#9
わたしは先生のおかげで休みながらではあるが、仕事をすることができた。
午前だけの勤務は意外とあっという間だったような気がする。
「今日は休みなのにも関わらず、出勤してくれてありがとうございます!」
記録を書き込み、忘れ物がないか確認してから職場から離れようとした時に後輩達が声をかけにきた。
「いえいえ。いいのよー」
「赤ちゃんの様子を見て回るのになかなか手が回らなくて……本当に助かりました!」
「わたしはあまり役に立てなかったかもしれないけどね」
「とんでもないですよ! すぐに赤ちゃんの変化に気づいてくれましたし、ミルクも飲ませてくれました。それだけでも大助かりです」
「わたしもそう言われると嬉しいよ」
彼女は入社3年目のまだまだ若手の看護師であり、真面目でいい子。
その後輩はわたしに憧れてNICU(新生児特定集中治療室)に配属の希望を出し、幸いにもわたしが教育係を引き受け、必死になってついてきた頃を思い出すとなんだか懐かしいと感じる。
「あとは私達が頑張りますので、先に上がってください」
「そうだよ。上がって、上がって!」
主任さん達にこう言われてしまったので、「すみません。お先に失礼します」とお言葉に甘えて上がることにした。
†
実際に職場の人間関係は良好なのか否かは分からない。
先ほどの後輩看護師や先生のように妊婦であるわたしを受け入れてくれる人がいれば、嫌がらせをする人がいる。
世の中には本当にいろんな人がいるのだから仕方がない話ではあるが――。
わたしはそう思いながら更衣室まで、ゆっくり歩いて向かう。
その途中で例の彼が更衣室の入口付近に優雅に手を振りながら待っていたのだ。
「妊婦さんにとって、優しくない職場ですね……」
「確かにそうですね……って、なんでこんなところにあなたがいるのよ?」
「あれ、バレちゃいました?」
「すでにバレバレだから!」
「すみません。朝からずっと病院内にいました」
「そんなのは知ってるから!」
この光景は周囲からだとわたしが1人で話しているため、怪しまれたりすると思われる。
しかし、おそらく彼は周りには見えず、わたししか見えない存在かもしれない――。
「ところで、例の件はどうなりましたか?」
最初はなんのことだっけ? と思っていたわたしは「例の件?」と聞き返してしまったが、次第に話の内容を思い出し、「ああ、あれか」と呟いた。
彼はそっと頷き、例の契約をするか、しないかの話を振る。
「お、お願いします」
「分かりました。では、家に着いたら詳しい説明をしましょう」
決められた時間までに答えなければ強制的に契約を交わされるのならば、今のうちに答えた方が断然いい。
わたしは「はい」と答え、更衣室の中に入った。
2017/12/16 本投稿




