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125話 ウォルテミアは無双する

 強い日差しをよけるためのパラソルの下、俺たち六人は輪になって一堂に会する。

 フィーリアが改めてしてくれた説明によると、どうやら俺はストーカーではなかったらしい。

 それが分かったときは心底ほっとした。知らない間に卑劣な行為を働いていなくて本当に良かった。

 他人が卑怯なのはいいが、自分が卑怯なのは我慢できない性質(たち)なのだ。


 アシュリーは三人とは初対面だったようで、四人で軽く自己紹介をしあっている。

 初対面特有の軽い緊張が顔に現れていて、なんとなくおかしい。

 まあ、そういうのはからかわないけどな。

 俺はジェントルマッスルゆえ、どこがからかっていい部分かをしっかりと区別しているのである。


 なんてことを思っていると、互いに紹介が終わったらしい。

 話題を尽かさないためだろう、ネルフィエッサが俺に話しかけてくる。


「ユーリ君、両手に花とは羨ましいわねぇ。二人とも凄く可愛い子だし」

「そうか? そっちも似たようなもんだろ」

「つーかユーリよぉ。あんまし理解されねえけどよ、男一人に女二人って意外と肩身狭えよなぁ」

「同感だ。しかし俺の筋肉は凄いな」

「話の飛び方尋常じゃねえなお前」


 なんだこの鍛え上げられた筋肉は。驚いた。

 この筋肉に驚いたのだろう、ババンドンガスも驚いた顔をしている。


「見ろ、海にいる男どもの視線が全て俺に集中しているじゃないか。同性をも魅了してしまう、これが筋肉の素晴らしさだ、わかったか皆?」


 俺は五人を見回すが、どうにも反応が悪い。


「うーんとな、とりあえずお前の身体目当ての人間は誰一人いないと思うぞ? ……でもまあ、アイツラの気持ちもわかるがな。こんだけ美女ぞろいじゃやっかみたくなるぜ」

「もう、ババンドンガスさんったらぁ~!」

「突然どうしたフィーリアちゃん」


 顔に手を当てて上機嫌なフィーリアに、若干引いた顔のババンドンガス。


「ああ、コイツ褒められ慣れてないからな。驚くほどちょろいんだよ」

「マジか、ナンパとかに引っかかるなよ? 男は狼だからな」


 そういや海はナンパが起きやすいって聞いたことがあるな。

 ……たしかに褒められたらほいほいついていきそうだ。


「何ですかその不安げな目は。純粋に褒められるのは好きですけど、下心目的の褒め言葉には(なび)きませんよ、私は」

「フィーリア姉をナンパなんかするやつは、あたしがギッタギタのメッタメタにしてやるわ!」


 アシュリーが極悪な笑みを浮かべながらパンパンと拳を鳴らす。

 コイツの場合は男を殺さないか心配だ。


「フィーリアを守るのはいいが、やり過ぎるなよ? Sランクが一般人に本気出したら死人が出るぞ」

「それくらい(わきま)えてるわよ。ただちょっと男に生まれたのを後悔させてあげるだけ」


 なにそれ超怖え。


「『炎姫』アシュリーって名前は聞いたことあったが、こんなにおっかねえやつだったのかよ……」


 ババンドンガスの言葉で、俺の脳裏に閃光が走った。


「これじゃ『炎姫』というより鬼の方の『炎鬼』だな。なんつって」

「それを言った人間は今までに五人いた。……今生きているのはあんた一人よ、ユーリ」


 あ、なんか言っちゃいけない言葉だったっぽい。

 まさか二つ名が地雷だとはジェントルマッスルの俺をもってしても気づけなかった。

 アシュリーから殺気が漏れ出し、周りの空気の温度がどんどんと上がっていく。


「戦いか? 戦うんだな? よし、戦おう!」


 その膨れだす圧に呼応して、俺のボルテージもどんどんと上がっていく。

 さっきの炎魔法を俺の身体に浴びせてくれ!


