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義妹の葛藤

 ルシフの屋敷内は騒然とする。

 数人程度だが、召使の者が慌ただしい。

 

「フィリア王国神聖騎士団のユーリナよ。この家の主の……、義妹君はおられるかしら?」


 突如として現れた『聖なる戦乙女』に皆騒然。

 普段物静かなサウレも、表情にはあまり出さないが心臓が破裂しそうなくらい鼓動を打っていた。

 

「わ、私がサウレです。ご機嫌麗しゅう、戦乙女様。いつも義兄がお世話になっております。……して、本日はどのような御用件でしょうか?」


 ユーリナは仰々しく一礼するサウレを一瞥しながら考える。

 なぜ、ヴェニンがこの女を欲しがったのかを。

 大方、そういう食指が動いたのだろう。

 予想通り、彼から見れば上玉だ。

 

 同時に、ユーリナは嫉妬する。


(彼は私を愛してくれている……なのに、こんな元奴隷の女を欲しがるなんて)


 女という部分でなぜか敗北したような気分になり、ずっと口をつぐんでいた。

 そして、喋ってこないユーリナを不審に思ったサウレは、もう1度訊ねた。


「あの、戦乙女様?」


「え、あぁ、そうね。ごめんなさい。……ルシフから聞いてた通り、綺麗な人だったから」


「まぁ義兄が? お、お恥ずかしい限りで……」


 頬を赤らめながら彼女を屋敷内へ案内しようとする。

 だが、ユーリナはそれを制止した。


「いえ、話はここで済むわ」


「え、ですが……戦乙女様が来てくださったのに立ち話で済ませてしまっては、我が家の沽券に関わります。戦乙女様御本人が申せどもこのままもてなしもせず、おかえししてしまったら私が義兄に怒られてしまいますわ」


「フフフ、そういうしっかりしたところルシフそっくり。でも、今回はいいわ。いずれゆっくりとさせてもらうから。それに、今日はお忍びで来させてもらってるの。……少し人払いいいかしら?」


 戦乙女の意図がいまいちよくわからない。

 彼女ほどの人物が、お忍びでこの屋敷に来る理由などあるだろうか?

 それに彼女の言う話というのも気になる。

 兎に角召使を下がらせ、玄関の門の前で2人は話した。

 

「不思議そうね。まぁ当たり前か。……今日の夜ね、教会の前まで来てほしいの。誰にも見つからないように秘密で」


「……え?」


「ま、こう話されても怖いわよね。一応言っておくわ、アナタのお義兄さん……ルシフだけど。……私、彼と結婚するの」


 サウレの脳内にユーリナの言葉が反響する。

 義兄とはいえ、ひとりの女として意識していた。

 ルシフ……、彼が目の前にいるこの戦乙女と結婚する、と。

 

「……そ、そう、ですか。そ、……それは、とてもめでたいお話です……ホントに」


 今にも叫びそうなこの感情を押し殺し、明るく振る舞って見せる。

 いつかはそうなるかもしれない、とは考えていた。

 だが、それがこんなにも早いものだとは思わなかった。


 しかし、サウレは祝福する。

 それが"普通"なのだから。

 義理とは言え、妹が兄を異性として愛するなど。

 これは神の教えに背く行為だ。


「喜んでくれてなによりだわ。そ・こ・で……女同士の密談っていうのをやりたくて」


「密談……? なぜ?」


「ルシフのことで話したいことがあるの。ここじゃ不味いわ。だから今夜、教会まで来て? ……ちょっと話しにくいことだからさ」


 なんだろうか……。

 結婚が決まった今、話すことなどなにもない。

 むしろ聞きたくもない。

 愛する人が別の女とくっつくなんて……、それだけで嫌なのに。


 だが、わかっている。

 これは嫉妬だ。

 醜い感情、唾棄すべき情念。

 大切な家族が、こんなにも素晴らしい女性と結婚しようというのだ。

 なぜ心から祝ってやれないのだろう。

 考えれば考えるほど、自己嫌悪の坩堝に嵌った。


「わかりました……では、今夜、お伺いいたします。遅くなるとは思いますが……」

 

 機械的に答えるサウレにニコリと微笑みながらユーリナは去っていった。

 能面のように凍り付いた笑みのサウレは、突如眩暈に襲われ、門に寄り掛かる。


「嘘……そんな……結婚、だなんて……急に……」


 自分の胸をギュッと抱きしめながら兄の名を何度も呟く。

 大好きだった、兄妹としても、そして異性としても。

 もしも彼と添い遂げることが出来なら、とどれだけ夢に見ただろう。


「神様……、私は卑しい女です。嫉妬に狂ってしまっている。義兄と戦乙女様が添い遂げるなんて、我慢できない……ッ! 家族として、祝福せねばいけないのに」

 

 溢れ出る涙を抑えることが出来ない。

 胸が苦しい、愛しい人が違う誰かと添い遂げるという現実が、この身を今にも引き裂こうとしている。

 呼吸が乱れ、激しい鼓動は心臓を壊そうと容赦なく高鳴り続けた。


 だが、サウレは平静を自らの意志で取り戻す。


「……ふぅ、そうよ。これでいいのです。これが本来の正しい形。私はあの方の義理の妹。その義妹が……家族の幸せを祝福出来なくて一体どうするのです? 私は、私でこの想いにしがみ付いてはいられない。次の幸せを見つける。それが……本当の幸せというもの……」


 涙をふき取り、凛とした表情で屋敷へと戻っていく。

 今夜教会で、とのことだ。


 行かねばならない。

 正々堂々と、義兄と戦乙女が結ばれることを、祝福せねばならない。

 それをしっかりと伝えるのだ。



 ――――それが肉欲の穢れに満ちている罠であるとも知らずに。 

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