壊れゆく騎士の全て
ルシフはすぐに凶報を聞いた。
自分の屋敷が業火につつまれている、と。
「サウレ……サウレッ! 無事でいくれッ!」
韋駄天の如き速さで城を飛び出し、屋敷まで向かう。
息を切らし、ただひたすらに大事な彼女の無事を祈りながら。
そして、そんな彼を陰に隠れながら見る男がひとり。
そう、つい先ぞ企てを実行したヴェニンであった。
人外並みの速度で城に戻り、奴の無様な走り様に笑いを堪えていたのだ。
「ククク……、ショーはこれからだぜ? まだまだプレゼントは用意してんだ。……さて」
向きを変えて、ヴェニンの元へ駆けてくる鎧姿のユーリナを手招きした。
彼女は近づいてくるが、どうも表情が晴れない。
「おいおい、もしかして……あの男に情でも?」
「情、というか……その、彼は私にいつも良くしてもらってたから……」
まだ、ほんの少しではあるがユーリナにも良心があった。
惚れた女の弱みで、彼の言う通りにしてしまったが、義妹やルシフを貶めたことで、自らに呵責の念を抱いている。
それが、ヴェニンにはとても気に入らなかった。
「はぁ~、折角俺達添い遂げられたのによぉ……そういうこと言うんだ?」
「あ、いや、違うのッ! 私は……」
突如彼女の肩を掴むや強引に壁に押し付ける。
甲高い声を上げ、生娘のように震えだす彼女を見て舌なめずりをした。
「お前にはお仕置きが必要だな。ほぉら壁に手ぇついて後ろ向けッ!」
「ちょ、待って! こんなところでやったら……誰かに見られちゃうッ!」
しかしヴェニンはやめない。
そしてわかってしまっている。
ユーリナが必死で制止をかけようとしているが、本心と肉体は既に自分に侵略されるのを望んでいる、と。
そして、容赦なく官能のボルテージを上げ始める。
一方、ルシフが屋敷にたどり着いた頃にはすでに屋敷は灰も同然の姿と化していた。
野次馬を押しのけ敷地に入ると同時に、血の臭いが強く漂う。
一体全体これはどうしたことかと思いつつも、サウレの名を呼びながら奥へと入っていった。
死体がある。
どれも焼けてはいるが金瘡が確認できた。
強い斬撃を受け、肉や骨が抉れている。
横薙ぎに刺突、果ては脳天目掛けてのものまで。
服装の跡からしてここで雇っていた召使のようだ。
「酷い……誰がこのような……ッ!」
激情が沸き起こる中、サウレの死体がないことに疑問を感じた。
まだ生きているのか?
なら、どこに――――。
むしろ生きているならまだいい。
そのほうが、まだずっと救いがるに違いない。
彼はそう思っていた。
兵士達がやってきて、事後処理の方をし始める。
関係者であるルシフはここに残り彼等を手伝おうとした。
だが、ここで伝令を受ける。
「ルシフ殿、将軍閣下より御言伝を頂きました。今すぐに城に帰還せよ、とのことです」
「なに、将軍が? こ、このようなときに一体……。わかった、すぐに向かう」
ルシフは馬を駆り、急いで城内へと行く。
城門を潜ったすぐの所に将軍は黒い鎧を纏って待っていた。
下馬の後、彼は将軍の前に跪く。
「ルシフ、ただいま参りました。……なにか、御用でしょうか?」
「うむ、貴殿を呼んだのは他でもない」
今年40歳になる将軍は威厳と殺気を放ちながら、跪くルシフを睨みつける。
「心して聞け」
「ハッ!」
「……ルシフ。貴様を国家反逆の罪で捕らえるッ!」
――――。
一瞬思考も身体もなにもかもが、彼の中で停止した。
国家反逆、なんだそれは?
ようやく今の状況を把握したルシフは立ち上がりすぐさま抗議した。
「将軍、一体なんのことです!?」
「しらばっくれるな! 貴様……神と王国に忠誠を誓っておきながら、秘密裏に敵国に情報を渡していたなッ!?」
殺気をおびた兵士達が幾人も集まり、ルシフを取り囲んでいく。
濡れ衣もいい所だ。
自分は今でもこの国の忠実なる騎士だ。
そして、これからも愛しい人の傍に付き、彼女を守る親衛隊だ。
そんな自分が裏切りなど、あるはずがないッ!!
