112話 家に帰るまでが依頼
地竜車に乗り込んだ俺たち一行は、帰るべき場所の王都へと向かっていた。
なんとか機嫌を直してくれたフィーリアの横に座り、俺は竜車に揺られる。
向かいの席のババンドンガスは落ち着きのない動きで四角い画面を見つめていた。
「にしても、ウォルテミアが心配すぎてどうにかなりそうなんだが」
「まだ連絡ないの?」
「ない……。こんなこと今までなかったってのに……」
その沈んだ返答を聞いたネルフィエッサは、顎に手を当て考え込む。
「それはさすがに心配ね……」
「……ハッ! 何かよからぬことに巻き込まれてるんじゃねえだろうな!?」
「落ち着きなさい、今この場で暴れても何にもならないわよ? ……お二人とも、疲れてるところ恐縮なのだけれど、急いでもいいかしら。揺れがひどくなるかもしれないけれど」
「はい、もちろんです」
フィーリアが即座に頷く。
俺もフィーリアの言葉に同意だ。
そもそもネルフィエッサがいなければ、俺たちはもっと疲労困憊だったはずだからな。
「ネルフィエッサの回復魔法のおかげで大分回復したしな。急ぐと言うなら、俺も後ろから竜車を押そう」
「後半言ってる意味がまるでわからねえが、なんでもいいからとにかく急ぎてえ! その為に何かしてくれるってんなら土下座してでも頼むぜ」
ババンドンガスは必死な顔でそう言う。
俺は御者に許可をとり、竜車を降りて後ろから竜車を押すことにした。
「うおおおお!」
漆の塗られた木材に掌を付け、力を込めて前に押す。
地竜車は四輪が付いているとはいえ、安全性の向上のために諸々の機材を備えている結果かなり重くなっている。
それを押すのは決して楽な仕事ではないが、訓練にもなるし――何より一緒に依頼を受けた仲間が困っているのだ。
俺だってできることくらいはしてやりたい。
「うおおお! 頑張れ俺えええ! 気張れ俺ええええぇぇぇ!」
俺たちは本来四時間近くかかるところを、二時間で王都まで舞い戻った。
王都に着いた俺たちは、ババンドンガスに続いてババンドンガスの家へと急ぐ。
ウォルテミアの安否を確かめるためだ。
平均よりは少し大きめの家に、ババンドンガスは駆け込むように飛び込んだ。
「ウォルテミア、いるか!?」
駆け込んだババンドンガスは家の中を数歩進んだところで足を止める。
遅れて俺たちが家に入ると、そこには戸惑った様子のウォルテミアが目を丸くしていた。
「おかえり……皆一緒、ですか?」
「ウォルテミア、無事だったかあああ!」
ババンドンガスは狂喜乱舞して部屋の中で踊り始める。
あまりの喜びに、身体が勝手に動いてしまっているのだろう。
「!? ……お兄ちゃんが壊れた」
それを対照的に若干引いた目で見つめるウォルテミア。
「ウォルテミア、お前リンリンはどうした? 連絡取れなくてお兄ちゃんは心配だったんだぞ!」
「……言いたくない」
ぷいと顔を背けたウォルテミアに、ババンドンガスは喜びの踊りを止めて近寄る。
「どういうことだ、心配したんだぞ!? 理由くらい教えてくれ」
ババンドンガスの必死な様子を見たウォルテミアは、数瞬の躊躇の後に俯きながら答えた。
「……豆腐と間違えて、包丁で四つに切って熱した鍋に入れたら壊れた」
「……んん!? どういうことだ!?」
四つに切れたリンリンを見せられたババンドンガスが俺たちの方を振り返って来る。
振り返られたってそんなこと知らん。
「あ、相変わらずウォルちゃんの天然はすごいわね……」
ネルフィエッサはそう言うが、果たして天然の一言ですむ問題なのだろうか。
魔道具を豆腐と間違えるなど、天然の枠をおおいに超えてしまっている気がしないでもない。
俺たちの反応を見たウォルテミアは拗ねたように口をとがらせる。
どうやら気分を損ねてしまったようだ。
「だから言いたくなかったのに……。お兄ちゃんは酷い」
「ご、ごめんなウォルテミア」
ババンドンガスは座りこみ、視線を低くして縋るようにウォルテミアを見た。
それを見てもなおウォルテミアは軽く口をとがらせている。
「ウォルちゃんのこと心配で急いで帰ってきたのよ。許してあげてくれると嬉しいわ」
ネルフィエッサが背中を撫でながらウォルテミアを宥める。
「そうですよ、ババンドンガスさんはウォルテミアちゃんのことすっごく心配してたんです」
「あれは鬼気迫る形相だったな」
それらの言葉を聞いたウォルテミアは俺たちと順番に目を合わせた。
俺たちが家に来た原因が、自分と連絡をとれなかったからであるという事実に思い当たったのだろう。
「……私も悪かった。お兄ちゃん、ごめんね?」
そう言って、その小さな手でババンドンガスの頭をかろうじて触れるくらいの強さで撫でた。
その後のババンドンガスの反応は劇的だった。
細かく首を横に振りながら、信じられないという様子で俺たちを見る。
「なんだこの天使……なんだこの天使! おいユーリ、なんだこの天使!?」
「お前の妹だろ」
どんだけ感動したんだよ。
「フィーリアちゃん、天使がいる!」
「私のことですか?」
「やべえ、フィーリアちゃん話通じねえ!」
どっちもどっちだけどな。
「なあネルフィエッサ、天使がいるよ! 地上にかくのごとき天使が!」
「ウォルちゃんが可愛そうだからその辺にしときなさい」
「お兄ちゃんはいつも私のことではしゃぎ過ぎ……。恥ずかしいよぅ……」
