ここからが本当の地獄だ
あれからというもの、陰鬱だった気分は少しは晴れ、書類仕事にもまた精を出した。
今日もまたユーリナはヴェニンと一緒に行動をしている。
それを見るたび、嫉妬の念を抱くがすぐに取り払った。
その代わり、溜まっていた書類や新しい書類を迅速に片付けていく。
(彼女は今も私を愛している……そうだ、そうに違いない。アレはきっと、愛情ではなく友情だ。そうだとも、自分と同類に近い存在と出会ったのだ。シンパシーだって感じるさ……。だから、なにも心配することはない)
処理済みの書類をどんどん積み重ねていき、ついに完成した。
自分でも驚くほどの速さだ。
「隊長殿、こちら書類となります」
「うん? もう出来たのか!? ……いや、君は確かに、とても真面目でソツなくこなせる人材だ。……だが」
言いにくそうにする隊長。
周りの同僚も、以前のような冷たい視線ではなく、心配そうな視線を送っていた。
「騎士として当然の務めです」
「いや、そうだろうが……その、なんだ……」
「……はい?」
「……君、変わったな」
隊長からの一言。
あれだけ戦乙女に連れ回された男が、今は机に向かって通常通りに動いている。
本来普通のことなのだが、やはり皆違和感を感じていた。
「……私は、自分の任務を全うしているだけに過ぎません。……それよりも、なにか他に書類作成等はありますか? 昼餉までには時間があります」
「……そうか! ならば、ハハハ……是非やってもらいたい仕事がある」
急に表情を明るくし隊長はルシフを連れて、書庫の方まで歩く。
なにかの書類整理だろうか?
そう思いながらも、彼は隊長からの指示を待つ。
「……座りなさい。今の時間誰も来んからな。君と私とで話せるだろう」
「……ハァ、では失礼します」
互いに向かい合うように椅子に座ると、隊長はため息をひとつ。
呆れからではない、どちらかと言えば心配からだろうか。
「隊長、して、仕事と言うのは?」
「いや、ありゃ方便だ。……君が我らが聖なる戦乙女に連れ回されなくなってから、仕事の循環が良くなった。我々だって常について回ることだけが仕事ではない。わかるよな?」
「……仰る通りです」
「今の君はしっかりそれを全うしていると思う。しかしだ……君はあの勇者が来て以来、ずっと元気がない」
顔には決して出さぬようにあれから心がけてはいたが、やはり雰囲気かなにかでわかるものなのだろうか。
だが、わからない。
なぜ今隊長はその話を持ち出したのか。
「大方、戦乙女とあの勇者がくっついているから、やっかんでいるんだろう? ……お前は、戦乙女を愛している。違うか?」
この人に嘘はつけない。
つくづくそう思った。
「……はい」
「……そうか。まぁもしかしたらとは思っていたが。……でも、彼女が望んでいるのなら私如きじゃなにも言えんよ」
「罰しないのですか?」
「罰する? 馬鹿な、祝福してやるさ! ……それにな、ここだけの話だ。私も、当初は平伏していたが……、あの勇者ヴェニンという奴はどぉしても気に喰わんようになってな」
「え?」
思いがけない言葉だ。
まさか自分と同じような気持ちを持っている人間がいたとは。
しかもそれは直属の上司だ。
これには親近感以上のものが湧いた。
無意識の内に身を乗り出し、隊長の話に耳を傾ける。
「王や将軍、そして大臣までもが彼に尊敬や敬意を払ってはいるが……あの厚顔無恥な態度にゃほとほとまいっている。……それに、噂だが色んな国に赴いては娼館にも何度も足を運んでいるそうだ。だが、その形跡は悉く消されているらしいのだ」
「証拠隠滅ですか? ……いや、でもなぜ? 確かにいかがわしいとは思いますが……あの勇者が一々そんな細かいことを気にする性質とは思えません。娼館に行ったら行ったで堂々とするでしょう」
「そこだ……。あの勇者、一体なにを考えているのか私にもわからん。気をつけろよ?」
