犯罪 Ⅶ
「それではよろしくお願いしまっす、エデンさん」
「おう、こっちも宜しくなクルツ」
馬車は2台必要だった。当然ながら従者込みで人数はかなり多くなるからだ。貴族が7人、従者は5人、合計12人の大パーティーだ。これで移動するとなると馬車1台では足りなくなってしまう。だからここはそれぞれあまり交流のない相手と一緒に馬車に乗り、交流を図ろうという話になった。その結果、従者は主と同じ馬車に乗る事前提で、割合はこういう風に別れた。
1台目に十歌、アルド、ロゼ、シェリル2台目にリア、ソフィア、ティーナ。何でもこの集まりを開く事にしたのはアルドらしく、そしてこのメンツも政治講義に集まるメンバーらしい。本当であればもっと大きな集まりにしたかったが予定や派閥といった問題もあって集まれたのはこれだけという話になる―――まあ、実質的にアルドが避けられているという話でもある。集まったのは知り合いか、興味がある人か、或いは何も考えてない奴か。どちらにしろアルドの集まりでこれしか集まらなかったのだ、彼の人望の少なさ……いや、或いは王族の継承レースの現状というものが良く見えてくる。
ちなみに上の学年には第4王子もいるらしいので、それが拍車をかけているのかもしれない。何にせよ、そういう政治的な事にはなるべく関わらないのがベストだ。今回に関してはリアは純粋なピクニックとしか考えておらず、ロゼはコネを作るためのいい機会だとみている。取り入るならもっと上の王子じゃないかと思うけどなあ、なんてのは俺の考えだが、ロゼと俺の考えは違うから別の物が見えているのかもしれない。そもそも俺の政治知識は地球由来だ、この世界とは微妙にマッチしない。まあ、口を挟む事じゃない。
リアに粉かけようとした瞬間殺すが?
「あ、事前に言っておきますね―――お嬢様がご迷惑をおかけしまして」
「もう言うのかぁ……」
「いえ、その、何と言いまっすか……ウチのお嬢様は、ティーナさまはその大変エネルギッシュで、エキセントリックで、表現をぼかすとユニークな方でっすのでね? 思い込んだら一直線とも言えるタイプなので、その、割とフィーリングだけで行動するきらいがあるんす」
「猪突猛進で非常に気分屋、と」
「オブラートッッ!!」
クルツが声を張り上げてから声を落とし、振り返りながら馬車の中を確認する。当然ながら御者は俺とクルツだ。俺が手綱を握っているのは単純に俺の方が体力があって、動物のコントロールに自信があるからだ。貧弱一般人のクルツと比べれば当然、此方の方が体力面では能力が上だからこういう体力を使うもんは俺が担当すれば良いだろう。正面の馬車、1台目の方でどうやら現在御者をやっているのはあの巨漢の執事、ダンらしい。見た目とは裏腹にちゃんと従者としての技能を備えている辺りは流石公爵令嬢に仕えるだけはあるか。
俺の場合、動物に命令して動かしているので、正確に言うと操縦技術ではなかったりする。
「まあ、そこら辺は心配してないかなあ、俺は。リアは人と仲良くなる才能がずば抜けているからな」
「グランヴィル家の令嬢が、ですか? うーん、確かになんというか……どことなく庇護欲を誘うタイプの方っすよね。なんというか、優しそうな雰囲気を持った方で」
「うんうん。惚れたら殺すからな?」
「か、過保護」
いや、だが、まあ、リアのこの才能はマジで馬鹿に出来ないのだ。何せ、これまでにリアに対して悪心、敵対心を抱いた奴ってのは見た事がないのだ。これはもう一種の才能って言えるレベルだと思っている。実際、俺とかここまでリアを大事に、執着するとは思わなかったし。誰かを心の底からここまで愛せる様になるというのは中々不思議な感覚でもあるのだ。だからリアがクラスでは不思議ちゃんポジションに落ち着いて見守られている事には割と納得がいっている。
視界を正面に戻して微笑む。