「更にッ! 貴様……屋敷の者だけでなく、自らの義妹の命も、手にかけたそうではないか。すでに情報は上がっているッ! ……裏切りだけでなく、気も狂っているな貴様」
「な!? 我が義妹が……ッ!? 嘘だッ! あの屋敷は誰かに襲われたのです。そして、義妹の死体はあそこにはなかった!」
「とぼけるなッ! 全て……全て勇者様から聞いたのだ! 貴様の動向がおかしいと、常に監視をつけていたら……このような情報がわかったのだ!」
勇者……?
なぜここで勇者が出てくるのだろう。
どうしてありもしない事実が、奴の口から出たというのだ。
そこから先は覚えていない。
剣をやたらめったらと振り回し、兵を押しのかせたことまでは。
自分は今どこへ向かっている?
知れたこと。
ヴェニンの元だッ!
(殺す……殺してやるッ! よくもありもしないことをぬけぬけと……ッ! 義妹が死んだだとぉ!? ありえんッ! そのようなことがぁッ!!)
ルシフの身体に殺気が漲っていた。
今なら奴がひとりで倒したとされるドラゴンでさえも倒せそうだ。
意気込みながらも、廊下を渡り歩いているそのとき。
女性の微かな声が聞こえた。
聞き覚えがある。
「……ユー、リナ?」
自信の殺気が止んだ。
恐る恐る声のする方へと行ってみる。
「ぐッ! うぅッ!?」
まさしく彼女の声だ。
声なのだが……なにかがおかしい。
苦しんでいるような、だがそれでいて喜びの情念を感じる。
曲がり角の先から聞こえた。
ルシフはそっと覗いてみる。
このとき、きっと覗くべきではなかったのかもしれない。
きっとそうだ。
だが、それは出来ない。
そして、大いなる衝撃と虚無が彼の心を襲う。
壁に手を突いた状態で、ヴェニンの腰の振りに合わせて動くユーリナ。
彼女の顔に、あの少女のようなあどけなさや、あの美しさは微塵もなかった。
快楽で表情を崩し、豚か牛のように喘ぎ声を出している。
最早そこに戦乙女としての威厳や愛しい女性としての面影は一切なかった。
「ぁ……ぁ……、……あぁ」
ルシフは声が出なかった。
あまりにも凄惨な現実に脳の処理が追い付かない。
「どうだ……! テメェは俺のモノだッ! あぁ!? そうだろうが!」
「はい……ッ! 私はッ! ……アナタのモノですッ! あんな男の女では、ありません!」
……。
あんな男、とは自分のことだろうか。
もしそうなら、自分は捨てられたことになる。
勇者に嘘の罪を着せられ、義妹は……恐らく別の場所で死んだ。
家は焼かれ、挙句の果てに、かつての愛する人は……違う男に身を委ねている。
それも、この世で最も憎い勇者に。
吐き気がした。
勇者を殺そうとした気概は完全に消え失せた。
一刻も早くここから離れたい。
そう思ってルシフは一目散に駆けだした。
そうして彼が行きついたのは、城内にある礼拝堂だった。
「……これが、神の思し召しというのか? 愛する人にも裏切られ……我が大事な家族まで貶めて……。そこまでして、奴に幸福を授けたいと言われるのかッ!」
薄暗い礼拝堂の中、ヨロヨロと奥の神の像に向かって歩く。
歩くたびになる鎧の音が、虚しく響いていった。
「おお……神よッ! どうしてアナタは勇者の蛮行を御見逃しになるのですかッ!? アナタまでもッ! 私が戦乙女と結ばれるのが気に入らないか!? で、あるなら……なぜ私ひとりに罰をお与えにならない? なぜサウレまで、我が家の者達まで巻き込んだ!? どうしてサウレが、こんな非道な目に合わねばならぬ!?」
ルシフの咽び泣く声は怒りとなって神の像に。
だが、神の姿をしたこの石の塊は、なにひとつ彼に答えようともしなかった。




