砂漠の先、魔の凶奏
――――暑い。
いや、熱い。
ただひたすらに熱い。
確かに南の方で、しかも砂漠となれば気温は高いものとなるだろう。
それは想定していたし、なにより暑い場所への遠征での経験があるので、慣れていたハズだ。
だが……、これは。
「いや、砂漠で鎧着込むとか自殺行為だろ?」
「ふんぬぅおお……ッ!」
あれから1ヶ月。
ようやく辿り着いた砂漠を渡り歩いているのだが。
アルマンドはルシフの頑固さに呆れ果てていた。
「この……ッ! 鎧はッ! 我が一族の誇りにして象徴ッ! そして復讐への固い誓いでもあるのだ……ッ。そう簡単に脱ぐことは出来んッ!」
「いや待て落ち着け! 流石にそれはアブねぇって! アンタ意外にアホの子なの!?」
「うるさい!」
玉のような汗を周囲に飛び散らせ、苦悩と憤怒の形相を浮かべながら、涼しい顔で砂漠を歩くアルマンドの後ろを歩く。
一瞬でも気を抜けば魂が飛んで行ってしまいそうだ。
だが、この苦しみに耐え抜く。
サウレは今もきっとどこかで悲しんでいるはずだ。
それに比べればこの苦しみなんぞ……。
「すごい執念だなアンタ……。もうすぐ着くぜ」
「よ、よしぃ……ッ! フフフ、ついに、ついにだぁ!」
歓喜に歪むルシフの表情に苦い笑みを浮かべながら、彼女は目的の場所へと行く。
なぜかその場所だけやけに涼しかった。
砂漠の暑さがその場所だけ繰り抜かれたように冷えていて、汗が一気に引いたのだ。
尋常ではない気配を感じると共に、周りを見渡すと、そこには石造の柱や岩壁が散乱しているのがわかる。
「ここは……?」
「ちょっと待っとれ」
またもや指で乾いた音を鳴らす。
すると、巨大な筒状のものがどこからともなく目の前に現れ、縦に割れるように開いた。
アルマンドが入るよう促す。
ルシフは唖然としながらも中へ入った。
2人を包み込むように閉じると、しばらく振動と微音が響いてくる。
「おい、これは一体……」
「ん? まぁ気にすんな。ホラ、ついたぞ」
チーン、という小気味よい音が鳴り響くと同時に、筒状の乗り物が先ほどのように開く。
この妙な乗り物にも驚きを隠せないのだが、開いた先に見えた光景にも目を見張った。
砂漠など影も形もなく、広がっているのは怪しげな工房。
仕事の際、魔術師達の研究室や工房には何度が入ったことがある。
だが、目の前のソレはそれらから遥かに逸脱しているのだ。
巨大な白い球体上の物。
常にうねりを上げる白い複雑な紋様を彩っている鉄の箱達。
妙な形状をしたガラスの用品に、いくつもある大きな透明の筒の中には、見たこともないような生き物達が、緑色の液体の中で眠っていた。
いや、これは生き物なのか?
ただわかるのは、ずっと目を凝らし続けて見ていいものではないということか。
明らかにこれはこの世のものではない。
これ等は全て魔女達の技術なのだろうか?
だとすれば、魔女と言われる存在は、通常の魔術師よりも遥かに卓越した叡智と力を持っているということになる。
異端に異端を重ねた者共の能力。
ルシフは改めて恐怖を覚える。
「オイ、こっちだ。ぼんやりしなさんな」
「あ、あぁすまない。……それで、ここでなにをする気だ?」
辿り着いた場所は先ほどと比べると少し狭い空間の部屋。
実験道具やそれにまつわる本だろうか。
山のように積み重なっており、異様な空気を孕んでいた。
「決まってんだろ? ここでアンタに最高の復讐道具を作ってやるってんだ。だが、必要なものがある」
「ん、なんだそれは、なんでも言ってくれ」
「そいつは重畳。じゃあ……アンタの剣とその鎧をよこしな。胴部分でいいよ」
アルマンドの要望に一瞬身が固まる。
この剣は復讐に必要な物。
そして、この鎧は我が一族の誇り。
手放すなど以ての外だ。
拒否しようとすると、アルマンドは彼の気持ちを察したように話す。
「ルシフ、もう剣や鎧じゃどうにもならねぇ相手だってわかってんだろ? アンタの半自殺行為を無駄にしたいってわけじゃあない。いいか? 復讐において最も重要なのは、"感情に支配されない"ことだ」
復讐という情念を維持するには感情がいる。
燃え滾る憎悪が、鍋を煮立たせ続けるようにその熱を維持するのだ。
だが、復讐という行為においては違う。
感情に身を任せれば強大であろうが、その分隙は大きくなるのだ。
相手がチンピラか三流の奴等ならそれで済むだろうが、相手は違う。
――――神話の英雄が如き勇者、そして戦乙女であり、神であり、そして世界そのものでもある。
凡夫な自分が挑むにはあまりに大きすぎだ。
だが、やらねばならない。
ルシフは少し考え、鎧の胴部を脱いだ後、腰に帯びていた剣を差し出す。
そうだ、もう立ち止まってはいられない。
あれからもう大分時間は過ぎているのだ。
ここは彼女に任せよう。
アルマンドは満面の笑みでそれらを受け取り、一端ルシフを部屋の外へと出した。
「2時間ばかし待ってな。"製造る"と"作曲る"の同時並行作業になると思うからよ」
そう言って部屋に籠り扉を閉めるや、爆発音にも似た騒音と叩きつけるような金属音。
ブツブツとした独り言等が部屋の外まで響いた。
一体中でなにが行われているのだろうか?
