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慟哭、そして魔女

 礼拝堂の内部にある、ステンドグラスに描かれた聖人達。

 壁に彩られた天使と楽園の絵画。

 

 雲が晴れた空から月光が降り注ぎ、ステンドグラスに反射してより敬虔な美しさを、空間に醸し出していた。


 だが、今のルシフには、呪われた密室に過ぎない。

 いるだけで息苦しくなる。

 だが、すぐに脱け出すわけにもいかない。

 外では兵士達が自分を探し回っている。


 そんな状況下、ルシフは礼拝堂の神の像にずっと力なく跪いていた。


「あぁ、神よ……私はアナタの教えを守り……国の為に尽くしてまいりました。今日まで私は誰よりも戦乙女ユーリナを愛し、そして義妹サウレを大切にしてきました。なのに……なのに、なぜ? なぜ我が運命にこれほどの重い枷をお付けになる?」


 涙で溢れ、最早像を見ることもままならない。

 あまりにも理不尽な仕打ちに、頭が狂ってしまいそうだった。

 

 恋慕と悲しみの炎が心を蝕んでいく。

 彼女達とのささやかな日常の思い出が、炎によって踊り消えていった。

 失いたくないものからどんどん、まるで天へと還っていく魂のように。


 なんということだろう。

 サウレを殺され、勇者へと心変わりしたユーリナ。

 そんな彼女が憎い、憎いはずなのに……。


 ――――今尚、自分は彼女を愛している。


 かつて自分に向けていたあの微笑みと、先ほど見た発情の顔が脳裏で重なり合い、胸の内を激しく引き裂こうとしている。

 度し難い感情だ。

 これほどの仕打ちにあって尚、自分は愛を捨てきれないとでもいうのか。


「う……ぐぅぅう……」

 

 ユーリナの快楽に支配された叫び声が。

 サウレの自分に助けを求める声が。


 この無力なる騎士の脳内を幾度にもわたって反芻した。

 その度に悲しみの炎が強くなり、やがてそれが幻覚となってこの身を焼き潰していく。


 この幻覚によって数多の聖者と天使が現れた。



 彼は自らの無実を訴える。


『汝、罪也』


 全ての聖者が指を差してルシフを責める。

 悪いのは勇者の方であると異議を唱えた。


『汝、万能の父の意志に逆らう者也』


 全ての天使が怒号を上げる。

 ならば、自分のみを裁くべきだ。

 他の者は関係がない、自分という存在そのものが主のお気に召さないなら、その手で殺してくれと。


『汝、永遠の苦しみを味わいながら死す者也』


 否、否、三度否ッ!

 悪いのは自分ではないッ!

 

 全ては力があることをいいことに悪事を働くあの男だ。

 そして……その男に心変わりした、……戦乙女。


「あぁああぁあああぁッ!!」


 怒号を自らの腹の中から張り上げ、幻覚全てを取り払う。

 それと同時に、深い絶望に見舞われた。


 救いの神は……勇者ヴェニンを優先する。

 その使途達も、世界の救済の為ならば、奴の悪道にも目をつむるのだ。

 今、世界の全ては、勇者ヴェニンに注がれている。


「神よ……その使徒達よ……。そして、純潔にして清廉なる聖母よ。……私を悪となじられるなら、どうか私に……それに相応しい力をお与え下さい。地獄の炎すら生温い……その大いなる怒りを以て、私をいっそ……悪魔にでもしてくださいッ!」


 四つん這いの状態になり、項垂れる。

 メラメラと燃え上がる怒りと溢れ出る涙が、礼拝堂の床をグチャグチャに濡らしていった。

 

 


 耳を澄ませてみると、兵士達の声が近づいてくるのが分かる。

 そこまでして自分を罰したいか?

 そうまでして勇者ヴェニンを優先したいか?

 自分が抱いた祈りや想いは……奴等にとっては彼岸の彼方にあるものでしかないのか?


 ルシフは覚悟を決めた。

 剣の切っ先を喉元に向け、自決をはかる。

 悔恨の涙が止まらぬ中、サウレのことを思った。

 ――――もっと……もっとそばにいてやればよかった、と。


 悲しさと悔しさが胸中で暴れだす。

 それは留め無き涙となって、鎧と地面を濡らしていった。

 

「すまない……不甲斐無い義兄で……。私は……これより地獄へと堕ちる。愚かで無能なこの私を……許してくれとは言わない。……ごめんな、助けてやれなくて」


 目を閉じ、柄に力を込めて喉に切っ先を突き通そうとした。







「オイ、本当にここで死んじまっていいのか? お涙頂戴の捨て台詞はいいが、生憎それに拍手してやれんのはここにいるオレだけだぜ?」






 突如、女の声が聞こえた。

 乱暴でガサツな言葉遣い。

 だが、それはどこか深淵からくるような嘲笑が混じったような恐ろしさを孕んでいた。

 それに、"ここ"とは?

 この礼拝堂には隠れる場所もないはず。


「アンタ昼くらいに中庭にいたよな? オレのこと覚えてる?」


 神の像、その床に映った影からそいつはヌラリと現れた。

 褐色の肌に銀色の髪、銀色の踊り子衣装の若い女。

 昼間に城の屋根の上で微睡んでいた奴に違いない。


 その場に跪いているルシフを見下ろすように、神の像に飛び乗った。

 突然有り得ない場所から現れ、軽やかな身のこなしを見せる彼女にポカンと口を開けたのは言うまでもない。


「なんだよノリ悪いな。まぁいいや、話の続きだが……ここで死ぬのかアンタ?」


「な、なんだお前は……一体誰だ」


「あー……そこからか。まぁ自己紹介は大事だよな」


 そういって神の像から飛び降り、ルシフの前に立つ。


「オレの名は《アルマンド》、……報復と慟哭を司る"魔女"だ」



 突如目の前に現れた魔女を名乗る女。

 これは神の慈悲か、それとも悪魔が遣わした使徒か。

 

 アルマンドとの出会いが、この世全ての運命をひっくり返す――――。



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