馬車は門を抜け街道に沿って並ぶスラム街を出た。相変わらず景観を乱す酷い景色だとは思うが、抜けてしまえばもう気にしなくてもよくなる。微妙に古びた建造物を背後に街道を進み、ピクニックの目的地である丘を目指す事になる。馬車を引く二頭の馬もかなり穏やかで良い子達だ。これなら特に何か、問題を起こす事もなく到着出来るだろう。都会を離れて自然の中へと向かう……と言うには少々自然が薄いが、人混みから離れるというのは必然的に俺の心を軽くする事だった。
やっぱり大量の人に囲まれるというのは、どうにも駄目だ。こればかりは本能的な忌避感なのかもしれない。前世、完全な人間だった頃はそんな苦手意識が存在しなかったが、今ではちょっとした都会アレルギーみたいなものがある。そこまで深刻なものでもないのだが、それでも集団行動や生活には適さないな……と自分で思えてしまう。
「グランヴィル家は辺境出身の家って話っすけど、エデンさんもそうなんすよね?」
「あぁ、そうだぜ。辺境は良いぞ。ここみたいになんでも揃ってる訳じゃないし、探し物も中々見つかる訳じゃないし。少し移動すればモンスターだって出てくるし、生活するのだって大変だ。だけどあそこは良い場所だぞ」
「聞いてる限りはそこまで良い場所には聞こえないんっすよね……。ですけどエデンさんの顔見てれば中々楽しそうな場所だってのは伝わるっすわ。しかしよく辺境からこんな所まで来ようと思ったっすね。相当遠いっしょ、道中も危険ですし」
「道中はそんなに危険でもなかったな。俺がいりゃあ大抵のモンスターは逃げるし。ただ長距離移動ってのは結構疲れるもんだったな。たまーに自分がどっちを進んでるのか解らなくなるのが困ったもんだわ」
「あー、あるあるっすね。初めて行く地域とか地図を見てないとわからない奴。ウチのお嬢様がその場合良く適当な方へと突っ走るんで困るんすわ」
「そりゃあ困るわな」
それでもそのお嬢様に付き合っている感じ、相当この従者と奇行種の付き合いは長いのだろうと思う。この手の同年代の従者は幼い頃から突き合わせて慣れさせるのが基本だっけ? 一緒に育つ事で忠誠心を刷り込ませる手法があるってどっかで聞いた気がする。何にせよ、ここまで付き合ってくれる従者がいるならあのお嬢様も中々幸せだろう。あそこまで立派に奇行を実行できるのはそういう背景があるのかもしれない。
「辺境はいいぞ。一度は行った方が良いぞぉ。中央から来た夢見る若手冒険者の死体がシーズン中は割とみられるぞぉ」
「魔境じゃないっすか。ぜってーやだ」
笑いごとじゃないんだが、笑うしかない。まあ、辺境なんて場所相当な理由でもない限り来る必要もないし、出る必要もないだろう。来る人間は来るというだけの話だ。ここでの生活が終わればまた辺境生活に戻る。俺はあの自然が恋しいと思っているが、クルツ少年は違うらしい。
「でも不便じゃないっすか?」
「不便だよ。そこが良いんだわ」
「うーん、解らない……」
「解らないだろうなぁ。その不便さが楽しいんだよ」
首を傾げるクルツの姿に笑う。俺は完全なる自然派なので、寧ろこういう都会生活の方がストレスが溜まりやすい気がする。森の中とか、原っぱで動物たちに囲まれながら昼寝をする時が最高に生きてるって感じがして好きなんだよね。問題はそういう環境がこっちにない所で。ここから飛行して辺境に帰るにしてもロック鳥がいないし、飛行しても片道数日という距離だし。
実に遠い場所へと来てしまったと思う。それもまあ、数年の我慢だ。俺の長い命からすれば僅かな時間でしかない。
「クルツとティーナ様はどこ出身なんだ?」
「自分達っすか? 西方っすよ。海に面した領地を持ってるんで漁業と貿易が盛んで、お隣の大陸とも交易してるんすよね。お蔭でウチは金があって豊かっすよー」
「へえ、それは色々と珍しいものがあって楽しそうだな」
「お隣さんからやってくる特産品とか、読めない文字の本とか、異種族とかほんと良く集まるっすね。まあ、見慣れちゃえば何時も通りって感じなんすけど。その分商人も集めるからうちは商業が発達してるんすよ。いや、まあ、その分脱税したがる馬鹿も多いんすけど」
