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魔法? そんなことより筋肉だ!  作者: どらねこ
6章 王都の日常?編
115/196

115話 もう一人の自分、それは影

 一年の始まりの日、その昼どき。

 早朝まで腹踊りをし続けた俺は、フィーリアとアシュリーと共に屋台を見て回っていた。

 見たこともないようなものも多く、興味をそそられる。


「なあアシュリー、あれは何だ?」

「ああ、あれ? あれを使うと影の色を変えられるのよ」

「影の色を!?」

「変えられるのよ!」

「凄いな!」

「凄いのよ!」


 俺はアシュリーと共に高速で頷きあう。


「仲良いですねー。……というか二人ともテンションがおかしい気がしますけど。さっきまでの険悪ムードはどこへ行ったんですか?」

「お祭りは楽しまなきゃ損だしね! やっぱり喧嘩はご法度よ。仲良い方が楽しいわ」

「良いこと言った。おいフィーリア、今アシュリーが良いこと言ったぞ!」

「ふふん、まあね。崇めなさい!」


 アシュリーが自慢げに胸を張る。


 お祭りの雰囲気というものはすごい。

 先ほど仲たがいしたばかりにも関わらず、俺はアシュリーと普通に接していた。

 いや、普通にどころか、今までで一番仲良くできているのではなかろうか。


 いつまでもいがみ合っているのも馬鹿らしいからな。

 いい加減そろそろ仲良くなっても良い頃だ。

 仲が悪いよりは仲が良い方が楽しいに決まってるしな。


「楽しいなぁフィーリア!」

「……もしかして、酔ってます?」


 フィーリアが訝しげに首をひねる。

 そんなフィーリアに向け、俺は上腕二頭筋を見せびらかした。


「俺が酔ってるって、筋肉にか?」

「お酒にです」


 体勢を変え、胸筋を見せつける。


「己の筋肉にか?」

「いえ、お酒にです」


 筋肉にならともかく、酒には酔っていない。

 ただ、場の雰囲気に酔っているところは少なからずあるだろうな。

 そしてそれでいいのだ。

 偶には羽目を外す日の一日くらいあってもいいだろう。


「それもそうですね」


 心の中を覗いたフィーリアが俺に同意してくる。


「でもお前は酒飲まないでくれよ、頼むから」

「わ、わかってますよ。自分の為にも、飲む気はありません」


 ならいいんだ。

 コイツの酒癖の悪さは筋金入りだからな。




 お祭り気分を味わうために、とりあえず影の色を変えてみることにした。

 何十種類もの色から一つを選んで影にスプレーを吹きかけると、影がその色に変わるらしい。

 雷魔法が元になっているのだが、相当難しい原理が使われている魔道具だということだ。

 詳しくはわからん。なんか凄い理論とか技術とか、そういうのが使われているらしい。


 アシュリーが迷う間もなく赤いスプレーを持ち、自身の影を赤く染める。


「あたしは赤よ!」

「知ってたけどな」


 むしろそれ以外を選んだら驚くわ。


「なんで知ってるのよ。……さてはあんた、あたしのことをストーキングしてるんじゃないでしょうね……?」

「うわー、ユーリさん最低ー」

「お前が赤を選ぶことくらい誰でもわかるわ。服からして真っ赤じゃねえか」


 俺は半目でアシュリーを上から下まで眺めた。

 今日のアシュリーの服は、赤いコートに赤いシャツに赤いハーフパンツだ。

 もはやアシュリーというよりただの赤い生き物である。


「まあね。羨ましいでしょー」


 アシュリーは自慢げに服を見せつけてきた。


「どこを羨ましがればいいんだ……?」


 コイツやっぱ訳わかんねえ。




「さて、俺はどうするかな……」


 これだけ色があると面倒くさくて適当に選びたくなってしまうが、折角の祭りだ。

 それにふさわしいものを選ばなければな。


 少し悩んだ末に、一つのスプレーを手に取った。

