#16
その光景を見ていたわたしは彼の顔を見ていられなかった。
なぜならば、今の彼は嬉々とした表情でわたしに嫌がらせされた看護師たちにメスを入れていくから――。
「なんだなんだ!?」
「何事だ!?」
血の臭いが漂うナースステーションに偶然、医師が通りかかった。
彼らは何かのドラマの撮影だろうと言いながら見ていたが、あまりにもリアルすぎるため、彼の動きを止めようとする。
「おい、止めろよ!」
「ここは撮影現場じゃないからよー」
「その点は承知しております」
「ならばなぜ?」
「彼女のためです」
「おい、この中でコイツとつき合っている奴はいるか?」
「「………………」」
その質問に対して、わたしはもちろんのこと、誰も反応しなかった。
依頼主であるわたしは堂々と手を上げたり、「わたしです!」という勇気が持てない。
「仕方がありませんね……今回はこのくらいにしておきましょう」
彼は例の看護師達の亡骸を軽く蹴りつけ、事態は収束し、そのあとの後始末が大変で午前中はそれだけで終わってしまった。
†
午後は何事も起きなかったけど、午前中の業務が立て込んでしまった分、慌ただしく過ぎ去っていった。
本日もわたしは定時上がりで最後の出勤。
「き、今日はありがとう……」
「こちらこそ。覚悟はできてますか?」
「できています。旦那も早めに帰ると張り切っていましたから」
本来は明日から産休及び育休に入る予定だったが、このような形で最期を迎えるのは偶然だろうか? それとも必然だろうか?
「では、ベッドに横になってください」
「はい」
「まずはあなたのお腹の赤ちゃんを取り上げます。よろしいですか?」
彼はベッドに横たわっているわたしに問いかけた。
わたしはその問いに頷く。
「部分麻酔を投与してから始めますね」
わたしは軽く瞳を閉じた。
カチャカチャと医療器具を置く音が耳に入ってくる。
わたしが今まで過ごしてきた年月を振り返ってみると、いろいろなことがあった。
そういえば、小学校の頃の初恋の人は元気にやっているかな?
中学校の頃の担任の先生は私が高校に進学したあと結婚したみたいだけど、仲良くやってるかな?
この人生で1番嬉しかったことは国家試験に合格して、憧れていた小児科のNICU(新生児特定集中治療室)に配属され、慌ただしくもあり、赤ちゃんの成長を見届けてきた。
楽しい時も仕事が大変な時も悲しかった時もあったけれど、すべてひっくるめていい思い出!
今の旦那と出会い、愛を育んできたわたしと彼の赤ちゃんが今、元気に生まれようとしている。
「おめでとうございます。可愛い女の子ですよ」
「ありがとうございます! 可愛い!」
彼の手の中で赤ちゃんの産声があがった。
「生まれたのか?」
「おや? 旦那様、お帰りなさいませ。先ほど奥様は元気な女の子を生まれました」
「ありがとうございます!」
だけど、2人ともごめんね。
わたしはお腹の赤ちゃんを生んでから、さよならしなきゃならないの。
じゃあね。パパと仲良くね!
†
私は切ったお腹を縫い終えたが、彼女の心臓の鼓動が感じられる。
ドクン、ドクン……と規則的に脈打っていたが、次第に弱くなってきた。
「そのまま寝かしておくかどうするか……それが問題だ」
私が考えている間に彼女は息を引き取り、私と彼女の旦那様が会った記憶も綺麗に消去し、彼女の家から去った。
今回で第3章にあたる「case3」は完結です。
次回更新分より第4章「case4」に入りますので、お楽しみに!
2018/01/06 本投稿