何時の時代も商人連中がやろうとする事に変わりはないなあ、と呟き苦笑する。
「ウチの所は旦那様が昔気質というか、派手に暴れたがるタイプなんすよ。奥様がそれを何時も窘めてコントロールしている形で、お嬢様は旦那様の気質が完全に遺伝してて瓜二つって言われてるんすよね」
「チャリ通学するパパなのか」
「通学はしないっすけどチャリで領地見回るタイプの人っすね」
やべぇ、滅茶苦茶見たい。親子2代でチャリオット乗り回してるのか……。もう、そういう一族なんだな……ってので納得してしまう。だけどそう言うアクションを取って見せてくれる領主ってのは領民からすると親しみやすく、そして安心感のある領主だ。ウチの所の領主、サンクデルはそれとは真逆のタイプだ。自分が動きを見せない代わりに、使える人間を最適解で動かす事を目標とするタイプだ。だからサンクデル自身の動きは見えなくても、サンクデルの指示を受けた人間があの広い領地を隅から隅まで管理している。
このティーナ嬢の父親ってのは逆に自分の目と耳で確認しない限り納得出来ず、行動していないと満足できないタイプなのだろう。サンクデルとは絶対にそりが合わなそうだと思った。どっちが有能なのか? という話になると結果が出ている以上はどっちもどっちで有能で優劣はない……としか言葉を濁す事が出来ないだろう。どっちのタイプのが優秀てのはマジで結果でしか見えないのが問題で、どっちも結果を出してるなら優劣はつけられないのだ。
「ただ、まあ、最近は物騒っすね」
「何かあるのか? 街が丸ごと1個変異モンスターによって感染殺戮起きるとか」
「そんな事が起きるわけないでしょ!」
起きたんだなあ、これが。人狼のオーケストラの時の記憶は、良い悪夢になった。お蔭で俺の脳裏に焼き付いて消えない、新たな術式になっている。悲劇を経験すればするほど凶悪で醜悪な術式が増えて行くのはまるで罪人が、咎人が背負うカルマが重みそのままに力へと変わって行くのに良く似ていると思う。
「マフィアっすよ、マフィア! 連中商会のバックがあるんで当然のように進出してくるんすよ」
「あー、ソッチにもマフィアは出るのか」
「お、辺境にもいるんすか?」
「いや、その手の連中は辺境来れないから。悪い事すると割とマジで村八分だぜ。世界が狭いから大体全員が顔見知りだし、悪い事してると一瞬で発覚するし。俺達、隣人の変化に対しては敏感だから悪い事してみろ。狭いコミュニティだから一瞬で殺しに行くぞ」
「ひえっ」
これはガチ。辺境は環境ハードなんで、悪い事して少しでも足を引っ張ろうとする奴がいると全員で袋叩きにする。だからクスリとかが全く出回らないのだ。これで何か問題があったら村がキレるし、街でやってもキレるし、領主もキレる。環境が割とハードだから協調しないと生きて行けないという部分が強いのだ。よそ者には辛い環境なんだよなあ、辺境。そういう意味じゃあんまりお勧めできる所でもないんだが。
「ってそうじゃねぇ、こっちだこっち。スラム街とかの方」
「あー。そういやこっちでも流行ってるって話っすね。依存性が低い代わりに馬鹿みたいに飛ぶって話なんで、結構人気なんすよ、クスリ。ただ旦那様は割とそう言うの嫌いなんで、発覚した日にはバックに使ってる商会に突撃して在庫を粉砕したとか……」
「うわぁ」
それ、絶対に本社の方から睨まれる奴じゃん。いや、でも証拠抑えたならセーフなのか? 強行突破で問題を解決する領主ってマジでいるんだな、というのは知見になった。それはそれとして、ウチの領地では絶対に真似のできない奴だろう。
「あー、話を戻すっすね。なんか最近こっちでマフィアが薬を学生向けに売ってるらしいんすよ」
「マジで? 犯罪じゃん。こっわ」
「うっわ、似合わね」
「は?」
「は、反射的に言っただけだから許してくださいよぉ」