「ユーリさん、その前に謝った方がいいと思います」

「ごめんなさい」

「まったく……。次はないんだからね」


 そう言ってアシュリーはフン、とそっぽを向く。

 その動きに追随するようにツインテールが揺れた。

 戦わないのか……じゃなくて、怒らせちまったな。どうすれば許してもらえるだろうか。


 怒るアシュリーに、ウォルテミアのマイペースな声がかかる。


「アシュリーさん、髪の毛がぴょこぴょこしてる」

「……ああこれ? これは角を表現してるのよ」


 アシュリーが二束のツインテールを掴んでふりふりと振った。

 それを見ていたウォルテミアの瞳が輝きだす。


「カッコいい……」

「そ、そう? あなた話がわかるわね! ユーリ、さっきのことは許してあげる!」


 機嫌が一気に良くなったアシュリーは俺を許してくれた。


「なんかありがとうなウォルテミア。お前のおかげで助かった」

「? うん、どういたしまして」

「無自覚に人を助ける……さすがウォルテミア、天使だ!」


 興奮するババンドンガス。

 そんなババンドンガスの元に風に乗ったビーチボールが飛んできて、尖った頭に突き刺さった。

 それを見たウォルテミアは澄んだ蒼の瞳を輝かせる。


「カッコいい……」

「悪い、割っちまった。代わりのボールを買う金にしてくれ」


 ババンドンガスは頭にビーチボールを突き刺したまま、駆け寄ってきた男たちに金を渡した。

 少し余計にあげているのは手間賃だろうか。


 それから数十秒後。

 今度は風に乗ってスイカが飛んできたので、俺が叩き割る。

 見ると、先ほどの男たちが顔を青くして走ってきていた。


「す、すみません!」

「食い物で遊ぶなよ。いいな?」


 大人しくビーチボールを買いに行け。

 風魔法で浮かせられるからって、スイカじゃ代わりになんねえから。


「カッコいい……」

「ん?」


 ふと見ると、ウォルテミアが今度は俺に煌めく瞳を向けていた。

 そういや、ウォルテミアはアシュリーもババンドンガスも俺も「カッコいい」なんだな。


「なんかウォルテミアの中じゃ同列みたいだな、俺とお前」

「嘘でしょ!? なんか凄い釈然としないんだけど! ウォルテミアさん、あたしこの二人と同列なの!? ババンドンガスさんはともかくユーリとも!?」

「うん。甲乙、つけがたい」

「だってよ。良かったな、仲良くしようぜ」

「……なんか全然嬉しくなくなっちゃったんだけど……」


 どうやらアシュリーは俺と同列に並べられて畏れ多いみたいだ。

 そんなに畏まる必要はないのになぁ。


「ウォルちゃんは独特な感性してるものね」

「ネルフィさんは、せくしー」


 頭を撫でるネルフィエッサを見上げながら、ウォルテミアが平坦な声で告げる。


「あら、ありがとう。嬉しいわ」

「ち、ちなみに私はどうか聞いてもいいですか?」

「フィーリアさんは、かわいい」

「やりました、ありがとうございます! 純粋に可愛いって言われるのはやっぱり嬉しいですね」


 フィーリアは相変わらずのちょろさを発揮している。



「やれやれ、これ捨ててこねえとな……」


 会話が一段落したところで立ち上がったババンドンガスを、ウォルテミアはじっと見つめる。

 ……いや、違うな。ウォルテミアが見てるのは手元の割れたビーチボールだ。


「ん? なんだウォルテミア、これが欲しいのか?」


 コクンと頷いたウォルテミアは、細い両腕でビーチボールを包み込んだ。

 小さな白い手で慈しむように、しぼんだビーチボールの表面をなぞる。


「かわいい……」


 これもかわいい扱いなのか……。

 ということは、どうやらフィーリアは割れたビーチボールと同列らしい。


「よかったなフィーリア」

「一気に嬉しさが半減しました……」


 フィーリアはがくんと肩を落とすのだった。

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