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覚悟

 フィリア王国、その国境を越えた所にある高原

 気づけばルシフは広大な大地を目の前に佇んでいた。

 夜闇の中に王国の街の明かりがポツポツと遠目に見える。


「よう、お疲れさん。どうだい、馬使よかずっと速ぇだろ?」


「アルマンド……これは、お前の魔術か?」


 満足気に頷く彼女は、腰につけていた水筒を取り出し蓋を開けた。

 この香りは水ではない、酒だ。

 彼女は徐に口をつけ、グイグイ飲み始める。


「……フゥ、アンタも飲みなよ。ほれ」


「……いや、結構だ」


「遠慮すんなって。あ、間接キッスとか気にする系? かっはー初心だねぇ!」


 コイツは酒を飲まずとも陽気に酔える術にかかっているのではないのか。

 ふとそんなことを考えながら、王国をしばらく見つめる。


「これから、私は自らの復讐に命を懸ける。なんとしてでも……この憎しみと恨みを晴らし、断ち切らねばならん」


「おー、熱いねぇ。……だがよ、その憎しみを晴らすってぇ算段はついてんのか?」


 アルマンドの問いに言葉が詰まる。

 算段などない。

 勇者といい戦乙女といい、自分から見れば化け物のような強さだ。

 真っ向から攻めても返り討ちにあう。

 

「なるほど、まだついてねぇみてぇだな」


「そうだな。アルマンド、お前の魔術で私を強くは出来ないか?」


「出来ないことはない。だが……」


「なんだ?」


 アルマンドの飄々とした表情が一気に固まる。

 先ほどまでとは違い荘厳かつ冷徹な顔だ。


「……アンタ伝説を知らんのか? ――――アイツは不死身だぜ」


「……え?」


 驚愕の事実を知らされた。

 奴の力は確かに尋常ではない。

 だが、不死身という特性があるのは初耳だ。


「まぁ、アイツの武勇が前に出過ぎてるからそこまで知られてないかもな。神の加護で言えば戦乙女を遥かに凌ぐ。心臓をぶっ刺されようが脳みそ破壊されようが即時再生。……奴はいずれ神の座へと行く男として預言にもある存在だ。例えなんらかの方法で死んじまったとしても、奴はもう1度この世界にて生を受ける。何度でもな」


 まさに神の如し存在。

 強く、勇ましく、そして不死身だと?


 これではまるで神話の英雄ではないか。

 力を付与し攻めかかった所で、奴の強さの前には敵わない。

 

 ではこれはどうだろう?

 ヴェニンにかかっている神の加護を取り除くというのは……。

 

「それも出来んことはない、が……それで勝てるとも限らんよ? なにせあっちにゃ戦乙女もいる」


 そうだ。

 あちらには一騎当千の戦乙女がいる。

 ずっと彼女の後ろにつき、戦場を駆けまわってきたが、あれは最早修羅だ。

 到底自分の敵う領域ではない。

 例え彼女に付与されている神の加護を拭い去っても、元々の才能が違う。


「じゃあどうすれば……どうすればいいんだ!?」


「……奴と同じ、いやそれ以上の……不死身の化け物にしてやろうか?」


「で、出来るのか?」


「オレを誰だと思ってる。神に出来たことが、魔女に出来ないとでも?」


 不死身で強く……。

 今のルシフにとっては喉から手が出るほどに欲しい力だ。

 この魔女はそうするだけの力がある。

 まさに異端の存在。

 

 だが、ルシフは思いとどまった。


 確かに欲しい。

 奴を上回る力を以て、奴の全てを破壊する。

 

 しかし、そんなものでは最早足りない。

 力に対し力で崩した所で、得られるのは一時の気の晴れだけだ。

 これは、自分が望んだ復讐の形ではない。



 そんなチープなものでは満たされないッ!


