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151話 ワイングラスをくるくるするのってカッコいい

「で、俺たちは何をすればいいんだ?」

「僕と話をしてくれればそれでいいよ。インスピレーションを得るには外部からの刺激が効果的だからね。それも、自分が今まで関わってこなかったような人種が好ましい。だからギルドに依頼したのさ」


 ソファに深く腰掛けたミュラーはワイングラスをゆらゆらと回しながら不敵にこちらを見る。

 ちなみにグラスの中は空だ。

 コイツが何をしたいのか俺には全くわからん。


「じゃあ、今までの旅について話すか」

「おお、いいね。僕は見ての通り貧弱だから、そういう冒険譚みたいなものには心惹かれるよ」


 俺は時折フィーリアに補足をしてもらいながら、これまでしてきた旅をミュラーに話す。

 ミュラーは何度か驚きに目を丸くしながら俺たちの話を真剣に聞いてくれた。


「命の危険を何度も経験しているんだね……冒険者ってのは皆そうなのかい?」


 話を終えた俺のグラスに飲み物を注ぎながら、ミュラーが言う。

 フィーリアがそれに首を横に振った。


「いえ、ユーリさんが特別命知らずなだけです」

「生きるか死ぬかの境地にいると、『生きてる』って実感できるだろ。それがいいんだ」

「ほら、この通りの体たらくですから」


 体たらくって何だ。

 俺としてはむしろ生きるか死ぬかの場面で足が竦む人間の方が信じられんぞ。

 足を竦ませたって事態が好転する訳じゃないんだから、楽しむのが一番だろ。

 そんな俺の思考を読み取ったのか、フィーリアは小声で「それを実践できるのがおかしいんです」と言う。


「まあそういう意味ではまさに、ミュラーさんが今まで関わってきたことのない人だと思いますが……どうでしょうか? インスピレーションの方は」

「うんいい感じだよ。あと少しで何か降りてきそうだ」

「もう少しか……」


 あと一押し何かがあれば、ミュラーのスランプを脱出するための手助けにはなれそうなのだが。

 だが、解放した状態の筋肉を見ても駄目だった時点で、俺にはすでにミュラーに刺激を与えるための策は無い。

 分身とか、摩擦で拳に炎を灯すとか、そんな至極当たり前のことしかできないからな。

 俺が駄目だとなると、あとはフィーリアか。


「よしフィーリア、一曲披露してやれ」

「え、別にいいですけど……でもなんで急に?」


 不思議そうな顔をするフィーリア。

 しかし俺は忘れていない。

 フィーリアは度を超えた音痴だということを。


「音痴な歌声を聞けば、ショックで何か思いつくかもしれないからな」

「言い逃れようのないほど失礼ですねユーリさん。……ふふふ、それにいつまえの前の私じゃないんですよ?」


 フィーリアは不敵に微笑むと、自慢げに腰に手を当てた。


「密かに歌の練習とかしてるので、前より上手くなってるはずです」


 なんと、フィーリアは俺にも秘密で歌の練習をしていたらしい。

 意外と努力家なフィーリアのことだ、嘘はついていないのだろう。

 となると、音痴でもなくなっている可能性が高い。


「なんだ、じゃあ意味ないか……」

「露骨に落ち込むのやめてください。というか、音痴よりも上手い方が喜ばれてしかるべきだと思うんですけど!」


 俺へと抗議するフィーリアに、ミュラーがグラスを回しながら声をかける。

 中身は空だ。


「僕はフィーリア君の歌声を聞いてみたいな。音楽は心を豊かにしてくれる。アイディアはリラックスした状態の方が生まれやすいと聞くし、これほどの美人の歌声を聞けるのは素直に嬉しいしね」

「ありがとうございます。……ユーリさんもミュラーさんみたいな感じになってください」


 なるほど、たしかにフィーリアは嬉しそうだ。

 その秘密がミュラーとの会話にあるというのなら、真似することもやぶさかではない。

 ならばとミュラーを観察していると、ミュラーは前髪を掻き上げてフィーリアにウィンクした。


「まあ、一番美しいのは僕なんだけどね」

「まあ、一番美しいのは俺なんだけどな」

「ユーリさん、そっちは真似しないでください」


 せっかく真似をしたというのに、止められてしまった。

 やはりフィーリアはよくわからん。




「まじまじ見られると少し恥ずかしいですね……」


 俺たちの前に立ったフィーリアは、こほんと一つ咳をした。

 少し緊張しているのか、頬が少し赤みがかっている。

「あ、あー」と少し喉を鳴らしてから、いよいよフィーリアは歌いだした。


「うおっ」


 最初の一音目を聞いた瞬間、俺は思わず声を出してしまった。

 隣のミュラーもかなり驚いたようで、目を零れんばかりに見開いている。

 ――下手だ。下手すぎる。

 前に聞いた時は森だったから、音の逃げ場があった分まだマシだったらしい。

 室内で聞くフィーリアの歌声は、不協和音というしかなかった。

 普段の鈴の音のような声が歌になるとどうしてこんなに聞きにくい音になるのか、インテリマッスルな俺をもってしても全く理解が及ばぬ事象だ。

 というかフィーリア、お前全然歌上手くなってねえじゃねえか!

