11. お出かけに向けて -落とし卵のお味噌汁とともに-
そしてレオニーダさんがお味噌汁を飲もうとしたところで動きを止める。
どうしたのだろうとお椀の中を覗き込むと、ふよふよと落とし卵が割られずに漂っていた。
――もしかして、割るタイミング迷ってる……?
気持ちはわかる。
半熟卵の黄身をいつ割るかはとても重要な問題だ。
私は好きなものを取っておくタイプなので、半分程食べ進めたら割ることにしている。
「レオニーダさん、それ、そろそろ割ってもいいかも知れません」
「む?」
眉を顰めてこちらを見るレオニーダさんに、私は笑みを抑えることができない。
私は自分のお味噌汁の中の落とし卵を箸でまっぷたつにしてから、レオニーダさんにお椀を向けた。
「ほら、こんな感じで黄身が溶け出しておいしそうでしょ」
「……確かに」
レオニーダさんも慣れない手付きながら落とし卵を割る。
すると、とろりとしたオレンジがお味噌汁の中の白身と豆腐を鮮やかに彩っていった。
ふふ、我ながらおいしそうである。
レオニーダさんがずず、とお味噌汁を啜って、む、と唸った。
「いかがですか?」
「……うん、うまい」
やった。
レオニーダさんのその言葉に背中を押されて、私もすす、とお味噌汁を啜る。
口内に流れ込むお味噌汁の味を追いかけてきたのは、濃厚な黄身の味。
「ふふ、おいしい」
「……うん」
ふたりで会話を交わすでもなく、穏やかな雰囲気の中でお味噌汁を飲む。
気付けば、脳裡をかすめた憂鬱な記憶は薄れていた。
***
そしてその日から半月程が経過した今朝、私はひとりキッチンに立っている。
「――よし、頑張るか」
誰に言うでもなくそう自分を鼓舞してから、私は料理に取り掛かった。
発端は私が相談した外出の件だ。
あのあと訪れた最初の週末、レオニーダさんは私に言った。
「森の中に入る件だが、私が護衛に就くから一緒に行くことでいいか」
「……え」
驚きのあまり声を上げた私に、レオニーダさんは続ける。
「この森一帯を結界で覆うことも考えたが、こちらに何の危害も加えていない動物にまで干渉するのはやり過ぎだと言われてな。10日後に休みをもらったから、朝から森の中を一通り見て回ろう」
「えっ、レオニーダさんが一緒に来てくれるんですか?」
彼は当然のような顔で頷いた。
「そうだ」
「えぇ……」
いや、申し訳なさ過ぎるんですけど……!?
そもそも森一帯を結界で覆うってそんな大々的なことをやろうとしてくれたのも驚きだし、しかも誰かに止められてるし。
その上お休み取るって――えっこれ業務扱いじゃないってこと?
確かに森の中には行ってみたいが自分のわがままにレオニーダさんを巻き込み過ぎた。
私は反省しつつ口を開く。
「レオニーダさんすみません、私が変なことを言ったせいで……さすがにご迷惑をかけてしまっているのでこの話はなかったことに」
「……迷惑?」
レオニーダさんが驚いたように繰り返した。
「はい、だって仕事ならまだしもプライベートですよね。普段お忙しいでしょうし、貴重なお休みを私のために割いてもらうのは申し訳なさ過ぎます」
「なんだ、そんなことか。それなら気にしなくていい。休みなどもらってもやることはないし、ここ何年も私はずっと王宮に詰めている状態だ」
――なんという社畜……!
いや、この場合会社じゃないから、国畜……?
「それに、君にはいつも世話になっている。他の勇者と違って大した要求もしてこないし、私も気がかりだったんだ。だから、もし嫌ではないなら一緒に行かないか」
レオニーダさんがまっすぐな眼差しで私を見つめる。
その真剣な表情を見て、私が反論できるはずもない。
「……お気遣いありがとうございます、それでは是非」
そう頭を下げたあとレオニーダさんの顔を見ると、心なしか纏っている雰囲気がやわらかく感じられた。
――そんな経緯での今日、である。
貴重なお休みを使ってくれたレオニーダさんに少しでも恩返しがしたい。
そう、彼に喜んでもらえるように、私はお弁当を作ることにしたのだ。
材料も限られている中、私の料理スキルで作れるメニューはそんなに多くない。
それでも感謝の気持ちを伝えたくて、私はいそいそと料理に取り掛かった。




