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勇者ヴェニン

 彼女との休暇から数日……。

 毎日の仕事が楽しい、そう思い始めた頃だった。


 親衛隊並びに騎士は基本寮に住むことが多い。

 非番の日は勿論あるが、あまり大きな行動は出来ない。

 しかし、特別休暇というモノがある。

 そのときは自らの屋敷や実家に帰るなどして、ゆったりと暮らすことが出来るのだ。


 ルシフもまた、幾ばくかの休暇を得て屋敷にいた。

 のんびりと過ごしてはいたが、どうも落ち着かない。


 ――――ユーリナに会いたい。


 愛を誓い、そして彼女の休暇デートを味わってからずっとそればかりだ。


 そして出勤日の朝。

 屋敷のベッド上でゆっくりと目を覚ます。

 あの日から、世界が変わったような気分だ。

 この世のなにもかもが美しい――。


 そう思うことが多くなり、朝から活力が湧いてくる。

 身支度を整え、食卓へと向かった。

 食卓で待っていたのは、我が愛しい家族。


「おはようございますお義兄様。既に食事の準備は整ってございます」


 義理の妹。

 昔、父が奴隷商から買い取った娘。

 今では22歳になる黒髪の美女だ。

 器量良く、物静かな佇まい。

 褐色の肌から醸し出されるその美しさは、見る者を魅了する。

 名を《サウレ》。

 今ではたった1人の大事な家族なのだ。


「あぁ、おはようサウレ。……こうやって2人で食事するのも、今日で最後だな」


「まぁお義兄様ったら、縁起でもない」


「ハハハ、すまない」


 親衛隊という職業柄ゆえなのか、この屋敷に帰ってくる機会が少ないのだ。

 そういえば昔、父もよく留守にしていた。

 一騎士として、国の為に忠誠と魂を捧げていたその父の姿に一種の誇りを感じている。

 そして、今は自分がその立場にいるのだ。

 身が引き締まる思いである。


「お義兄様、いかがでしょう? もしも非番の日に御都合が合いましたら、その、家族水入らずで外食などは……?」


 食事の最中、サウレはほんのりと頬を染めて、ディナーに誘う。

 とても嬉しい話だ、なにより嬉しいのが、普段自分からなにも言わないサウレがこうして提案してきてくれたことが。

 だが、こちらも仕事が立て込んでいた。

 非番の日にも書類をまとめたり書いたりする仕事をする始末だ。


「非常に嬉しいが、まだ仕事が残ってるんだ……だから」


「そう……ですか。いえ、こちらこそ無理を言いました。ご容赦を」


 シュンとした表情を見せる彼女に罪悪感を感じた。

 折角こうして誘ってくれたのに、紳士として騎士としてこれはないだろう、と。


「……今度はお前の為に休みを取る。そのとき、一日付き合おう」


「……え?」


「お前にはずっと苦労ばかり掛けている。たまには私も家族サービスをしないとな」


 サウレの表情に輝きが戻る。

 まるで夜明けの草原かのように喜びで満ち溢れていた。

 

「承知いたしました……心待ちにしております」


「ふふふ……さて、私はそろそろ行くが。屋敷のことは任せたぞ?」


「……わかりました。お義兄様、どうかお気をつけて」


 食事を終え、いつもの格好に身を包む。

 白銀の鎧に腰に備えたロングソード。

 鏡を見れば立派な騎士である。

 こうして家族の見送りを背に城へと向かった。


「……お義兄様、嗚呼、お義兄様……ッ! 私は、悪い人間です。国の為民の為に働いているアナタに……あれほどまでの我儘を言ってしまうなんて。そして……アナタの義妹であるはずなのに……ひとりの女として、お義兄様を見てしまうだなんて……私は卑しい人間です。嗚呼……神様……私は……」