「非常に魅力的だが……断るよ。第一、殺した所でまた蘇るのなら、結局は同じことだ」


「だが、どうすんだ? このままじゃあアンタは復讐を成し遂げられない。そればかりか途中で御縄になっちまうのがオチだろうぜ?」


 アルマンドの言う通りだ。

 四の五の言ってはいられないのはわかっている。

 だが、復讐である以上、我が一族が受けたこの屈辱は果たさねばならない。

 それは力任せだけで解決出来ることではないのだ。


「凡夫な私では、彼等の足元にも及ばんのだ。……だが、どうしてもこの復讐は成し遂げたい。そして、ヴェニンに直接問わねばならぬ!」


「……義妹の居場所をか?」


「フン、どうせ教える気はないのだろう? ならば本人に聞くまでだ。……しかし、どうすればいい。このままでは……」


 折角城を抜け出したというに、これでは手も足も出ない。

 その姿を見たアルマンドはしばらく黙っていたが、あることを切り出す。

 それはルシフの"覚悟"を問うものだった。


「アンタ、世界を捻じ曲げちまう覚悟はあるか?」


「世界を……捻じ曲げる?」


「そうだ。勇者の不正を世に晒すとか、神の加護をなくすとか……もうそんなレベルじゃアイツは止まらねぇし、効き目なんてねぇ。当然だ、それだけ勇者の力は強い。それこそ……世界全てを自分に注がせるほどにな」


「わ、わかっている。だが、それと世界を捻じ曲げるというその考え……一体なんの関係があるんだ?」


 アルマンドは戸惑うルシフに歩み寄り、そっと彼の鎧の胸の部分に手を添える。

 優しく白銀を撫でながら薄ら笑いを浮かべて、彼の顔を見上げた。


「いいか? オレに限ったことじゃないが……魔女ってのは大抵未来も見ることが出来るし、行くことも出来る。もしも、このまま勇者が生きていれば、長らく続いた戦争の世は終わりを迎え、平和な世界へと至る。そこでは誰もが勇者と加護を与えた神を崇拝し、いつしか彼奴等が世界全てを統括する時代が何千年と続くわけだ。……意外だろ?」


「う、うむ……。だが、あのヴェニンがそんな世界を創るとは信じられんが……」


「まぁ言えてる。だが、だがよだぜ? もしも、アンタが奴を殺すことに成功した場合どうなるか? 考えたことはあるか? ないよな? 全てではないが掻い摘んで教えてやる」


 勇者ヴェニンを完全に抹消した後の世界……。

 戦争の抑止力を失ったことで、世界は更に混迷へと至る。

 世界がバランスを大きく崩すのだ。

 そこから本来の未来とに強大な摩擦が生まれる。


 起こるはずのない天変地異が起こり、戦争は今以上に加熱していく。

 決して生まれてはならない存在が生まれ、過度な文明の発展が世界を蝕んでいくのだ。


 本来あるはずのない争いが。

 本来生まれてはならない思想が。

 本来創造されてはならない発明が。

 本来あるべき姿の形を完全に逸脱した宗教が。


 世界を徐々に破滅へと追い込んでいく。


 

 アルマンドは全てを語ったわけではない。

 そして、不思議とこれらを嘘と断じることは、ルシフには出来なかった。

 そんな彼にアルマンドは更に問う。


「――――出来るのかアンタに。自らの復讐の為に世界の未来を大きく捻じ曲げる覚悟があるか? 義妹を救う為に、世界を破滅へと追いやる覚悟は……アンタにあるか?」


 鎧から手を離し、スルスルと少し離れるアルマンド。

 だがその瞳は宝石のように輝かしく純粋で、自分の全てまでもを見通してるかのようだった。

 ――――ルシフは考える。

 ヴェニンに全てを注ぐこの世界と、我が復讐そして義妹の救済。

 天秤にかけることは自分に出来るか?



 ――――否。

 答えなど、すでに決まっていた。

 ただ方法がわからないだけだ。

 たったそれだけ。

 覚悟など、とうの昔に出来ている。


「……語るに及ばず! 私の目的は、如何なる障壁に阻まれようと、なにも変わりはしない! だから、頼むッ! 力を貸してくれアルマンド! お前の力が必要なんだ!」


 ルシフに迷いはない。

 この復讐を果たせるのなら、義妹を救済出来るのなら。


 魔女だろうが悪魔だろうが……。


 なんだって契約してやる。


 信仰など糞くらえだ、と。


「……素晴らしい。いい面構えだ騎士さん。……いや、ルシフ、だったか? オーケイ、協力してやる。……よし、早速だが良い手段がある」


「本当か!?」


「……その為には、ここから遥か南にある巨大な砂漠を渡らなきゃならない。アンタに、この復讐に最も適した物をプレゼントしてやる。これ以上ないとびっきりのな。ルシフ、覚悟はいいな?」


「あぁ……ッ!」


 拳を握り、咆哮する。

 そして彼女の案内の元、南へ南へと渡っていく。


 

 ――――砂漠。

 そこで一体、彼女はなにを見せようというのか?

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― 新着の感想 ―
[一言] 人型ゴミがおらんだけで世界が混迷に陥るというならそもそも人型ゴミに加護を与えた神が悪い
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