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再起

 なんという好機であろうか。


 地上に戻り、一旦砂漠の近くの街に行き、しばらく滞在していたときだった。


 勇者ヴェニンはユーリナと共に別荘へ行き、長い目の休暇を楽しんでいるとの情報を得る。

 本来、少しばかりの期間ならともかく、まだ戦が続く中、そのような余裕のあることなどする間などないはず。

 むしろ無謀極まりないことだ。


 だが、そんなことすら息をするようにやってのけてしまうのが、あの勇者なのだろう。

 その情報を聞いたとき、思わず口元が歪んだ。


 そして好機はこれだけには留まらなかった。

 

 なんと、ユーリナが勇者ヴェニンの子を宿したというのだ。

 言われずもがな"妊娠"である。

 

 最初これを聞いたときはあまりのショックに嗚咽と吐き気が止まらず、しばらくふさぎ込んでいた。

 だがこの復讐劇の舞台役者には十分な人材だ。

 これを活さない手はない。


「……城だと物々しくなってしまうが、別荘であれば人数も限られる」


「そうだな、で、その別荘ってどこかわかるのか?」


「私を誰だと思っている、元親衛隊のひとりだぞ? 恐らく、彼女の別荘だ。あそこは長閑で過ごしやすいと言って、よく私を連れ込んでは、散々にこき使ってくれた。……最早、帰らぬ日常の記憶だ。かつての私の残り香……」


 アルマンドは黙って魔術による転移を行う。

 目指すはユーリナの別荘。

 全ての元凶がそこにいる。

 

 終わらせるのだ。

 この忌まわしい呪いの運命を。


 そして救うのだ。

 愛しき義妹を、欲望の魔の手から。





「――――このッ、砂をまとっての移動はどうにかならんのか!? うぷ……」


「我慢しろや!! オレのセンスにケチつけんじゃねぇ!!」 


 言い争いをしつつも向かう2人。

 目的地に辿り着いたのは静まった夜になってからだった。

 

 


 ユーリナの別荘。

 フィリア王国内の辺境の地にある小さな田舎の中にそびえる立派な屋敷。

 城下町のような賑わいや、十分な物資があるわけではないが、一時の休暇を過ごすにはこの上ない立地条件を満たしている。


 ルシフ達はその別荘から離れた草原にて着地した。

 

「……お前はどうして砂まみれにならない? この私のように……」


 ルシフは髪や服についた砂をはらい落としながらも彼女に悪態をつく。

 アルマンドは一切汚れることなくこうして佇んでいるのにも関わらず、自分だけ口に入るわ、目に入るわ、髪や服の中に入り込むわで散々だった。

 ルシフは理不尽さを感じずにはいられない。


「……才能の差じゃね?」


 アルマンドは特に興味なさげに答え、屋敷の方を見る。

 屋敷にはまだいくつか明かりが灯っており、遠目から見てもあの中には平穏と安らぎの時間が流れているのがわかった。


 だが、その時間はサウレや自分達を奈落へと突き落として手に入れたもの。

 ……仮染めの平和に過ぎない。


 まず深呼吸をして、この溢れ出んばかりの激情を抑える。

 

 復讐を果たすには、無情の鬼にならねばならない。

 冷静な思考を以て、自らのすべきことを脳内で反芻する。


 描くのは、報復の調べを奏でる自分の姿。

 

「……よし、行こう。恐れるものはなにもない」


 ルシフが屋敷まで歩こうとしたまさにそのとき。

 アルマンドが突如として彼の前に立ち塞がった。


「……なにか?」


「ルシフ、最後の確認をしたい」


 確認。


 世界の本来の未来を変えてしまう覚悟。

 無論ある、とうに出来ている。

 神に背く行為だろうと、一切関係ない。

 全ては我が復讐の為に。


「アンタ……かつて愛した女を手にかける覚悟、あるのか?」


「……ユーリナの?」


 顔には出さなかったが、心内で黒く渦巻くような感覚をおぼえる。

 だが、アルマンドはそれを見逃さない。

 魔女の洞察眼の恐ろしきこと……。

 むしろ初めからわかっていたようだった。


「まだ愛してるんだな?」


「……あぁ」


 ヴェニンと共謀しサウレを攫い、召使い達を殺し屋敷ごと焼いたこと。

 そして自分を捨ててあの男に純潔を捧げたこと。

 

 決して忘れられることではない。

 忘れられないからこその怨念だ。


 だが……憎む気持ちの裏で、"記憶"が常に飛び交っていた。


 

 今は昔の、幸せだったユーリナとの日々。

 彼女のお転婆に骨を折りながらも、その笑顔と仕草に心奪われた過去の儚い輝き。


「不思議だ……。私のみならず、サウレまで不幸な目に晒した張本人の1人であると言うに……。憎しみの裏で、彼女への思いが捨て切れていない」


「じゃあどうするんだ? ……まさか、見逃すと?」


 アルマンドのドスのきいた低い声に殺気を感じた。

 復讐に手を貸してやってる以上は、中途半端な真似は許さない。


 彼はすぐに感じ取った。

 だが、自分の気持ちには嘘はつけない。

 この性分だけは、どうも抜け切れないのだ。


 復讐も成し遂げたい。

 と、同時にまだ愛している。


 一見板挟みだが、ルシフは完全に復讐を選んでいた。


「……いい方法がある。これぞ、彼女への復讐に相応しい」


「ほう……是非とも聞いてみたいが……どうせ喋る気はないんだろう?」


「わかっているじゃあないか。それにだ、私がお前に嘘をついても、すぐにわかるのだろう? ならば嘘をつく必要はない。彼女を奈落へと落としてみせよう」


 アルマンドは不敵に嗤った後、彼に進路をあけ渡す。

 そして、進み行くルシフの後ろについた。


 一切の会話は無く、屋敷へと進む彼等に、最早障壁などなかった。

 

 審判は、今夜下される。


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