーリアの頬にハンカチを当てる。
その優しさを受け、フィーリアの涙はさらに加速した。
「うぅ、ぐすっ、うぇぇ」
「嗚咽を漏らすな」
「だって、良い話だからぁ……!」
前から思ってたけど、涙腺が緩すぎるぞお前。
幼児レベルの緩さじゃねえか。
「お前は砂漠に行くと良い。そうすればお前のいるところがオアシスになる」
「そんなに泣いたら、私ミイラになっちゃいますよぉ……」
「ミイラ……かわいい……」
「俺はミイラは嫌だな。筋肉がつかなそうだ」
そんな会話をしながら食事を終えた。
食事を終えた俺たちはスライム探しを再開する。
未だにフィーリアは少し目元が赤いが、とりあえず泣き止んではいるので大丈夫だろう。
「ユーリさん。さっきの匂いを嗅ぐやつ、すごい。感動した」
「おお、本当か?」
コクンと頷くウォルテミア。
褒められると照れるぜ。
「私も、やってみる」
そう言うと、ウォルテミアはスンスンと鼻を動かす。
一朝一夕で出来る技ではないのだが……しかし、ウォルテミアもまた天才だ。この少女なら出来てもおかしくはない。
事実、何か手がかりを掴んだようにピクンと眉が動く。
「……あっち」
迷いなく歩き始めるウォルテミア。
「ウォルテミアのヤツ、やるな……」
「まさかあんな芸当をユーリさん以外にも出来る人がいるとは思いませんでした」
「任せて」
ウォルテミアはふんす、とほんのかすかに自慢げな顔をする。
普段はあまり見られない表情だ。よほど自信があるらしい。
「おお、頼りになりますね!」
ウォルテミアを追いかけ、俺とフィーリアは後に続く。
「あれ……?」
そこにいたのは般若のような面をした蜘蛛型の魔物だった。
脚の関節一つ一つに般若顔が浮かんでいて、顔の総数は数えきれない。
「ひ、ひぃぃぃ!? なんですかアイツ! ヤバいですって! 怖い! めちゃくちゃ怖いです!」
「助けてユーリさんっ!」と言って、フィーリアは瞬時に俺の背中に隠れる。
さすがフィーリア、戦ってやろうという気概が一切見られない。
清々しいまでに俺を盾にしてやがる。
まあ、虫系は苦手みたいだから仕方ないか。スライムを相手取るつもりでいたところにこの魔物だ、ブルブル震えているフィーリアを責めるのは酷だろう。
「……間違えた、みたい?」
フィーリアとは対照的に、ウォルテミアの反応は少し首をかしげるだけに留まる。
やはりいきなり俺の真似をするのは無理だったようだ。
ウォルテミア、お前にはまだ筋肉と筋力と筋繊維が足りない。
しかし、この間違いは決して悪いことではないぞ。
「お手柄だウォルテミア。ちょうどスライムばっかりじゃ飽きると思ってたところだ」
それに、スライムの討伐はウォルテミアの担当だからな。
戦闘が出来ないとやはりスッキリしない。
たまったフラストレーションをこの魔物にぶつけさせてもらうとしよう。
「うぉらああっ!」
俺は魔物をぶん殴る。
魔物は爆散した。
一撃か、見た目の割にあんま強くなかったな。
「すごい」
俺の戦闘を見て、ウォルテミアがパチパチと拍手を贈る。
「こんな無茶苦茶な戦い方の人、見たことない」
「憧れるだろ?」
「憧れはしない」
憧れはしないらしい。残念だ。
「じゃあ、今度はちゃんと俺がスライムの居場所を探すからな」
「ちょ、ちょっと待ってくださいユーリさん。一回深呼吸させてほしいです……」
フィーリアが俺に言う。
そのくらいならほとんどタイムロスにはならないだろうし、許可する。
フィーリアは腕をめいっぱいに広げ、大きく息を吸いこんだ。
「ひっひっふー、ひっひっふー……よし、もう大丈夫です。二人とも、お時間おかけしてすみません」
「何か生まれそうな呼吸法だったが、大丈夫か?」
「問題ありません。強いて言うなら可愛さが生まれました」
「真顔で意味の分からないことを言うな」
「ドヤ顔で言えばいいですか?」
「そういう問題じゃねえ」
まあ、本当にもう大丈夫そうだな。
俺は再びスライムの居場所を知るため、息を吸いこむ。
「……十二匹見つけた。行こう」
「わかりました」
「あいあいさー」
「わ、ウォルテミアちゃんなんですかその返事! かわいいです!」
「……ありがと」
「じゃあフィーリア、俺が考えた『筋肉マッスル!』って返事はどうだ?」
「何ですかそれ、ふざけてるんですか?」
「急に辛辣になるのやめろ」
『あいあいさー』と『筋肉マッスル!』ってそんな変わんないだろ。
まったく、フィーリアの価値観はどうなってるんだ?
そんなことを思いながらチラリとウォルテミアを見ると、ウォルテミアは微笑を浮かべていた。
出会った当初よりも、心なしか笑顔が増えた……ような気がする。
なんだかんだ、依頼を受ける前よりだいぶ距離が縮まった気がするな。いいことだ。
あとは、魔石を見つけるだけだな。
そして時は過ぎ、夕暮れ。
「やあっ」
ウォルテミアが水魔法でスライムを倒す。
もはや流れ作業のように鮮やかな手際でスライムを討伐したウォルテミアが、魔石の確認のためにスライムに近づく。
「あ……」
ウォルテミアが驚いたような声を上げた。
「見つけた……スライムの魔石」
振り返ったその手には、小さな水色の魔石が握られていた。
赤い核とは明らかに違うのが一目でわかる、小指の爪ほどの大きさのものだ。
俺とフィーリアはスライムの魔石を見るのは初めてだが、ウォルテミアの嬉しそうな顔からしても間違いないのだろう。
「よかったな」
「おめでとうございます!」
「うん……二人とも、ありがとう、です」
こうして、一日がかりでなんとかウォルテミアの依頼を達成することができたのだった。




