21 繋がり
マリスは花々の咲く庭の中で、朝見ていた百合を再び見つめていた。
エリカは大丈夫だろうか。
頭はそんなことを考えている。今朝、この庭で愛を恥ずかしげもなく語る彼女は、とても可愛らしかった。
サイラスを受け入れる気のないマリスのことを、それでいい、と肯定する強さや、一生片思いでも、想う人がいるということは幸せなことだ、と言えるしなやかさは、眩しかった。
マリスを受け入れるエリカの優しさに、後ろめたい気持ちになるほどに。
「すみません、あの、こんなことになって」
青年の声に、マリスは「ああ、いえ」と素っ気なく答える。
マリスの後ろには、騎士団の中で一番若いであろう新入りのような、まだどこかあどけなさすら感じる男が立っている。確か、バートと名乗っていたような気がする。
庭にはマリスと、バートの二人しかいない。
話は十分前に遡る。
地下から戻ってくると、何を思ったのか、騎士団のまとめ役の男が「是非献血に参加してみたい」などと言い出した。
バートを押し出して、彼が受けるのを全員が興味深そうに見学し、採血を終えると、残りの者達も受けたいので、バートだけが先にどこかで待っているように、と言い渡された。もちろん一人での行動など許されないので、仕方なしにマリスが監視をする形でこうして庭へとやってきたのだ。
簡単にいうと、流れるようにスムーズにお見合いへと移行されたわけだった。
「……綺麗なお庭ですね」
「どうも」
他愛ない話で沈黙を埋める。
バート自身にもその気がないことは、こうしてマリスを恐れるような距離とどうでもいい会話の展開でわかる。しかし、元々が良心的な青年なのだろう、ものすごく気をつかっていることがわかったので、マリスは仕方なく適当な会話を投げかけた。
「……視察は今日が初めて?」
「あ、はい。そうです。綺麗なところですね。とても不思議で」
あまりにも嘘のない声で言われて、思わずマリスは後ろをちらりと見る。
ほっとしていた表情が、マリスと目があって照れたように頭を掻いた。
なんというか、新鮮な反応だ。
思わずマリスの目が丸くなる。
花聖院に来る人々は、皆穏やかではあるがこういう純粋無垢とは少し違う。そもそも青年が来ることも少ない。
マリスの周りにいるのは、ただただ穏やかな見目麗しい父と、凶暴なほどに美しい、ストーカーもどきの吸血鬼だ。
素朴な相手に、マリスは毒気が抜けていくのを感じた。
「あなた、騎士団でやっていけてるの?」
思わず聞けば、バートはふにゃりと笑った。
「団長のことですよね? あの人、すごく怖いし、潔癖なところがありますけど、割と面白い人なんですよ。お酒を飲めばひょうきんですし」
「……そう?」
ものすごく高圧的に見えたマリスが怪訝な顔を隠さずに言えば、バートはさらに笑って何度も頷いた。
「まあ、本当に怖いんですけど、そういう役割を担えるだけで尊敬に値します。騎士団に在籍しているのは孤児ばかりで……力で統率しなければならないので」
家族のいないもので構成されることに意味があることは、歴史を思えば理解ができた。
マリスは、彼らが自分たちを知らないように、自分自身も彼らについて何も知らずに来たことを思い知る。
何も知らない方がいいこともあるとわかっていても、マリスは知りたい衝動を抑えられなかった。
「聞いてもいい?」
「なんでもどうぞ。答えられることだけですけど」
「……騎士団は、吸血鬼をどう思っているの?」
どこかで見たような嫌みのない笑みで、バートはマリスの不躾な質問に答える。
「特に何も」
その言葉に嘘はなさそうだった。
「騎士団としての考えも、僕一人の考えとしても、そうです。彼らはもう人間を襲わないし、人間も無理に彼らを引きずり出して倒そうなんて思っていない。平和になってもう長い時間が過ぎて、お互いの協定と関係性に慣れたからこそ、血液の提供者もいるんですし。名残はこうして存在しますけどね」
「どうしてそう言えるの」
マリスが聞けば、バートが何故か不思議そうにした。
「……贄の娘のことを知らないわけではないでしょう」
「ああ」
そこで初めてバートは俯いた。
「それは……はい、あまりいい習慣ではないですよね」
「選ばなければならないときに、あなた達はそれに納得できたの?」
「正直に言えば、いいえ、です。いくら手厚く大事にされると聞かされていても、二度と妹に会えなくなるというのは辛かったものですから」
伏し目がちに寂しそうにこぼすバートの言葉に、マリスは耳を疑った。
「……妹?」
「ええ、今回、僕の妹が選ばれたんです。なにやら志願していたそうで……僕には説明もないままいなくなってしまったので、まあ、本音は納得できていないし心配です」
間違いない。
彼はエリカの兄だ。
マリスは今まさにここに彼の妹がいることを思わず口走らぬよう、口をつぐんだ。
「でも……そうですね、騎士団に身を置く以上は覚悟をしていました。非情ですが、もちろん妹にもそういう役目が来るかもしれないことを伝えた上で二人で騎士団の世話になったので、仕方もないのです」
厳しい言葉を使いながらも顔に陰りが出ないところや、覚悟の重さを、今朝も見た。彼ら兄妹はよく似ている。バートはマリスに軽やかに笑った。
「どこでも生きていけるタフな妹なので、大丈夫ですよ、きっと。ただ、兄として説得くらいはして欲しかったという部分で、納得できていないから心配なんです」
それでも、吸血鬼を憎くは思わないのか、とまではマリスは聞けなかった。
もちろん思うところはあるのだろう。
妹と二度と会えないのだから。
しかし彼は吸血鬼について「特に何も」と即答できるように心を整えてある。騎士団に身を置くものとして、そうあれるように心身を鍛えてきたバートに敬意を持って、マリスは余計なことは言わないようにした。
が、その配慮はまるで無駄になるように、庭に小さな声が響く。
「……ご、ごめんなさい」
エリカが、庭の入り口でそうっとこちらをのぞいていたのだ。
それもとてつもなく、居心地が悪そうに。