隊長の話で、不安がよぎる。
勇者ヴェニン。
底知れぬ奴の影の大きさに嫌な汗が流れた。
「……まぁ、こんなものはただの噂だ。気にすることじゃあない。君は今まで通り仕事に励め。そしてゆくゆくは、私の後任となるのだからな!」
「え? ……わ、私を親衛隊隊長に!?」
「私も歳だしな。それに、今の君ならば任せられる。……いずれ結婚するときに、親衛隊のひとり、と言うよりも親衛隊隊長の方が格好がつくだろう?」
隊長の最後の一言に、恥ずかしそうに顔を赤くするルシフ。
自分が隊長となった暁には、正式に……。
そう思うと、これからの人生がワクワクした。
「さて、話は終わりだ。君はここで昼食時間まで静かに休んでいなさい。他の連中には、別件で動いてもらっていると伝えておくさ」
「え、しかし……」
「かまわんかまわん! 君は良くやってくれている。……ちょっとばかし長めに休憩をとってもワケないさ」
隊長がそうおっしゃるならと、ルシフはしばらくの休息を取ることにした。
だが隊長が書庫から出てから数分後のこと、外がなにやら騒がしいことに気付く。
なにごとかと中庭の方へと出てみると兵士達が城の屋根の上に向かってなにかを叫んでいる。
「なにごとか!?」
「あぁ、これはルシフ殿! 実は女が屋根の上に……」
――――女?
ふと上を見上げると、確かにそいつはいた。
銀色の尖ったような短髪に艶やかな褐色の肌で、白銀の衣装をまとった踊り子風の女が屋根の上に座っているのが見える。
欠伸をしながら酒瓶を手に取り、そしてゆっくりとラッパ飲みし始めた。
「貴様ァ! いい加減降りろ! 大人しく縛につけぇい!」
兵士のひとりが言うものの女は一向に動こうとしない。
しかし、なぜ女があんな所にいるのだろうか。
どうやって城に入り込んだだけでなくあそこまで昇ったのだろう。
すると、女がようやくこちら側を見た。
無表情に近い顔から、徐々に優し気な微笑みへ。
最終的にはうら若き乙女がしてはならぬほどに下衆な笑みを浮かべながら……。
――――勢いよく中指を立てた。
「……、……、……ひっ捕まえろぉおお!!」
兵士長の男が大声で叫ぶや、彼女を捕えんと建物の中に入る者や梯子を取ってこようとする者に分かれた。
ひとりポツンと残されたルシフは一気に人がいなくなった中庭を見渡し、ため息交じりに再度屋根を上を見上げる。
――だが、女の姿はいつの間にやら消えていた。
「な、なに……?」
慌てて周りを見渡すがそれらしい影はない。
兵士達の喧騒が小さく響いてくるだけだ。
「……アレは一体。いや、今は考えるのはよそう」
そう呟いてその場を離れようとしたとき、ふと目に映った。
ユーリナだ。
勇者は傍にはいない、彼女1人である。
声を掛けようとするが、なにか様子がおかしい。
(親衛隊の護衛も無しになぜ彼女が? しかも、キョロキョロと周りを見渡して落ち着きがない……なんだ?)
愛しい人を不審に思うのは言語道断であろうが、ここはひとつ勇気をもって声を掛けてみた。
「……ユーリナ?」
「え!? ……あぁ、ルシフ。どうしたのこんなところで」
「聞きたいのはこちらの方です。護衛もつけずに、一体どちらへ?」
「あ、いえ、別に。少し街の方まで行きたいだけ」
「……そうですか。ならば、私も一緒に」
「いや、いいわ。私ひとりで……その、ひとりで歩きたい気分なの! ね? いいでしょ? こんなこと頼めるのアナタしかいないから……」
そう言われるとルシフも反対のしようがない。
それにこうして自分のことを頼ってくれている。
なぜだかそれだけで、安心感が出た。
「ふぅ、アナタの我儘は今に始まったことではありませんからね……わかりました、どうぞお気をつけて」
「ありがとう、恩に着るわ」
そう言ってユーリナはコッソリと城下へと足を運んだ。
その行先は……。
――――ルシフの屋敷へ。




