9. 正義は世界をまたぐ -カレーライスとともに-
異世界に飛ばされてきたあの日、すぐにカレーを作るつもりはなかったけれど、安売りしていたルウだけは買っておいたのが功を奏した。
具材は完璧ではないかも知れないけれど、カレーは何を入れてもきちんとカレーになるのがいい。
また、ルウの外箱にレシピが書いてあるのも料理初心者にとってはありがたかった。
玉ねぎをざくざくと大きめに切る。
さっさと切れば涙が出ない……気がするので、迷わずに。
お次はじゃがいも。
翌日まで残すと良くないらしいので、今日食べられる分だけ。
そして個人的に好きなまいたけ。
きのこ好きとしては欠かせないので、手でもすもすちぎる。
お肉はカレー用……を買っていなかったので、持っていた豚こま切れ肉で代用。
そして順番にお鍋に入れて炒める。
最初はお肉、そして玉ねぎ、続いてじゃがいも、ラストにまいたけ。
具材がしんなりしてきたところでお水を入れ、ぐつぐつぐつぐつ。
あくを取ったらいよいよルウの出番だ。
鍋に入れて溶かしながら混ぜていると、一気に魅惑の香りが室内に広がった。
――ここまでの準備を、レオニーダさんが来るまでに終えていたのだ。
もし断られたらじゃがいもを食べきって明日のカレーうどんに回そうと思っていたので、お誘いを承諾してもらえてほっとした。
ちぎっただけのレタスの上にトマトを載せ、塩胡椒とオリーブオイルを振りかける。
シンプルなサラダだけれど、ないよりはずっといいだろう。
食卓にレオニーダさんを待たせつつ、手早くごはんをお皿に盛る。
「どのくらい食べますか?」
「……普通」
「このくらい?」
お皿を見せると、少し考えた末に「……もう少し」と言うので、追加で盛った。
カレーの香りのお蔭で膨らんだ食欲に対応すべく私もごはんを大盛りにする。
そして、二皿ともルウをごはんの上からたっぷりかけた。
「はい、どうぞ」
机の上に置かれたカレーライスをレオニーダさんが凝視する。
……やっぱり物珍しいのだろう。
その様子を見ながら「いただきます」と私が手を合わせると、レオニーダさんも我に返ったように両手を合わせてみせた。
「……いただきます」
そして、スプーンを手に取ったものの――どう食べたらいいのかわからないのか、戸惑った表情だ。
仕方ないので私が先に動く。
スプーンでごはんをすくいつつ、カレー部分が半分程できるように。
スプーンの中に『ミニカレー』を作るのが私流だ。
一口食べると、安定のおいしさが口いっぱいに広がる。
うん、子どもの頃に実家で食べたものとは違うけれど、私はこのまろやかなルウが好きだ。
中辛なのでレオニーダさんも食べやすいだろう。
今度は具材を順番にすくって口に入れていく。
玉ねぎ、やわらかくとろける。
じゃがいも、ほくほくで最高。
まいたけ、食感と苦みが絶妙。
豚こま、さすがの仕事っぷりだ。
久々のカレーを満喫しつつちらりと前を見ると、レオニーダさんもばくばくと食べ進めていた。
表情が変わらないのは気になるけれど、食べる速度が落ちないのはまずくないということだろう……きっと。
そんな風に考えて、私もぱくぱくと食べ進めた。
……あ、サラダ、忘れてた。
こちらもしゃくしゃく。
うん、市販のドレッシングがなくても、これで十分いける。
「はー、食べた食べた」
無事食べ終えたところでスプーンを置き、もう一度前を見る。
同じく食べ終えたレオニーダさんは、スプーンを力強く握り締めていた。
――これって、もしかして
「……あの、よろしければおかわりします?」
そう告げると、鋭い眼差しがこちらを捉える。
心なしかその赤い瞳が輝いているような気さえする。
レオニーダさんは真面目な表情のまま、少し迷った様子を見せたのちに口を開いた。
「……いいのか?」
――やっぱり、カレーは正義。
「次からも、良かったら私と一緒にごはん食べてください。ちゃんと料理しようという気になりますし、なによりレオニーダさんにはお世話になっているので」
「……いただこう」
こうして、私とレオニーダさんのおうちごはんは習慣化されたのだった。