別に怒ってないよ、と笑い声を零しながら手を振った。だけどスラム街で見た薬の売人、アイツら学生相手にも商売していたのか。いや、考えてみれば当然の話だったのかもしれない。金のある連中に売りつけたいんだから、当然金のある貴族の子弟が対象に入るだろう。
「前々からある問題なのかこれ?」
「みたいっすね。スラム街を根城にしている都合上、なかなか手が出しづらいらしいっすよ。支援者の中には高位貴族もあるって話で手が出しづらいとか」
クルツの言葉と共に視線は正面の馬車に乗っているフランヴェイユ公爵令嬢へと向けられる。まあ、恐らくは彼女ではなくその親が支援者なのであろうが、基本的に貴族の罪とは連帯だ。彼女の親が悪ければ彼女自身も悪として見られるだろう。悲しいがそれが現実という奴だ。実際のところ、聞いてみない限りはどういう事かは解らないが、
「そっか、学園内でも麻薬が売られてるのか」
「そこまではちょっと良く解らないっすね。流石に調べないと解らないっすけど、それでも学生の間でもクスリの話は割と有名になって来てるっすね」
「マジかぁ。学園の方はあんまりよらないからそうなってるのは知らなかったな……スラムに行ったら違法娼館を利用してるやつなら見かけたけど」
「それはそれで相当な地獄っすよ」
最近の若者は性癖がねじ曲がってるなあ、と呟く。実際の所、クスリの誘惑というもんが俺には良く解らなかった。クスリを使えば気持ちが良い、楽しい気分になれるってのはなんというか……そこまでして使う程のもんなのか? って思わせられる。だけどこういうもんって使わざるを得ない、或いは同調圧力から来るもんだって話をどっかで聞いたことがある気がする。
そうなると、クスリを流行らせている人間がどこかにいるという話になるのだ。
はー、と声を漏らしながら周りの風景に目を通わす。モンスターの気配は―――ない。俺の察知出来る範囲内に入ってきた瞬間、小型のモンスターは命を惜しむ様に全力で逃げ出すからだ。これが辺境だったら一部、俺へと立ち向かってくる勇者がいるのだがこの都会にそういうモンスターはいないらしい。お蔭で整えられた道を馬車は進み、そこから徐々に丘へと向かって整備された道路から整備されていない道路へと移動する。
最初は舗装されていた道も、今では草が生えず、押しつぶされて平坦になった大地と言える形の道に変わっていた。流石に中央とはいえ、どこもかしこも整備されているという訳ではないのだろう。それでもしっかりと雑魚モンスターしかいない辺り、騎士団の殲滅作業はちゃんと行われている。俺とダン、そして楓が常に索敵するように気配を巡らせていても賊の類が引っかからないし、ここら辺は本当に安全なのだろう。
エメロードから離れた所で周りの風景もファンタジーに見る様な道と地平と、緑と青い空―――そんな景色が延々と続いている。
俺はきっと、この景色が好きなんだろうなあ、と思う。都会で豪華な飯を食っている時や、柔らかいベッドで眠る時よりも。こんな景色の中で風を感じながら眠る時がたぶん、満たされる。
ただ、そうやって安寧を感じられる世の中だったらどれだけ良かった事か。
「物騒な世の中だなぁ」
「そうっすねぇ。悪い事をする人がいなくなればいいんすけどねー」
「そうだな」
本当にそうだ。どうして皆、他人にやさしくなる事が出来ないのだろうか。どうして他人を不幸にしようとする奴が出てくるのだろうか。解らない、解らないが……結局、完全なる理想の体現というのは往々にして不可能だと証明されてきている。
だから今ある幸せで妥協するしかないのだろう。
「ふわぁ……眠くなってきたな」
「あ、じゃあ御者交代しますわ」
「頼む。風が気持ち良いんだわ」
手綱をクルツに渡すと両足を組んで、背中を後ろに預けつつポケットからドライフルーツを口に咥える。後ろからはお嬢様方の楽しそうな笑い声も聞こえる……どうやらリアに新しいお友達が出来たらしい。本当に誰とでも仲良く出来る才能の持ち主だと思いつつ空を見上げる。
今日も空の青さは、地球も異世界も変わらない。




