10. 魔術団長への相談 -肉じゃがとともに-
「――外出?」
「はい」
レオニーダさんが絵を取りに来てくれた何度目かの時、思い切って相談してみた。
「何か生活する上で足りないものがあるのか? もしそうであれば、来週持ってくるが」
「いえ、そうではなくて……絵を描きたいんです」
「――絵?」
「勿論王様にお渡しする絵はこれまで通り描き続けます。ただ、こちらの世界で見たものも描いてみたくて」
その日はレオニーダさんのお箸デビューの日だった。
メニューは肉じゃが、落とし卵のお味噌汁、ごはん。
持ち方を教えると「アカリ殿の世界の人間は器用だな……」と言いながらも、ゆっくりきちんと食材をつまんでいる。
その様子を見ながら、私もゆっくり食事をした。
肉じゃが、久し振りに作ったけど思ったよりちゃんと味が染みている。
お肉はぎゅっとうまみを吸い込んでいて。
玉ねぎはとろり。
じゃがいもほっくり。
できればしらたきを入れたかったけれど、残念ながらあの日スーパーで買わなかったので持ち合わせがない。
代わりに次回作る時はこんにゃくを入れてみようかな。
「話が途中になったな。で、外出したいというのはどの範囲だ?」
「実は今自分がどこにいるかもよくわかっていないんですが……えっと、ここは街外れの森の入口という認識で合ってます?」
そう、実は兵士のスミスさんにここまで連れてきてもらって以来、私は外出らしい外出をしていない。
家の周りを気分転換に散歩したくらいで、スミスさんから「外の世界は危ないので極力外出しないでください」と言われたのだ。
確かに魔王の討伐は完了したというものの、猛獣やモンスターがいないという保証はない。
「あぁ、そうだ。スミスから話は聞いているか?」
「はい、『極力外出しないように』と」
レオニーダさんが真顔で頷く。
「現段階ではこの付近に大きな危険はないと考えている。当然私もそれを踏まえてここをアカリ殿の家として選んだ」
「まぁ、そうですよね……街の方や、あとは森の中も行ってみたいとは思っているんですけど」
「街は特に危険はない――が、アカリ殿が異世界から来たということは伏せているから、振舞いは気を付けてもらった方がいい」
「なるほど」
レオニーダさんがお味噌汁を一口啜った。
「もし街に行くなら、こちらの作法を説明するからそれを踏まえて行ってもらって構わない。ただ――」
「……ただ?」
お椀をことりと置いて、レオニーダさんがこちらをまっすぐ見つめる。
「森の中には一人で入らないようにしてくれ。先程言った通りこの付近に危険はないと考えているが、自然が相手では何が起こるかわからない。猛獣が潜んでいる可能性もゼロではない」
「……ですよね」
おおよそ予想していた通りの回答だった。
そして、こう聞いた以上勝手に森の中に入るわけにはいかない。
もし私が怪我でもしたら――いや、怪我で済めばいいけれど、最悪死んでしまったりでもしたらレオニーダさんにとんでもない迷惑がかかるだろう。
それだけは避けなければ。
「――この世界の絵を描きたいのか?」
ぽつりとレオニーダさんが言った。
顔を上げると、彼は私のことをじっと見つめている。
私もお味噌汁を一口啜って、口を開いた。
「はい。私、絵を描くのが好きなんですけど、上手く描けないものも多くて」
「上手く描けないもの?」
「……実際に自分が見たものでないと、上手く描けないんです」
そう言ったところで、少しだけ胸がちくりとする。
『上手いんだけど、なんかつまんない』
脳裡に文字が浮かび上がった。
『どこかで見た感じのイラスト』
『これなら写真でいいよな』
『わかる、見ても感動しないっていうか』
『技術をひけらかしてる感じ』
『シンプルに好きじゃない』
「――アカリ殿?」
はっと我に返る。
レオニーダさんは変わらずこちらを見ていたけれど、その赤い瞳に少しだけ心配そうな色が浮かんでいた。
「あ、すみません」
慌てて笑顔を作ってから続ける。
「だから、こっちの世界にいる間に色々なものを見ておきたいんです。それが作品の幅を広げることにもつながると思うので」
レオニーダさんは少し考えるような仕種をした。
「……わかった。少し対策を考えるから、来週まで時間をくれないか」
「――え、いいんですか?」
「あぁ、来週また話そう」