少しばかり気になったが、覗き見るのは不粋と考え、律儀にその場で待つ。
騎士である以上、何時間もその場で待機するなどよくあることと言ってもいい。
この程度、なんの苦でもないのだ。
そして時間は過ぎ、騒音や独り言がピタリと止んだ。
扉が開くと、アルマンドは汗と煤に塗れながらも一仕事を終えた職人のような笑みで出てくる。
「……出来たぜ、これがお前の復讐道具だ」
「これは……」
――――楽器だ。
形状はヴァイオリンに似ている。
デザインは禍々しく、人骨を束ねたような慄然たる雰囲気。
剣と鎧を用いて作ったのだろうというのは想像に容易い。
だが、それだけでは作れないはずだ。
「……アンタの憎しみを存分に浴びたその鎧と剣。それを鋳溶かして、魔術で錬成。コーティングは……あー、知らない方がいいな。他にも色んな材料を使わせてもらったよ。この時代や、この星にはないような、な」
「そ、それはありがたいが……。私にこの楽器を弾けというのか?」
「弾き方はヴァイオリンとほぼ一緒だ。だが、これはただの楽器じゃねぇ。いいか? 凡人だろうが勇者だろうが神だろうが、美しい音色が聞こえれば否応なしに耳を傾けちまうもんだ。これはな、持ち主の憎悪や復讐の念に比例して、悍ましくも美しい音色を奏でさせる」
「私に、音楽を? いや、確かにヴァイオリンは弾けなくはないが……」
「そうだ。例え魔術による防護をしていようが鼓膜をぶち破ってようが、それは音として人間の魂に響く。つまり、加護だの異能だのは一切通用しない」
「ほう」
「――――この楽器の名は『ムラマサ』だ。……そして、オレが作曲したコレ。この宇宙に2つと無い調べだぜ?」
そう言って譜面をルシフに渡す。
確かにヴァイオリンの譜面だ。
だが、そこに書かれている旋律は正直直視したくない。
地上におけるヴァイオリンのそれとは一線を画していた。
深く見ようとすると、この譜面の中に取り込まれてしまいそうな感覚に陥る。
「見慣れない文字で書かれた題名があるが……これは?」
「――――【自らの行いはいつか運命となって返ってくる】 俺の生まれ故郷に古くから伝わる諺だ。一般的には因果応報って知られてるな」
「この曲を覚えればいいのか? 本当にこんなもので、奴等に復讐出来るのか!?」
「疑ってるな? まぁまずはやってみろ。そして完璧に覚えろ。これはアンタの為に作ったものだ。アンタの憎悪がその旋律に命を吹き込む……」
正直悪ふざけかと思ったが、他に手段などない。
半ば自棄気味に演奏を始める。
――――確かに美しい、背筋が凍るほどに。
一瞬でも気を抜けばこちらの魂が抜き取られるのではないかと思えてならない。
自らの内に秘める憎悪と悲しみが音色と共鳴し、魔楽器ムラマサから流れる旋律が、更なる色気と怖気を帯びていく。
この調べはまさに悪魔の如き。
本来ただの人間が弾いていいものではないとわかる。
(アルマンド……この曲は確かに表現している。私の怒りと悲しみを……。不思議だ、自然と指が動く。音色が私に馴染んできた。まるで私の心と同じように、この魔楽器が魂の一部と化していくのを)
――――そして、理解した。
この魔楽器はただ調べを奏でるものではない。
音色を聴かせた者に、強大な影響を与えるものだ。
それは演奏者の内に秘める憎悪の念がエネルギーとなる。
そのエネルギーが旋律となって、憎き聴き手を思うがままに死に至らしめるのだ。
――――この楽器と調べには、それほどに強大且つ邪悪な力が宿っている。
これならヴェニンと言えど、最早、愛する神の手の届かぬ場所まで、死に送ることが出来る。
幾度も繰り返し演奏してきて徐々に使い方が分かってきた。
「……もう使いこなすとは、どうやらオレはアンタを見くびってたらしい……ッ!」
ルシフの傍で演奏を聴いていたアルマンドは呟く。
平気な顔をして聴いている辺り、やはり魔女であり創作者。
だが、目の前の成果に歓喜し今にも飛び上りそうだ。
この男の憎しみの念は計り知れない。
彼女でさえ、これほどまでの力を発するとは思っていなかった。
(さぁ、ここからがフィナーレだ……)
嗚呼、美しくも悍ましい我が旋律にして憎悪。
数多の天使の翼を焼き砕き。
数多の聖者の頭を抉りとる。
この願いと復讐の為ならば、最早人生の虚無すらも黄金色の1人舞台へと変わりゆくだろう。
切り裂いてくれよう。
叩き壊してくれよう。
焼き消してくれよう。
神に嘔吐を。
神聖に災いあれ、と。
そして。
――――私の愛に、追悼を。
最後の演奏練習。
一気に最初から最後まで弾き終えた。
短時間で完全にモノにするという荒業。
それをずっと見守っていたアルマンドの、惜しみない拍手がこの工房中に響く。
「……出来た」
「あぁ! こりゃいけるぜ。使い方は……もうわかるな?」
「……行こうアルマンド。奴等との"最終決戦"だ」
ルシフの表情は最初の頃とはまるで違っていた。
悪鬼羅刹が如き憎悪を身体から迸らせながら、目力に更に拍車がかかっている。
――――今、完全なる復讐鬼が誕生した。




