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14 イバラ


 騎士団。

 人で構成された、王家直属の実力派の集まりであり、その歴史は古い。

 まだ人と吸血鬼の間に争いが絶えなかった頃、自衛の手段として発足したのがそれだ。花聖院はすでに存在していたが、どちらにも肩入れせず、中立と言うよりは双方の争いを完全に放置していた。関わることを全力で拒否していた「引き籠もり期」だ。


 その期間を突然脱したのか、それとも正義感の強い院長が誕生したのか、花聖院は「どちらにも属さないが双方の安寧のために尽力する」という志を掲げた。人側も吸血鬼側も長く沈黙してきた花聖院の覚醒にはひどく驚いたそうだが、争う歴史に疲弊していた双方はようやく拳を下ろすタイミングを得られ、話し合いのテーブルにつくことになった。


 それに最後まで抵抗していたのが騎士団だ。

 

 前線で戦ってきた中、一番犠牲を出したのが、騎士団やその家族だったからだ。その献身や功績を称え、騎士団は解散することなく存在し続けている。今は王家を守るための組織であるが、反面、新たな犠牲になっている側面もあった。


 始祖の血族にだけ許される「人から吸血をするために用意される贄」は、いつも彼らの家族の中から選ばれているのだ。



 だからこそ、今の騎士団の訪問はタイミングが悪い。

 身内から渋々送り出した「贄の娘」を捨てた当主が、花聖院の娘に求婚しているなど、もし知られていたら。

 


「あー、本当にもう来るならさっさと来ればいいのに」



 マリスが舌打ちをする。

 

 あれから二週間。

 音沙汰は全くない。

 ラーシュの情報が間違っていることはないので、騎士団が来ることは確定しているのだろうが、なんせ遅い。時間がかかればかかるほど、今の状況を向こうにも把握されていそうで気が気ではなかった。


「今日も来なかったねえ」


 本を読みながら、父が言う。

 マリスは父と二人、吸血鬼のための待合室でのんびり座っていた。

 

 一ヶ月の休みをもぎ取った母は、暇さえあれば隣にひっついているかと思ったが、マリスの予想と違っていつもよりキビキビと働いている。

 マリスのすることと言えば、地下の水瓶の為の浄化と、献血希望者の為の門の開閉、そしてこうして待合室で堂々と座っておくことだった。


 吸血鬼たちが入ってきて、マリスに驚き、フィンに驚く。

 どうやらこの二週間の間に、吸血鬼のコミュニティにはマリスのことがきちんと知れ渡ったらしい。彼らはマリスを観察してはいるが、何もしてこない。


「父さま」

「なんだい」

「私は見せ物になった気分よ」


 じろじろと観察してくる彼らの目は雄弁だった。


「ほら、あれが当主さまの薔薇の君だって」

「あー、噂の」

「そうそう……ちょっと違うな」

「でもまあ可愛い系ってやつじゃない」

「うーん、ちょっと違うけど」

「確かに」

「お前、間違っても触るなよ」

「触ると死ぬんだっけ」

「当主さまの呪いでな」

「下手なことも言えないな」


「全部聞こえてるけどーーー?」



 マリスが大きな声で言えば、吸血鬼たちがヒッと身を寄せて口を閉ざした。

 先週だったか、この噂が初めて広まった頃、好奇心旺盛な吸血鬼がうっかりを装ってマリスの手に少しだけ触れたことがある。

 途端に、全身にイバラの影が巻き付いて締め上げたのだ。

 たった少しの接触にしてはネチネチと締め上げたせいで、その吸血鬼は消耗したのか輸血をいつもの二倍受けて帰って行った。


 ラーシュや父へのそれとは規模が違ったのは、所謂サイラスの裁量に任されているかららしい。もう本格的にストーカーらしさが格段に上がっていた。

 


「マリス」


 輸血室から顔を出した母に呼ばれ、マリスは思い切り眉間に皺を寄せた。

 夜に母から声をかけられること、すなわちこの状況の元凶の来訪だった。






「やあ、マリス」


 完全隔離部屋に降りると、ソファでコートを脱いだサイラスがすでにくつろいでいた。ソファの隣をとんとんと叩かれたので、すぐさま向かいのソファに座り、マリスも足を組む。ついでに頬杖をついて、歓迎のスタイルの完成だ。


 二人の間のローテーブルには薔薇の指輪が二週間前のまま転がっている。

 サイラスは部屋をぐるりと見渡した。


「なんだか生活感が増してないか」

「ああ……父さまが使ってるの。本当なら昼間は院の自室で休んでいるけど、騎士団がいつ来るか分からないから、今は完全隔離部屋に昼は籠もっているのよ」

「騎士団が来るのか」

「そ、ラーシュから聞いた」

「他の男の名前を口にするなんて許せないな」

「私の口にもイバラをのばせば?」


 あれから二週間。

 サイラスが来るのはあれ以来だ。

 つまり、勝手に訳の分からない防御システムを仕込まれていたことを追求するのに二週間も待ったことになる。


「魔除けだ」

「少しは弁解とか謝罪とか、ごめんとか、すみませんとかないの?」

「ない。反省も後悔もしていないし、これから先もしない」


 言い切った。

 マリスが物言いたげに見れば、サイラスはにっこりと笑う。


「なあ、マリス。いくらフィンを帰しているからと言って、俺の想い人が君だと知れ渡った今、どれだけ対策をしても足りない。気が気じゃない。むしろ、それをしているから、毎日来ることを我慢しているんだ。本当なら二日に一回は」

「そもそもバレなければよかったんじゃないの」

「バレてしまったのだから仕方がない」


 すばらしい開き直りをしたサイラスに、マリスはもう口を閉じた。

 

「俺だって本当は完璧な再会を望んでたんだ。君にばれないように顔も隠してみたが、君を一目見るともうダメだった。会いたかったから。俺はずっと、ね」

「じゃあわざとじゃないのね?」

「黙秘する」


 マリスは盛大なため息をこれ見よがしに吐き出したが、サイラスはそれさえも愛おしそうに見つめて微笑んでいる。



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