113話 かくし芸
合同依頼から数日後。
俺はいつものように部屋で訓練をしているが、近ごろフィーリアの様子が慌ただしい。
「何をやってんだ?」
「新年の準備です。もうすぐ今年も終わりですからね」
「そうなのか」
一年が終わり、始まる時期。
新年を迎える日は、どうやら多くの人々にとって特別な日らしい。
「年末年始にお祭りはあるのか?」
「お祭りはないですが、お祭り騒ぎにはなると聞きました。私の里でも盛大に新年を祝うんですよ。新年を迎えた日だけは、どゅーん木が『あたらしい!あたらしい!』って歌うんです」
フィーリアは懐かしそうに遠い目をしているが、その事実は俺には受け入れがたい。
どゅーん木はいったい何なんだ。
「あたらしい」って……完全に人類が使ってる暦を理解してるじゃねえか。
初めて木に対して恐怖を抱いたぞ。
「盛大に祝うってどんなことやるんだ?」
「屋台とかがでたり、各々外で芸とかやるみたいですね」
「芸……か。俺も練習してみるか」
「はいはーい! 私、ユーリさんは存在自体が一種の芸みたいなものだと思います!」
フィーリアが元気よく手を挙げて発言した。余計な御世話だこの野郎。
「うるせえ。芸を通して筋肉の良さをもっと知ってもらうんだ」
「さながら伝道者のようですね」
「なんだ、興味持ったか?」
俺は腕を曲げて筋肉を見せつける。
フィーリアはあははと笑って言った。
「えー、それは未来永劫ないですよ」
「そんなこと言ってると、いざ興味を持った時に恥ずかしいぞ?」
「そんな日が来るといいですねー」
来るぜ。……いや、俺が来させてやる!
そうと決まればかくし芸の準備だ。
筋肉の良さを分かってもらうための手間は惜しまない。
たしかに魔法も便利だが、自分の体を鍛えるのもいいものだという事をぜひ知ってほしいのだ。そして皆と殴り合いをしたい。
「後半が主目的なんじゃないんですか?」
心を読んだのか、フィーリアがジトッとした半目を向けてくる。
俺は胸を張って答えた。
「そうだ!」
「やっぱり脳筋なんですね。……ところで、さっきから上を脱いで何をやってるんですか? 私、いまさらながら少し危機感が生まれてきました」
フィーリアがわざとらしく震えながら自分の身体を自分で抱きしめる。
俺はそれを気にせずに答えた。
「新年の芸の練習をしようとしてるんだ。まずはフィーリアに見て貰おうと思ってな」
「仕方ないですね、見てあげますよ。私は優しいですから」
「おう、ちょっと待っててくれ」
俺はフィーリアに背を向けて、マジックで自らの腹に顔を書き込んでいく。
もちろん筋肉は解放済みだ。
……よし、これでいいか。
「おう、待たせたな。括目しろっ!」
俺はそう言いながらフィーリアの方を振り返った。
「!? ……っ! ゆ、ユーリさん、それは……?」
「これはな、『腹踊り』だ。腹に顔を描いて踊ると言うことは、必然的に筋肉を衆目に見せつけることができるということ。これなら筋肉の良さも伝えられるはずだと思ってな」
腹踊り、これを初めて知った時は脳裏に閃光が走ったものだ。
これほど筋肉の良さを効率的に他人に伝えられるものもない。
俺は腹筋を自在に動かし、変幻自在に顔を動かす。
俺の腹踊りは常人のソレとは一線を画す。その理由はまさしく俺の鍛え上げられた筋肉にある。
この柔らかく上質な筋肉が自在に動くことで、様々な表情を作りだすことができるのだ。
俺は自信満々でフィーリアの方を見る。
「っ! ちょ、やめてください。……ふふふ、ふひひひひひ」
フィーリアはツボに入ったようで腹を抱えてうずくまっていた。
「こんなのもあるぞ?」
「ほんとにやめてくだ……いひひっ! 死んじゃう、死んじゃいますからっ!」
笑いすぎて息も絶え絶えのようだ。
仕方がないのでいったん服を着て腹に書いた顔を隠す。
このままだと気絶しそうだしな。
「……くだらないことやらないでくださいよ」
途端に仏頂面になるフィーリア。
「そのくだらないことで笑ったくせに」
「レベルの低さで笑ったんですよーだ」
「ほう、言うじゃないかフィーリア」
俺は再び服を脱ぎ腹踊りを始めた。
「……っぷふふ! ズルい、それズルいですっ! ズル……にひひひひ!」
フィーリアは再びうずくまる。
「ふっ、勝ったぜ」
俺は目の前の結果に満足して服を着る。
それを確認したフィーリアは、笑い泣きで潤んだ目を手で擦りながら俺に言った。
「あー、久しぶりにこんなに笑いました。笑いすぎてお腹つりそうです。どうしてくれるんですか?」
「もっと腹筋を鍛えろ」
「言うと思いました」
「鍛えるのか?」
「遠慮しときます」
ふむ……残念ながらフィーリアは落とせなかったが、この芸を見れば筋肉への興味がわくこと間違いなしだろう。
俺の筋肉布教計画も進むに違いない。
なんだか新年を迎えるのが楽しみになってきたぜ。




