8. 「いただきます」と「ごちそうさま」 -玉子炒飯とともに-
「いただきます」
そう言ってスプーンを手に取ると、前方からまたもや視線を感じる。
顔を上げると、レオニーダさんが不思議そうな顔をしていた。
「何だ、その呪文は」
「えぇ……」
これまでこっちの世界で誰かと食事をしたことがなかったから気付かなかった。
ごはん食べる前に「いただきます」って言わないんだ。
「えっと、今のは挨拶というか……感謝の言葉ですね」
「感謝?」
「はい、食材の命に感謝するんです。今日の食事でいえば、お米やお野菜、そして玉子。その命をいただいて私たちは生きているので。あとは作ってくれた人への感謝とか――まぁこれは自分で言うのもあれなんですけど」
私の言葉にレオニーダさんが「なるほど……」と頷き、そして私と同じように手を合わせた。
「いただきます」
そう呟いたあと、こちらの様子をちらりと確認してくる。
……なんだか最初の怖そうな雰囲気とのギャップのせいか、かわいらしく見えてきた。
「はい、ばっちりです。どうぞ召し上がれ」
私の言葉を受けて、レオニーダさんが炒飯を一匙口に入れた。
そのまま動きが止まる。
私は少しドキドキしながらその様子を見つめていた。
……そういえば味見してなかった。
すれば良かったな。
そんなことを今更考えても後の祭りなのだけれど、自分から「どうですか?」と訊くのも気が引けて、私はじっと待つ。
すると、レオニーダさんが顔を上げた。
「……食べないのか」
「あ、いえ、いただきます」
私も炒飯を一匙。
最低限の具材でぱぱっと作った久々の料理、見た目はまぁまぁおいしそうに見える。
お店の炒飯ほどパラパラではないけれど、黄色い玉子を纏ったお米たちがつやつやと輝いていて食欲をそそる。
そしてぱくりと一口。
最後にかけた塩胡椒が利いているのかしょっぱさが初めにくるけれど、すぐにほわりとした玉子がそれを中和してくれる。
もう一口食べると、今度はねぎのしゃきしゃき加減がいい感じだ。
うん、いけるいける。
そんなことを思いながらふと前を向き、私は思わずぎょっとした。
いつの間にかレオニーダさんのお皿が空になっているのだ。
「え!? 早っ!」
「うまかった」
「――え?」
レオニーダさんが言葉を続ける。
「――すごくうまくて、一気に食べてしまった。アカリ殿は料理が上手いんだな。礼を言う」
そんなことを真面目な口調で、まっすぐな眼差しで言うものだから、なんだか照れてしまった。
「……どういたしまして」
そうとだけ答えたあと、無言で炒飯を食べ進める。
目の前の炒飯が、さっきよりもおいしくなった気がした。
「ごちそうさまでした」
食べ終えてそう言うと、またもや前方から視線を感じる。
――そうか、これも知らないんだな。
「……今のも感謝の言葉です」
「なるほど」
レオニーダさんが私と同じように手を合わせるので、私も手を合わせて言った。
「「ごちそうさまでした」」
***
それ以降も、毎週末レオニーダさんは私の絵を取りにやってくる。
正直なところ、魔術団長ともあろうお方がこんな雑用のようなことをしていていいのかという気もするが、王様の命令とあらば仕方ないのかも知れない。
まぁずっと絵を描いてばかりの私にとっては、週に一度人と話せる時間はとても貴重だしありがたいのだけれど。
また、レオニーダさんが食料の在庫を見ながら、必要なものを魔法で足してくれるのもとても助かった。
お弁当は焼き鮭弁当一パターンしかないけれど、そのおかずをアレンジして別のメニューにもできるし、かなり色々なものが作れそうだ。
そんなに自炊をしてきたわけではないので、日々練習しながらレパートリーを増やしている。
「あの、もしよろしければ、ごはん一緒にいかがですか?」
せめてものお礼になればと、レオニーダさんが2回目に絵を取りに来た時にも声をかけてみた。
真面目な顔で「いや、結構」と断られたらどうしようとちょっとドキドキしたけれど、彼は少しだけ考える仕種をしたあと、またまっすぐな眼差しで応える。
「……いただこう」
そのリアクションにほっと胸をなで下ろす。
何故なら、今日仕込んでいた料理はひとりで食べきるのは少し大変だと思ったからだ。
もしかして、そのメニューの香りがレオニーダさんの背中を押してくれたのかも知れない。
――そう、今日のメニューはカレーライスだ。




