#10
彼女が更衣室で着替えている時、私は廊下で待機していた。
そこから弁当袋を持った医師や看護師がぞろぞろと出てくる。
「まだですかね……」
私はぽつりと呟いた。
たとえ、私が独り言を言ったとしても彼女以外の人間には私の姿は分からないことになっているため、私がどんなに大きな声で叫んだとしても周囲は気づかず、彼女だけが聞き取ることができる。
そして、例外も存在するが、いずれは分かってしまうものなので、ここでは伏せておくことにしよう。
「そういえば、意外と早く契約の答えを出すとは……」
昨夜はあんなに嫌がっていたのにも関わらず、意外とあっさりと決まってしまったものだ。
「彼女は今後どうなるかは分からないのに……」
私は思わず苦笑してしまった。
そのタイミングを見計らったかのように、彼女が更衣室の入口からひょっこりと顔を出す。
「なーに1人で笑ってるのよ?」
「更衣室は騒がしいのに、よく私の声が聞こえていましたね?」
「それはそうよ。他の人はお弁当を持って食堂に行ったりしてるんだから、ほとんど更衣室にはいないし、あなたの独り言は丸聞こえだよ?」
「そ、それは失礼」
「大体、こんなところで1人でぶつぶつしゃべっているわたしが恥ずかしいし、変な目で見られそうだから、ここから出よう」
「そうですね」
やはり、彼女は周囲の目を気にしているようだ。
確かに相手が見えておらず、1人でしゃべっていると幻覚だと思われてしまうことが恥ずかしいのだろう。
あれから私達は彼女の家に着くまで会話を交わすことはなかった――――。
†
「ところで、詳しい説明は?」
彼女は私に問いかける。
そのことをすっかり忘れていた私は「せ、説明ですね」と最初に何を言おうか悩み始めた。
「――私とあなたは契約を結んだということは何か察しませんか?」
「いや……って、分かるわけないでしょう!?」
「……デスヨネ……」
彼女にそう言われると思っていた。
私はきちんとした内容を告げていないので、仕方がない話である。
「わたしとあなたが契約したということはきっと、「あなたは異世界に行って勇者になってください!」という話じゃないよね?」
彼女は突然、ファンタジーじみた話を持ち込んできたが、私は「いいえ、全く違いますよ」と答えた。
その答えを聞いた彼女は「えっ!?」と驚いたような表情を浮かべている。
「私達は……」
「わたし達は……?」
私達は互いの顔をじっと見つめ合い、私は彼女にこう言った。
「私達は死の契約を交わしたのですから」と――――。
2017/12/23 本投稿
2018/01/06 誤字修正




