#8
4月3日。
私はいつもと同じようにスマートフォンの目覚ましで目を覚ました。
最期の朝ごはんをしっかり味わって食べて、身支度を整える。
人語を話すクマのぬいぐるみも一緒に通学鞄に入れると「痛いよー」と言われたけど、その時までちょっと我慢してもらおう。
「行ってきます」
「気をつけて行ってらっしゃい!」
お母さんが手を振って見送ってくれた。
ごめんね、お母さん。
これがお母さんにとって最期に見る私の姿となったのだから。
†
高校入学からいつも歩いてきた通学路。
家から出るといろんな学校の生徒からスーツ姿のサラリーマンが通学、通勤している。
徐々に私が通っている高校の生徒だけに絞られてきた。
校門を潜るとクラス替えの掲示板を眺めている多くの新2年生と3年生の姿。
私は自分の新しいクラスを確認せず、その人だかりから避けて1年生の時に使っていた下駄箱から上履きを履き、外履きは手に持ち、校舎に入った。
「クラス替えの掲示板、見なくてよかったの?」
「命が短い私が見ても意味ないもん」
「そうだけどさ……これからどこに行くの?」
「……屋上……」
私は何も考えずに屋上に向かう。
クマのぬいぐるみはいつの間にかに通学鞄から顔を出しており、普通に話しかけてくる。
しかし、すでに誰もいないところだったため、不審人物だと思われずにすんだ。
屋上に着くと、クラス替えの掲示板を眺めている生徒がたくさんいる。
必ずや誰かの視界に入るところで命を落としたかった。
それが私の本当の望み――。
私が書いた遺書の上にボイスレコーダーを置く。
なぜボイスレコーダーを使ったのかというと遺書が風で飛ばされた時のために同じ文面を録音しておいたから。
私は下を見る。
芝生はなく、コンクリートが敷き詰められ、割れたところに雑草がちょろっと生えている程度。
「私はもう何も後悔してないよ」
「ここから飛び降りるの?」
「うん」
「なんか注目され始めてるけど……」
「……え……?」
人語を話すクマのぬいぐるみが「下を見てごらん」と言われた。
「なんだ、なんだ!?」
「なんか、屋上に人がいるぞ!」
「ほんとだ」
「新年度早々、縁起悪いって!」
「ちょっと待って!?」
「止めなよ!」
クラス替えの掲示板を眺めていたらしき生徒が私を見てざわつき始める。
心配してくれている名前も知らない人、ごめんね。
でも、私は覚悟を決めているから後戻りはしないよ。
「さようなら」
私はクマのぬいぐるみと一緒に屋上から飛び降りた――。
2025/10/07 本投稿
次回、「case4」及び本作品全体の最終話です。




