苦行と虚無の果てに
フィリア王国の北にある街。
そこに位置する娼館では、今宵だけ嬌声ではなく阿鼻叫喚が響き渡っていた。
ルシフの指示通り、アルマンドは北の街にある娼館を襲っていたのだ。
サウレを見つける為とサウレを酷い目に合わせたこの汚らわしい場所を駆除する為に。
炎に巻かれる木造の館。
女達は逃げ回り、男達は消火活動に勤しむ。
皆の注意が燃え盛る館に集中している中、アルマンドはいち早くサウレを見つけて裏路地まで連れていた。
「さて、その服じゃアレだな。ルシフに合わせられん。適当にローブ持ってきたから着ろよ」
「あ、あの……アナタは一体? お義兄様とどのようなご関係なんです?」
食い入るように問うサウレを宥めながら、アルマンドはこれまでのことを話す。
ルシフは勇者と戦乙女に復讐すべく、無情の鬼となることを受け入れたこと。
全てはサウレを救う為に、世界の運命さえも捻じ曲げたこと。
今、ここから南にあるユーリナの別荘にいることも。
「そ、そんな……お義兄様が、私の為に。……私のせいでッ!」
ショックのあまりに両手で顔を覆うサウレ。
だが、アルマンドはそんな彼女に対して喝を入れた。
「嘆いてる場合か? いいか、アイツはもう前の騎士のような高潔な人間じゃあない。それに寄り添ってやれる人間は誰だ? ――――アンタしかいないだろう」
「……私?」
「そうだ。だが、その道は困難を極めるだろう。……自らの行いは、いつか運命となって返ってくる。善行だろうが悪行だろうが、それが真実だ。――――だが、誰かが近くで支えてやれるなら、もしかしたら……」
そう言いかけたとき、サウレは無我夢中で駆けだしていた。
息を切らしながらローブをはためかせ、南へ南へと走っていく。
「やれやれ……身内になると途端に人の話を聞きやがらねぇ。ここで大人しく待ってりゃいいのによう。……まぁ、出会うか出会わないか、後は2人次第だな。さて、オレはここでお役御免なわけだが……"もう一仕事"いたしますかねぇ」
そう言ってその場から霧のように消えるアルマンド。
燃え盛る炎は天高く。
しかし、後に来る大雨によって終息を迎えるが、残ったのは際限なき肉欲により栄華を誇った娼館の成れの果てとはあまりに言い難い炭の塊のみだった。
そして、運命は再び、彼等を巡り合わせた。
長い間歩き彷徨い、日の出と共に大きなポプラの木の下でようやく出会えた2人。
抱きしめ合い、この忌まわしい戦いの終わりを互いの体温で確かめ合う。
――――全てはこの瞬間の為に。
復讐と救済を果たす為、忠義も信仰も全て投げ捨てた男は、ようやく出会えた愛しい家族に大粒の涙を流した。
絶望に苛まれようとも決して愛情と未来を諦めなかった女は、腕の中で微笑んだ。
互いの呪われた日々は、ようやく幕を閉じ、新たな門出を祝い合った。
鳥のさえずりは絶え間なく、風は涼やかに2人を包み込む。
確かに幸せだ。
地位も信仰も全て必要ない。
これからはサウレと支え合って生きていこう。
例え、時代による激動の波に飲まれようとも。
サウレもルシフも覚悟は出来ていた。
過酷な運命も、2人なら乗り越えられる。
そう信じて……。
「お義兄様……いえ、ルシフ」
「ん、んん!? サウレ……今、私の名を……?」
「はい。……もう私は、自分自身を偽りません。私は、幼い頃より……アナタをお慕いしておりました。家族としてではなく……異性として……ッ!」
「サウレ……」
「如何に穢されようと……この想いだけは決して穢されぬよう、これまでずっと耐え抜いておりました! ……好きです。……ただ、これだけは、伝え……たかった……」
涙を流しながらこれまで押し堪えてきた情念を吐露する。
ルシフは初めてサウレの気持ちを知った。
彼女が娼館に囚われて尚、心を壊さなかったのは、自分という存在をずっと慕っていたから。
そして、必ず助けてくれると信じていたから。
こんなにも思ってくれている人が近くにいたにも関わらず、なんと自分の鈍感なことか。
自分自身を殴りたくなってくる。
ルシフは心を決めた。
彼女の想いに準じねばならぬと。
今度こそ、彼女を守らねばならぬと。
「……すまなかった。こんなにも私を思ってくれているのに……私は、義兄失格だ」
「そんなッ! いけないのは私ですッ!」
「いや……サウレは悪くない。……だからこそ、私はひとりの男として、お前と向き合わねばならないッ!」
「……え?」
「サウレ……私と共に、生きてくれ」
「……ッ、……はい!」
その後、彼等は国境を越えて、遥か遠くの国にある田舎に移り住んだ。
仲睦まじい姿を見せながら、日々を穏やかに過ごす。
屋敷に住んでいたときのように贅沢は出来ないが、これはこれで素晴らしい日常だ。
そして3ヶ月の月日が流れた。
勇者の消息不明により、各国が混乱を極め、魔物達の動きが活発になっていった。
噂によれば戦乙女ユーリナは、愛する勇者と生まれるはずの我が子を同時に失ったことにより精神に異常をきたしたらしい。
夜な夜な狂ったように泣き笑いながら懺悔を繰り返し、徐々に衰弱していった。
一気に戦力を失ったフィリア王国が敵国によって蹂躙されるのは最早時間の問題だろう。
だが、もうそんなことは知った話ではない。
かの国が滅ぼうとも、もうなんの憂いも無いのだから。
サウレと暮らしてからというもの、無情の鬼と化した自分は完全になりをひそめた。
彼女の愛が、彼女への愛が……取り除いてくれたというのか。
……些細なことだ。
今は、この幸せを噛み締めていたい。
命続く限り……。