 気持ち良さそうに歌うフィーリアを見ながら、俺とミュラーはこの数分間の苦行を耐え忍んだ。


「どうでした?」

「鼓膜を取り換えたい」


 歌い終えたフィーリアに、俺は率直に意見を告げる。

 いや考え方を変えれば鼓膜の訓練になったともいえるか。そういう意味じゃナイスな歌だったぞ。


「どういう意味ですか……? 酷かったわけじゃないですよね? よね? あ、み、ミュラーさんはどう思いましたか!?」


 フィーリアがミュラーに話を振る。

 ミュラーも俺と同じだろう――と思っていたら、なぜかミュラーは素早い動きでキャンパスの元へと移動した。


「ちょっと待ってくれ……おおおお、来た来た! 閃いた! 君のひど……特徴的な歌のおかげで、インスピレーションが湧いてきたよ!」

「今酷いって言いかけませんでした!?」

「酷かったぞ、どう考えても」

「味方がいない……!? うう、誰か私を褒めてください~! せっかく秘密で練習したのにぃ~!」


 才能って残酷だな。

 スラスラと手を動かすミュラーの前で喚くフィーリアを見ながら、俺はそう思った。






「おかげでスランプを抜け出すきっかけを貰えたよ。君たちには感謝しなきゃね」


 空が暮れはじめた頃、ミュラーは屋敷の外でまで俺たちを見送りに出てきてくれた。

 夕暮れを見て、「君も綺麗だけど、僕には勝てないね」とかほざいている。

 楽しそうで何よりだ。


「ああ、そうだ。これは報酬とは別に、僕からの感謝の気持ちだ。受け取ってくれるかい?」


 そう言ってミュラーは布に包まれた大きめの絵画をくれる。

 俺なら問題なく持てるが、フィーリアには軽く手に余るくらいの大きさだ。

 中身は布に包まれていて今は見ることはできないが、宿に帰れば見れるだろう。


「今日の作品さ。久しぶりの作品だけど、クオリティは中々だよ。きっと喜んでもらえると思う」

「そんなものを貰ってしまってもいいんですか?」

「ああ。言っただろ、感謝の気持ちさ」


 ミュラーはにこやかに微笑みながらウィンクをする。


「じゃあ、僕はこれで。二人とも……チャオ!」

「ちゃ、チャオ……」

「じゃあな」


 ミュラーと別れた俺たちは、自分たちの宿へと歩き出す。


「……変な人でしたねー」

「多分病気だろうな。可哀想に」

「でも最初にユーリさんに会ったときはもっと衝撃的でしたよ」

「あれ以上かよ……」


 俺はまともだぞ。

 アイツなんていきなりフィーリアに告白してたじゃねえか。


「アイツ、顔はカッコ良かったけど、告白断ってよかったのか?」

「顔は確かに今まで会った方の中でもかなり整ってましたけど、恋人って顔で選ぶものじゃないですし。性格が大事ですよ、性格が」


 フィーリアは言いながら自分の言葉に納得したように、コクコクと頷く。

 性格……か。


「……フィーリアってさ、かなり美人だよな」

「えっ。……ま、まあそうですね。百点満点で言えば百二十点ってところです」


 ……そういやこいつもナルシストだった。まあそれは置いといて。


「フィーリアの理論でいくと、その顔なのにキスもしたことないってことはさ……相当性格悪いってことじゃねえの?」

「ぐぬぬ……。皆の見る目がないだけですよ! 私は悪くありません!」

「そうだといいな」

「……フォローが雑じゃないですか? もっと恋人に愛を囁くように、誠心誠意言ってください」


 フィーリアが立ち止まり、目を細めて耳に手を当てる。


「早くー、早くー。愛をくださーい」

「さっさと帰るぞフィーリア」

「え、ちょっと、置いてかないでくださいよー!」


 俺はフィーリアを無視して歩き出した。


 ちなみに宿に帰ってから絵画の包みを開けてみると、描かれていたのはミュラーの自画像だった。

 いらねえぇ……。

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