111話 鈍感にも程がある!
夜は地竜車が走らないので、夜が明けてから王都に帰ることにした。
朝。無事に犯人を捕まえたことを店主に報告に行く。
「……という訳で、もう心配はありません」
「わざわざご説明ありがとうございます! なるほど、穴のないドーナツが癪に障ってしまったんですね……」
フィーリアの報告に、店主は納得したようにコクコクと頷いた。
「といってもそんなイレギュラーまでケアすることは難しいでしょうから、また何かありましたらギルドや騎士団に依頼をだしていただくのが一番だと――」
「おお、アイディアが湧いてきた! ちょっと失礼!」
店主はネルフィエッサの言葉を遮り、ものすごい勢いでメモ帳に何かを書き始める。
「ど、どうかなさったんですか……?」
「新商品を思いついたんです! これは売れるぞぉ!」
ガガガガとペンを走らせた店主は、興奮冷めやらぬ表情で書きあがった図を俺たちに見せてきた。
「名付けて、『穴のないドーナツ(穴あり)』です! どうですか、この斬新な商品!」
それって普通のドーナツじゃねえの?
「す、すごい斬新ですね」
「わ、私には思いつきそうもない発想ですわ」
「す、凄いと思います」
三人はバレバレのおべっかを使っていたが、店主は嬉しそうにウンウンと頷く。
「よし、これを看板メニューにしよう! ありがとうございます、あなたたちのおかげで素晴らしいアイディアが生まれました! 犯人は許せませんが、少しだけ感謝しますよ。あっはっはっ!」
「あ、あっはっはー……」
店主の男は忙しそうに新商品について部下と相談を始めたので、俺たちは店を後にすることにした。
余談だが、『穴のないドーナツ(穴あり)』は「結局穴あるじゃん!」と言いつつ買っていく客が後を絶たず、この店の名物になったらしい。どうやら商売ってのは俺には向いていないようだ。
「そういやフィーリアちゃんは最後に俺のこと引き留めたけどさ、あの時ユーリが何するかわかってたのか?」
朝一番の竜車が動き出すのを待つ間、ババンドンガスがそんなことを聞く。
「ああ、フィーリアには透心があるからな。俺の心の中を読んで、何をしたいか察してくれたんだろ」
俺はフィーリアの代わりに説明する。
能力のことはすでに話してあるのだが、他人の能力なんてそんなにすぐには覚えられるものじゃないだろうからな。
「ああ、なるほど! そういやそんなこと言ってたな。そんな詳しいことまでわかるのか」
「集中すればそれなりに細かい機微までわかるらしいぜ。まあとにかく、透心使って機転を利かせてくれたんだよ。なあフィーリア?」
「え? いえ、あの時は透心使ってないですけど。魔力も尽きかけでしたし」
フィーリアは真顔で頭を横に振る。
銀髪が遅れてその動きに追随した。
「ああ、そうなのか? 悪いババンドンガス、使ってなかったみたいだわ」
「……ん? じゃあ何でフィーリアちゃんはユーリを信じろって言ったんだ?」
「あれ、そう言えばそうね」
俺たち三人の視線を一身に浴び、フィーリアはたじろぐ。
目線をきょろきょろと動かすその様は、普段のフィーリアにはあまり見られないものだ。
「何でって、それは……し、信頼してたからですけど……」
小さくなっていく声とは対照的に、フィーリアの顔が見る見るうちに赤くなっていく。
口をとがらせて俯いたフィーリアの頬は、瞬く間に真っ赤に熟れたリンゴのような色に染まった。
「あらあらぁ?」
「お熱いことですなぁ、ユーリぃ!」
ネルフィエッサは演劇じみた動作で口に手を当て、ババンドンガスが楽しそうに肘で俺をつついてくる。
「? パートナーなんだから信頼くらいするだろ。俺もフィーリアのことは信頼してるぞ?」
二人は何を舞い上がっているのだろうか。
一緒に依頼を受けた以上、ババンドンガスとネルフィエッサだってある程度は信頼しているのだが。
もちろん一番信頼してるのは誰と比べるまでもなくフィーリアだけどな。
「うーん、そうなんだけれど、そうじゃないのよねぇ」
「お前って馬鹿なんだな」
「何だと!? 俺の筋肉を見ろ! どうみてもインテリマッスルだろうが!」
「空気考えろ、今そんな感じじゃねえだろ?」
んん? 空気を考えるとは一体全体どういうことだ?
空気について知っていることといえば……。
「俺知ってるぜ。空気にはアレが多いんだろ。えーっと……酸素だ!」
「うん、凄い凄い。もうお前ちょっと黙っとこうな?」
何でだ!
子供をあやすときみたいな顔で両肩をポンポンと叩くんじゃねえ!
フィーリアはその場にしゃがみ込み、指で地面にグルグルを描き始めた。
それをネルフィエッサが背中を優しく擦りながら親身になって慰めている。
「うぅ……なんで私がこんな辱めにあわなきゃいけないんですかぁ……」
「ごめんなさいねフィーリアさん。まさかユーリ君がこんなに鈍感だとは思わなくって……」
そして俺はババンドンガスから詰問されていた。
「ユーリ、お前は修行僧か? 浮世から離れすぎて人間の感情を忘れてしまったのか?」
「なんでこんなにボロクソ言われてんのか全く理解できないんだが……」
たしかにずっと森に住んでいたから、ある意味浮世からは離れていたが……。
それが今何の関係があるんだ?
「ハァ……」
「ハァ……」
「ハァー……」
三人は三様にため息を吐いた。
一際深いため息はフィーリアのものだ。
……疲れたのだろうか。
「な、なあ皆。疲れたんだろ? つ、疲れたなら三人同時におぶってやるぞ! ほらっ!」
緊張で声が震えたのなどいつ振りだろうか。
先ほどから雰囲気がどこかおかしいし、なんとか挽回したい。
これで機嫌を直してくれるといいのだが……どうだ!?
祈りと共に目線を上げた俺が見たのは、死んだ目をしたフィーリアの顔だった。
「私にはこのユーリさんクオリティを超えられる気がしないんですけど……」
「くじけちゃ駄目よ、フィーリアさん。頑張って……たのよねぇ。ちょっとかける言葉が見つからないわぁ……」
そのやりとりを見たババンドンガスが顔を一層険しくする。
「ユーリ、お前もう宿帰れよ。帰れよぉっ!」
「いや、これから帰るけどよ……」
俺が目に見えてぞんざいな扱いになってるのはなんでなんだ?
誰か理由を教えてくれ、ちゃんと謝るから。