ウォルテミアは恥ずかしそうにプルプルと震えていた。
顔色はほとんど変化はないが、頬がほのかに桃色に染まっている。
「す、すまんウォルテミア! そんなに可愛い顔をしないでくれ!」
「いい加減にしなさいな、もうっ」
ぱちん。ネルフィエッサに軽く頭を叩かれたババンドンガスは、やっと正気に戻ったようだった。
「でも本当によかったぜ、何かあったらどうしようかと……」
「うん、心配かけてごめんねお兄ちゃん……ごめんなさい」
「いいんだウォルテミア。無事だっただけで俺はもう……ううぅ!」
うおう、泣き出したぞ。
大の大人が年下の少女に縋り付いて泣いてる姿って、結構クルものがあるな。
……でも、ちょっと感動した。
それだけ心配してたってことだからな。
横を見ると、ネルフィエッサが二人を見て小さく頷きながら瞳を潤ませていた。
わかるぜ、その気持ち。
もう一つ横を見ると、フィーリアが嗚咽を漏らしながら震える手で口を押さえていた。
それはさすがに感動しすぎだろ。
「皆さんも、ありがとうございました。ご心配を、おかけしました」
ババンドンガスに泣きつかれながら、ウォルテミアは俺たちにぺこりと頭を下げる。
「どっちが年下だかわからんな」
「ぐすっ……うぅ……ウォルテミアちゃん、人間ができてますねぇ」
「なんにせよ、無事でよかったわぁ」
そうだな、無事だったのは何よりだ。
依頼は家に帰るまでが依頼だというからな。
そういう観点で言えば、今回の合同依頼は感動のハッピーエンドといったところだろう。
「……帰るか、フィーリア」
「今泣きすぎて頭が痛いんでもうちょっと待ってください」
フィーリアは頭を押さえて首を振る。
泣きすぎて頭が痛いとか、お前は子供かと言ってやりたい。
「大丈夫かよ……」
「回復魔法かけた方がいいかしら?」
「いえ、心地いい痛みなので大丈夫です」
フィーリアはネルフィエッサの申し出を断った。
感動して泣きすぎたことによる頭痛を回復魔法で治すというのが、どこか味気ないという気持ちもわからなくはない。
それを聞いたウォルテミアは、表情を変えずにぽつりと告げる。
「痛いのが心地いいって……フィーリアさんは、変態なんだ……」
「ぐふっ! そ、そんな……私が変態……!?」
フィーリアはあまりのショックにそう言い残し気絶した。
それを見たウォルテミアは小首をかしげる。
「……? フィーリアさんが突然死んだ」
「死んだわけあるかっ! もしこんなので死んだら後世まで語り継がれるレベルの酷さだぞ」
まあ気絶する時点で結構酷いのも確かだが。フィーリアにはもう少しメンタル面を鍛えて欲しい。
仕方がないので、フィーリアを背負って玄関へと向かう。
部屋の方を振り返ると、まだババンドンガスは泣き続けていた。
「うぉぉ、ウォルテミアぁぁ……!」
「いつまでも泣かないで、お兄ちゃん。地べたを這いつくばるのはお兄ちゃんには似合わない」
「ウォルテミア……!」
「お兄ちゃんは騒いでるのが似合ってる」
「本当かウォルテミア! うっひょーい! うひょひょーい! ……こんな感じか!?」
ババンドンガスは力の限り部屋の中を跳ねまわった。
それを見たウォルテミアは評する。
「……それは滑稽」
「マジか! どうすりゃいいんだ!」
「こう。……うひょーい、うひょーい」
今度はウォルテミアが覇気のない動きで部屋の中を跳ねまわる。
無表情なので、かなりのシュールさだ。
「おお、可愛いぞウォルテミア! 妖精が目の前に現れたのかと思ったぜ!」
「……照れる」
……なんだアイツラ二人の独特の空間は。
ついていけねえ。
俺たちを送りに玄関までやってきたネルフィエッサは頬をヒクヒクと痙攣させ、苦笑いを浮かべながら俺を見る。
「……ねえ、もう少し残っていかないかしら?」
「悪いが、フィーリアがこの通りだからな。その、なんだ……頑張れ」
ここに一人残されるのは大変そうだ。
ネルフィエッサ……此度の大任、お前に任せたぞ。
俺はフィーリアを背負ってババンドンガスの家を後にした。
家までの道のりを半分ほど進んだところで、フィーリアの息遣いが変わる。
「変態……変態……」
「おお、起きたかフィーリア」
「変態……変態……」
あ、駄目だ。心がポッキリ折れてやがる。
「ほら、帰るぞフィーリア。歩けるか?」
「変態……ユーリさんも変態……ユーリさんは変態……ユーリさんだけが変態……! そうか、私が言われたわけじゃなかったんですね!?」
「記憶をねつ造するんじゃねえ」
まったくコイツは……。
俺はフィーリアを地面に降ろす。
フィーリアは「ありがとうございます」と言って衣服を正した。
その仕草はいつもと変わらないものに思える。
「もうメンタルは大丈夫なのか?」
「え、美人?」
「言ってねえ」
「可愛すぎる?」
「言ってねえ」
「お前を抱きしめたい? もう、ユーリさんってば変態なんですからぁ~!」
「お前耳の病気だよ」
立ち直ってくれたのは嬉しいが、なんかどっと疲れがきたんだが。
「ハァ……」
「なんのため息ですかユーリさん! もしかして私が可愛すぎる故の! 可愛すぎる故のため息ですか!?」
「……ハァ……」
もう突っ込む気力も起きやしねえ……。
俺は復活したフィーリアと共に宿へと帰るのだった。
……まあ、あれだな。
依頼は家に帰るまでが依頼だという主張に従えば、今回の依頼はすげえ疲れる依頼だったな……。




