5. 絵を描くということ -焼き鮭弁当とともに-
スミスさんを見送ってから一通り冷蔵庫(仮)に食材を入れたあと、買ってあったお弁当を開く。
普段は売り切れていて買えない、どどんと分厚い焼き鮭が載ったお弁当だ。
見た目は完璧に再現されている。
「――いただきます」
まずは恐る恐る、ごはんを一口。
噛むと心地良い弾力と共に、じわりとほのかな甘みが口に広がった。
――あ、おいしい。
ていうか――ちゃんとごはんだ。
次に端に添えてあったきんぴらごぼうをつまむ。
しゃきしゃきの歯応え、絶妙な甘辛さ、ごくりと飲み込んだ。
続いてメインの焼き鮭へ。
電子レンジはさすがにないようなので温かくはないが、塩加減が強過ぎなくていい。
およそ半月振りの素朴な味に、ほっとした。
あとは自分でも驚く程の速さで食べ進める。
だしまき玉子、もぐもぐ。
鶏のから揚げ、むちむち。
きゅうりのお漬け物、ぽりぽり。
かぼちゃの天ぷら、ほくほく。
久方振りの和食を堪能して、私は箸を置いた。
「ごちそうさまでした!」
はぁ、おいしかった……。
しばらく満たされた気持ちでいたが、ふと冷静になる。
これが魔法で再現されたお弁当とは、俄かに信じ難い程のクオリティだ。
さすがレオニーダさん、魔術団長恐るべし!
お弁当の再現度を踏まえれば、他の食材も完璧と考えて問題ないだろう。
ひとまず食の安心・安全が担保されたことに、私は心の底からほっとした。
この世界に飛ばされたのがあの日の買い物帰りだったことは、不幸中の幸いだ。
そして満腹になった私は、早速作業部屋へと向かう。
先程荷物を運び入れただけで中をちゃんと見ていなかったけれど、窓際に向かって広めのテーブルと木製の椅子がひとつ。
外を見ながら作業できるのはなんだか気持ちがいい。
まぁ、作業に没頭し始めると周りが見えなくなってしまうのだけれど。
ひとまず今日の分のイラストを描こうと紙と鉛筆を取り出した。
私はひとり、目を閉じる。
自分の記憶の中の情景から描きたいシーンをひとつつまみ上げて、その細部にまで意識を巡らせた。
そう――今日のターゲットは、小学校まで向かう途中にあったコンビニエンスストア。
朝登校する時こそからっぽの駐車場には下校時数台の車が停まり、店の前には缶コーヒーを立ちながら飲んでいるおじさんの姿があった。
飲んでいるのはブラックで、それを見た私は「大人だなぁ」なんて密かに尊敬をしている。
夏の始まりの匂いがする中、私は何も言わずその横を通り過ぎていく。
緑と青と白の看板が、まるで夏を象徴するみたいに爽やかだってあの時は思っていた――。
よみがえる記憶を目の前の紙へと刻み付けていく。
――ねぇ、教えて。
それは、どんな質感?
それは、どんな色合い?
それは、どんな鮮やかさ?
黙々と作業に没頭しながら、私は少しずつ自分がかつて見た世界を紙の上に創り上げていった。
線を重ねていく中に主線を見付け出し、ペンでその形をなぞる。
目の前で浮かび上がる世界を眺めながら、私の心が満たされていく。
すべての線が決まったところで、一息。
キッチンに戻ってスミスさんが運んでくれた袋の中を見てみると、インスタントコーヒーの瓶が入っている。
かさばるけれど買っておいて良かった――そう思いながら開封した。
おっと、その前にお湯の用意。
戸棚からやかんを取り出して、お水を入れてコンロにかける。
家にいた時はいつもポットで沸かしていたから、こんなひと手間もなんだか新鮮だ。
せっかくだから多めに沸かしておこう。
もしかしたら夕飯にカップラーメンでも食べるかも知れないし――
――ゴォッ
そんな私の思考を吹き飛ばす轟音が家を揺らした。
「ひゃあっ!?」
私は慌ててコンロの火を消す。
地震だか台風だかなんだかわからないけれど、せっかくの新居がいきなり火事になってしまったら目も当てられない。
――ていうか、絶対レオニーダさんに怒られる!
そのまま身構えて様子を見ること10秒。
どうやらこれ以上揺れたりすることはなさそうだ。
ほっと胸をなで下ろし、恐る恐る窓の外を眺めようとしたその時、コンコンとノックの音が鳴った。
……え、お客さん?
街外れにある家をわざわざ訪れる人がいるのだろうか。
隣近所がいるわけでもなし、私は警戒心を露わにしながら玄関のドアへと距離を詰める。
残念ながらこのドアには覗き穴がついていないらしく、訪問者が何者かは謎のままだ。
――でも、確実に人の気配がある。
うーん……どうしよう……。
どう対応すべきか悩んでいると、もう一度ノックの音がして、それを追いかけるように聞き覚えのある声が響いた。
「アカリ殿、開けてくれ」
――えっ……?
思わず反射的にドアを開き、私は息を呑む。
そこには――魔術団長レオニーダ、そのひとが立っていた。