 影にスプレーをかけると、見る見るうちに影全体が一色に染まっていく。

 そんな俺の影を見たフィーリアが、意外そうな顔で俺を見た。


「え、ユーリさんピンクにしたんですか? なんか意外ですね」


 そう、俺はピンク、つまり桃色を選んでいた。

 しかしこれにはれっきとした理由があるのだ。


「筋肉の色にしたんだ。筋肉は主に赤か白だからな」


 インテリな俺にはわかる。赤と白を混ぜたらピンクになるのだ。


「あたしのこと赤ばっかりって言う割に、あんたも筋肉ばっかりね」

「そりゃそうだ、人間だからな」

「……理由が理由として機能してない気がするんだけど」


 人間にとって筋肉は必要不可欠なものだからな。

 つまりはそういうことなのだ。



 最後に残ったのはやはりというか、フィーリアであった。

 衣服然り、フィーリアはこういったお洒落てきなものには凄く時間をかける。


「うーん……決めました! あんまり待たせても悪いですしね」


 しかし、今日はすんなりと決めてくれたようだ。

 フィーリアはシューッと勢いよくスプレーを吹きかけ、自身の影を色づけていく。

 その色はと言えば、まっさらな白であった。


「じゃじゃーん! 私は清廉潔白なので、白にしましたー!」


 フィーリアは両手を開いて俺たちに影をお披露目する。

 清廉潔白って、どの口が言ってんだ?


「白にしたんだ! 清廉潔白なフィーリア姉にピッタリね!」

「アシュリー。お前はきっとフィーリアに幻覚をかけられてるぞ」


 俺は首を横に振った。

 そんな俺を見たフィーリアは口をとがらせる。


「失礼ですねー。そんなの使えないですし、使えたとしてもユーリさんにしか使いませんよぅ」

「俺には使うのかよ!」

「ほら、今の聞いたユーリ? やっぱりフィーリア姉は清廉潔白じゃない」

「いや、話聞いてたか? 俺には使うって言ってたぞ今」

「ユーリになら良いのよ。筋肉だし」


 筋肉だしって何だ。

 アシュリーは半目で俺を見る。


「だってどうせ喜ぶんでしょ? 『幻覚に対処する訓練になるぞぉ!』って」

「……お前、俺のことよくわかってんな。その通りだ」


 アシュリーもようやく俺のことをわかってきたようで何よりである。






 影の色も変えたことだし、お祭りを堪能しよう。

 そう思い、賑わう王都の大通り沿いを歩いていると、フィーリアが不意に声をあげる。


「あ、射的屋さんもありますね」


 フィーリアが指差す先には、たくさんの景品が台に並べられた屋台があった。

 景品の種類は様々だが、主にぬいぐるみが並んでいる。

 俺たちは足を止め、射的屋さんというらしい屋台へと近づく。


「射的? なんだそれ」

「知らないの? 魔法で景品を落とせれば、その景品を貰えるのよ」


 アシュリーが簡単に射的というものの説明をしてくれる。

 なるほど、単純明快だ。

 俺は軽く屋台を観察しながら説明を理解した。

 しかし景品から立ち位置までの距離は多く見積もっても十メートル以下しかない。


「これだととてつもなく簡単だと思うんだが、これで商売は成り立つのか?」

「甘く見ちゃいけねえぜ、兄ちゃん!」


 俺の呟きに反応したのは店主の男だった。

 少し細長い顔をしている。

 男は机の上に置かれた二つのどでかい装置をポンポンと叩きながら、鼻高々とこの店について説明を始める。


「このゲームは『魔法』も『能力』も『魔道具』も使用可能だが、上限が決められてんだ。この魔道具で消費された魔力の量を計らせてもらってるからズルは不可能。ちなみに能力の使用条件が魔力じゃない場合は使用不可だから気を付けてくれ。能力を使ったかどうかはこっちの魔道具でわかるからな。うちの店はすげえんだぜ!? 今日はもう百人近く挑戦してるが、未だにうちの店から景品を持って帰ったやつぁいねえ!」


 百人挑戦して誰も景品一つとれないって、軽くぼったくりじゃねえの?