 そう呟きながらルシフを見送り、屋鋪の中へと入っていった。


 市街地はいつものように賑わっている。

 この国民達を守るのも騎士の仕事だ。

 その一端を担っている自分を改めて認識すると、自然と笑みが零れた。

 誇りゆえの笑みだ。

 城まであと少し、するとそのとき横から声が掛かってきた。


「あのー申し訳ないんだけどさ」


「……なにか?」


 声の方向を見るとひとりの少年が佇んでいた。

 豪華な装飾が施された鎧に、ユーリナと同じ金色の髪。

 歳も同じくらいだろう。

 だが、雰囲気は別物だ。

 彼女同様、この少年には一種の神々しさすら感じる。

 ルシフは思わず息をのんだ。

 思わずその場に平伏してしまいそうなほどに、この少年は眩い。


「ここの城の王様に会いたいんだけど?」


「……大変ご無礼ながら、貴殿は?」


 少年は髪をかき上げながらルシフに笑みを浮かべる。

 

「俺の名前は"ヴェニン"、神が予言した救世主……らしいぜ?」


 その名前を聞いたとき、ルシフは激しく動揺した。

 勇者ヴェニンと言えば、このフィリア王国内でも噂されている人物。


 数々の戦場に現れてはその武勇を轟かせた。

 果ては魔物相手にも、恐怖を抱くことなく果敢に立ち向かう勇気も兼ね備えている。

 聞いた話によれば、邪悪なドラゴンをたったひとりで倒したとか。 


 彼は神の加護を受け、基本国家や組織に属することはない。

 戦争を迅速に終息させ、迫りくる魔物は電瞬が如し速さで葬る。

 まさに、人類の希望だ。

 そんな彼を尊敬する王も多い。


「もしや……その剣は」


「あぁ、《選定の剣》だよ」


 そう言って得意げに抜いて見せる。

 伝説に語られる通りの輝きだ。

 それを見て、最早なにもいうことはないと目を伏せ、気持ちを落ち着かせるルシフ。


「……わかりました。ではヴェニン様、私が城内へと御案内します」


「ん、ありがとよ」


 乱暴な言葉遣いだが、不快には感じない。

 これはまるで……。


(彼女と、ユーリナと話しているような……)


 そう感じながらも城門をくぐり、彼を案内する。

 城内は突然の出来事に大騒ぎだ。

 国に仕える一介の騎士が、見ず知らずの者を連れてくるなどと。


 だが、ヴェニンの姿を見た瞬間の沈黙は早かった。

 誰もが確信したのだ。

 彼こそが救世主だと。

 


 この後、ヴェニンは王との謁見を果たすが委細省略。

 ルシフは持ち場へ戻る、彼女の元へ。


「ねぇルシフ、城内が騒がしかったけどなにかあったの?」


「ユーリナ……あの騒ぎの中一体なにをしておられたので?」


「寝てた」


 窓から見える騎士達の訓練所を横切りながらバッサリと吐き捨てるユーリナ。

 頭を抱える問題が山積みになっていく。

 そう思いながらこめかみを押さえた。

 彼女らしい、と言えばもっともなのだが……。


「ユーリナ……少しは王立神聖騎士団の一員としての自覚をですね……」


「わかってるわよ。それにしても……私と同じ神の加護を受けた少年、ねぇ」


 彼女がヴェニンに興味を持った。

 そのとき、ルシフの胸中に苦しい感覚があった。

 締め付けられるほどに痛い……。

 なぜだろう、ヴェニンに興味を持つ彼女が我慢ならなかった。

 このとき初めてヴェニンをここに案内したのを後悔する。


「興味あるわね、行ってみましょ!」


 そう言って甲冑姿の想い人は駆け足で王の間へと向かおうとする。


「あぁ! お待ちを!」

 

 今の彼には止める術などない。

 ただ、付いていくだけだ。

 ひとりの親衛隊として。



 この選択は大きな過ちだった。

 例え出来ずとも、彼女の足を斬り落としてでも止めるべきだった。

 

 そう、知らなかった。

 ――――あのヴェニンという少年がどれほどに悍ましい化け物であったかを。

 

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[一言] 奴隷を義理の妹したの? そんなことできんの?
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