7. 久々の料理タイム
次にレオニーダさんがやってきたのは、それから3日後だった。
あいかわらずの轟音を響かせて竜のルーファスが着地する。
一度体験しているので今回は慌てなかったが、それでも急に来られると心臓に悪い。
私はコンロの火を止めると、玄関に向かった。
迷わずドアを開けると、そこには目を見開くレオニーダさんが立っている。
ノックをする前にいきなりドアが開いたので驚いたようだ。
珍しい表情が見られたので、少しだけラッキーな気分。
「こんばんは、レオニーダさん。今日はどんなご用事ですか?」
にっこり笑ってみせると、レオニーダさんがすっと冷静な表情に戻る。
「今日は仕事だ。君の描いた絵を取りに来た」
「え」
思いがけない言葉に今度は私がびっくりしてしまった。
「どうした、進捗が思わしくないのか」
「いや、そんなことはないですけど」
あちらの世界では仕事を終えたあと必死で描く時間を捻出していたが、今はそもそも絵を描くことそのものが仕事のようなものだ。
プロのイラストレーターを夢見る私にとってはこの上ない環境である。
「わざわざ魔術団長のレオニーダさんが取りにくると思ってなかったので……てっきり伝書竜かなんかで送るのかと」
「伝書竜? 何だそれは」
「伝書鳩の竜バージョンです……っていうか伝書鳩が通じませんよね。竜が絵を王宮まで届けてくれるサービスとかがあるのかと思ってました」
「それは無理だ。風圧で絵が吹き飛ぶ」
でしょうね。
だとしても、王国の重役が何故わざわざこんな街外れに。
しかもプロでもない私が描いた絵を取りに来てくれたというのだから驚きだ。
「王様が君の絵を楽しみにしているんだ。私がルーファスに乗って来るのが一番早い」
「えっ、王様本当に私の絵を喜んでくださっているんですか?」
「当然だろう」
正直なところ、異世界を知るためとはいえ、私に絵を描いてほしいというのは建前かと思っていた。
いや、実際はレオニーダさんが気を遣ってそう言ってくれているだけかも知れない。
――それでも
「……ふふふ、ありがとうございます」
思わず笑みがこぼれる。
絵を描いても描いてもリアクションをもらえることが少ない底辺絵描きの私にとって、それはこの上ない歓びだった。
――ぐぅ
瞬間、私のおなかが音を立てて鳴る。
はっと我に返ると、目の前のレオニーダさんが少しだけ気まずそうな顔をしていた。
「……聞こえました?」
「……すまない、食事時に来るものではないな」
なんだか気を遣わせてしまったようだ。
確かに今日はずっと作業に没頭していて、これから夕食をぱっぱと作ろうとしていた。
あまり引き留めるのもあれだし、早く絵を取ってこよう。
そして作業部屋の方に歩き出した瞬間
――ぐぅぅ
背後からかわいらしい音が響く。
――ん?
まさかと思いつつ振り返ると、そこにはこちらを決して見ようとしないレオニーダさんが立っていた。
「……今日はずっと仕事で食事を取る時間がなくて」
ぼそぼそと呟く声。
――え、言い訳?
その意外な一面に、思わず吹き出しそうになってこらえる。
ここで笑ってしまったら、彼はいたたまれなくてたまらないだろう。
そして――私は名案を思い付いた。
「レオニーダさん、王宮に戻るまでまだ時間ありますか?」
***
ごはんを鍋で炊けるようになっておいて良かった――この時程それを強く感じたことはない。
このオール精霊住宅にない家電品、それは電子レンジ、ポット、そして炊飯器だ。
大昔の調理実習の記憶をたぐり寄せつつ何度かトライアンドエラーを繰り返した結果、無事におかゆ級でも生米級でもないごはんを作り出すことに成功した。
多めに作ってあとで食べようと考えるずぼらさのお蔭で、十分な量のごはんがある。
ねぎをさくさくさくと小口切り。
玉子はふたり分なのでふたつにしておこう。
フライパンに油を熱してからねぎを投入した。
じゅわあという賑やかな音と香ばしい香り。
キッチンの温度が少しだけ上がったような気さえする。
続いてよくかき混ぜた溶き卵を投入。
じわじわと固まり始めたところで、今度はごはんを加えてざっくりと炒め合わせる。
味付けは自信がないので、粉末のスープの素にお醤油を少し、そして塩胡椒をざくざくとかけた。
「できた!」
出来上がった料理をふたつのお皿に取り分け、座っているレオニーダさんの前にことりと置く。
ふわりと食欲を刺激する香りがお皿から立ち昇った。
自分で言うのもなんだけれど、レシピもなく作った割にはおいしそうにできたと思う。
「……これは?」
スプーンを持ってテーブルに戻ると、レオニーダさんは皿を凝視していた。
あれ、似たような料理ってこっちの世界になかったっけ。
お米自体は王宮で出された食事にも使われていたけれど、こういう形で食べたことないんだろうか。
「これですか? すごく久々に料理したんで微妙に不安ですけど……でも、きっとおいしいと思います」
そう言って胸を張ると、レオニーダさんの視線が私を向く。
「超シンプル玉子炒飯です。せっかくですし一緒に食べましょう」