 そんなことを思う俺の耳に、アシュリーの何かに気づいたような声が聞こえてくる。


「あ!」

「アシュリーちゃん、どうかしました?」

「あたし、挑戦するわ……!」


 鋭い眼光をギラつかせながらそう言って、アシュリーは店主にお金を払った。

 男は「まいどあり!」と言ってお金を受け取る。


「連れの皆さんは嬢ちゃんから離れといてくれ。魔道具の計測に不具合が出たらいけねえからな」


 言われるがまま、俺とフィーリアはアシュリーから二、三歩距離をとる。


「今まで誰一人成功してないんだろ? お前ができんのか?」

「できるかできないかじゃないわ。やるのよ! あそこを見なさい!」


 アシュリーの指差す先には、デフォルメされたカバのぬいぐるみがあった。

 それを見た俺はアシュリーが躍起になっている理由に得心がいく。


 なんってこった……あのぬいぐるみ、真っ赤な色をしてやがる……!


「あの子があたしを待ってるわ!」

「おお、そうかよ……」


 もはや妄執ともとれる赤へのこだわりだ。


「ちなみに使える魔力の量はこれだけだから、注意してくれ。チャンスは一人につき一回こっきりだかんな」


 男が手元で雷魔法を使う。

 パチパチと弱々しい輝きの光だ。魔力もほとんど感じられない。

 なるほど、誰も景品をとれないのも納得である。


「関係ないわ、いくわよ……っ!」


 アシュリーが手元に火魔法を展開する。

 先ほどと同じ魔力で作ったとは思えない力強い火球だ。


「ひゅう~! やるねえ、嬢ちゃん」


 そんな男の囃し立てにも構わず、アシュリーは火球をかばのぬいぐるみ目掛けて飛ばした。

 中々の勢いである。

 そんな火の玉を見たフィーリアが、ぽつりと零す。


「あの、それ当てたらぬいぐるみ燃えちゃうんじゃ……」

「っ!?」


 アシュリーは慌てて火の玉を消滅させる。

 そして頭を抱えた。


「あぁ、失敗したぁ! 火魔法以外を使うべきだったわ!」


 今更かよ……。




「残念だったな嬢ちゃん。また来年挑戦しな」

「くぅ……! このアシュリー、一生の不覚だわ!」


 勝ち誇る店主に、悔しがるアシュリー。

 涙目のアシュリーの方をフィーリアがポンポンと叩いた。


「まだ諦めるには早いです。私が代わりに挑戦します」

「フィーリア姉……!」

「次はそっちの嬢ちゃんか。いいぜ、準備しな!」




「あの程度の魔力だと風神は使えないので、今回は普通に風魔法でいきます」


 フィーリアはグラデーションになった桃色の裾を腕まくりして意気込む。


「まあ見ててください。私が超絶美少女エルフだってことを証明してあげますよ」


 自信満々のフィーリアの掌に、風魔法の塊ができ始める。

 かなり圧縮された風球だ。


「いきます!」


 フィーリアはぬいぐるみに魔法を飛ばす。

 文句のつけようがないほど完璧な軌道を描いた風球は、かばのぬいぐるみに真正面から激突した。


「……え、あれ?」


 しかし、ぬいぐるみは倒れはしたが、棚から落ちることはなかった。

 ……なるほど、ちょっと傾斜が付いてんだな。

 手前から押す力に少しだけ強くなってるって訳か。




「残念だったな! ちょっと肝が冷えたが、結果は結果だぜ」


 またも勝ち誇る店主に、落ち込むフィーリア。


「ごめんなさい……」

「ううん、フィーリア姉があたしのために頑張ってくれたっていうだけで嬉しいもん!」

「やれやれ……」


 俺は肩をすくめる。


「でも、アシュリーちゃんが欲しがってたからとってあげたかったんです……」

「あたしはフィーリア姉とこうして一緒にお祭りを楽しめてるだけて幸せだよ!」

「はぁ~、やれやれ」


 俺は再び肩をすくめる。


「アシュリーちゃん……!」

「フィーリア姉……!」

「ありがとうございます、おかげで元気が出てきました!」

「こちらこそ、やっぱりフィーリア姉は笑った顔が一番だよ!」

「はぁ~! やれやれ! やれやれ! やれやれぇっ!」


 俺は高速で肩を上げ下げする。


「なによユーリ、さっきからやれやれやれやれうるさいわね!」

「ユーリさん、ついに人間の言葉を忘れてしまったんですか?」

「お前ら、俺を忘れてないか?  任せときな――あのぬいぐるみ、俺が落としてやるよ」


 俺は真っ赤なカバのぬいぐるみを見据えてそう言った。

やれやれ系主人公。

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