12. 虹の花
――ゴォッ
いつものように赤竜ルーファスが着陸する音が響いた。
私は出来上がったばかりのお弁当をまとめて鞄に入れる。
それとは別に画材を入れた袋を背負ったところで、コンコンとドアをノックする音がした。
「はい」
返事とともにガチャリとドアを開けると、そこにはレオニーダさんが立っている。
休みをもらったと言っていたものの、格好はいつも通りだ。
オールバックにまとめた黒髪に眼鏡、そして黒い外套を羽織っている。
普段はその下に軍服らしきものを着ているけれど、今日も同じなんだろうか。
「お越し頂きありがとうございます。早速行きましょう」
「あぁ、準備はいいか?」
「はい」
「貸したまえ」
そう言うと、お弁当を入れた鞄をひょいと持ってスタスタと歩き出す。
断る暇もない早業に、私はついていくことしかできなかった。
家の外ではルーファスが寝そべっている。
いつもは夜の闇の中でしか見ることはないが、朝日に照らされ輝く鱗がより綺麗に見えた。
「ルーファスおはよう。ご主人様少し借りるね」
そう挨拶すると、ルーファスは小さく「ガウ」と返事する。
意思疎通ができているようでなんだか嬉しい。
きっと竜はとても知能が高い生物なんだろう。
そのまま私はレオニーダさんとともに森の中へと入って行った。
結論を言えば、森の中で猛獣と遭遇することはなかった。
――というか、リスやうさぎといったかわいらしい動物すらその姿を見せなかった。
そもそもこの世界にリスやうさぎがいるかもわからないけれど。
「……何も出てきませんね」
「あぁ」
ざっざっと歩みを進める私たち。
動物が見られないのは残念だけれど、何をするにも安全に越したことはない。
ふときらりと光るものを見付けて「待ってください」と声をかける。
そのまま茂みの方に向かった私の瞳に、信じられないものが映った。
「わぁ……!」
その花はきらきらと光を含んで煌めいている。
最初は青く見えたその花びらは、時間の経過とともに黄や赤に色を変え、まるで宝石のようだ。
――こんな綺麗なもの、見たことない!
「虹の花だな」
背後からレオニーダさんの声が降ってくる。
なるほど、そのまんまのネーミング。
それにしても綺麗だ。
「あの、少しだけ待っていて頂けますか?」
「構わないが」
「ありがとうございます!」
急いでスケッチブックと鉛筆を取り出し、虹の花を描く。
別に丁寧でなくていい。
これは私の脳に刻み付けるための儀式だ。
きらきらと瞬くその色を、手持ちの画材の中から反射的に選んでイラストの上に塗り重ねた。
あまりレオニーダさんを待たせるのも悪いので、15分程で描き終えて立ち上がる。
すると「もう終わったのか?」とレオニーダさんが少しだけ驚いた様子を見せた。
「はい、他に見たいものもありますし」
「……別に、必要ならまた来ればいい」
「あはは、大丈夫ですよ。ほら、だいぶラフですけど、私の記憶の中には残ったので」
そう言って描き上げたばかりのイラストを見せると、レオニーダさんが目を見開く。
予想だにしないリアクションに、私は固まった。
――あれっ、あまりにも雑過ぎた……?
「……あの、帰ってから時間をかけてちゃんと描きますので」
言い訳じみたことを告げてみるも、レオニーダさんは動かない。
――え、これどういう状況?
どうしようと思っていると「アカリ殿」と急に名を呼ばれたので、思わず「はい!」と大声で返事をする。
すると、レオニーダさんがおもむろに口を開いた。
「今の時間でこれを描いたのか?」
「……えっ、あ、はい」
レオニーダさんがスケッチに顔を近付けてじろじろと眺める。
そして一言。
「すごいな」
「――え」
そうとだけ言うと背中を向けて、また歩き出す。
思わずぽかんとしてしまったが、その背中が小さくなっていくことに気付き、慌てて荷物をまとめた。
――まさか、褒めてもらえるなんて思わなかった。
絵を預けてもレオニーダさんが中を確認することはこれまでなかった。
だからこそ余計に嬉しい。
「レオニーダさん、ありがとうございます!」
前を往く背中にそう伝えると、彼は小さく頷いたように見えた。




