犯罪 Ⅵ
一週間後にピクニックがあると聞かされてその日までウキウキらんらんして過ごす? んな訳ないに決まっている。
俺達護衛ってのは意外と仕事がある。主が遠出をするというのなら事前にルートの確認や安全性の確認、出現するモンスターの種類や数、弱点、治安、直近の事件とかを確認する必要がある。まあ、ここまでやる必要はないのかもしれないが、少なくともこの都市に来てからはだいぶ暇だったので俺はやる事にした。そして同じように十歌の護衛でもある楓も一緒にその作業を手伝ってくれた。
そう言う訳で俺と楓はピクニックに備えて現地へと下見に向う。当然だがそこら辺も当然俺達の仕事であるのだ。そして現地の安全を確認したら漸く馬車等の手配に入る。今回に限ってはピクニックの提案側から用意するという話があったらしいので特に準備する必要はなく、俺と楓は下見を終わらせてしまえば後はもう時を待つばかり。
そして1週間という時間は、あっという間に過ぎ去って行き、時はピクニック当日。
集合場所となったのは都市部の商業区、馬車の大型停留所だ。歩いていると面倒な広さを誇るこの都市には現代日本でいうバスの様に馬車が運行されている。これに乗る事で都市内部を自由に移動できるのだが、今回はこれをレンタルしてピクニック先へと向かう事になっていた。その為、都市部で一番大きな停留所、その端に邪魔しない様に集合する事になっていた。
比較的に朝に強くて行動が早い俺達のグループがどうやら一番乗りらしく、待ち合わせ場所に行くとまだ誰もいない状態だった。何台かの馬車が今日という日の為に待機しており、或いは朝から仕事の為に馬に繋げられ、動き出していた。
自由になっている馬は俺のところに集まると、挨拶をする様に軽く頭を下げたり頭を撫でられるために近づけていたりする。それを馬の主や御者が驚いた様子で眺めている。
「いいやあ……普通はここまで初見の人に懐くもんじゃないんだけどなぁ……姉ちゃん、ずいぶん動物に懐かれているな」
今日はついてくる気満々の二股の黒猫―――我が家ではミス・アンジェラと名付けたこの黒猫も一緒にいる。というか足元から馬たちにあまり馴れ馴れしくするな、と指示を出している様にさえ見える。お前は俺のマネージャーか? 辺境に帰る時にはお前を連れて行きたくなったわ。
「エデンは昔からそうよね。どんな動物にも好かれる体質をしているわよね」
「そうだね、どんな動物でもエデンを前にしちゃうと大人しくなっちゃうし、素直に言う事聞くんだよね。前、エデンの狩りに一緒に行かせて貰ったら、ウサギが自分から前に出てきて狩られるのを待つようにお腹を見せて転がるのを見て驚いちゃった」
「なんか、もう、才能とかそういう領域超えてるね、それは……」
御者の人が笑いながら馬車へと戻って行く。俺は解せぬと呟きながら頭を掻いていると、道の方から十歌と楓のコンビがやってくるのが見えた。片手を上げながら挨拶するといえーい、と声を上げて楓とハイタッチし、それを見ていたリアが閃いたような表情を浮かべ、両手を持ち上げた。
「十歌! いえーい!」
「い、いえーい」
どことなく困惑しながらもリアに促されハイタッチを決める。ちょっとだけ困惑しているが、しかし表情はどことなく楽しそうだ。誰でも楽しくさせる事が出来るのが、リアの才能だと俺は思っている。というかクラスのカーストにおいては、誰からも愛される“不思議ちゃん”ポジを獲得しているらしい。講義の様子はあまり良く解らないが、現状問題はなく、仲良くやれているようで良かった。
「おはようで御座るエデン殿。絶好の行楽日和で御座るなあ」
「そうだな。これで何か問題さえ起きなければ最高なんだが」
「それは天にしか解らぬ事に御座れば、我々には祈るしか出来ぬで御座るよ」
「そうだな……祈っておくか」
両手を合わせて我らがソ様に。どうか今日は問題が起きませんように。
『それは……私の力を超えています……』
答えんなや。解り切った答えを出すんじゃねぇよ。期待はしてなかったけどよぉ!! それでも明確な答えを出すんじゃないよ! 今日は何かトラブルでも発生するのだろうか? いや、ソ様のこの反応なら何かしらの事件が起きてもおかしくはなさそうだ。心の中の警戒レベルを上げておく事にする。既に前途多難だなあ、なんて思いながら雑談していると次々と合流場所に生徒の姿がやってくる。今日は休日という事もあって、皆が思い思いの私服姿でやって来ている。
次にやってきたのは三人組だった。白髪、金髪ツインドライブ、そしてイケメン。見たくないハッピーセットが揃っている姿に、目撃した瞬間に舌打ちが出てしまった。
「おはよう皆、これでも早く来たつもりだったんだけど」
「私達は基本早起きだからねー。おはよう、皆」
「おーっほっほっほ! おはようございますわ。どうやら皆さん元気なご様子で結構結構」
「朝からティーナが騒々しくてごめんなさい、見た通り今日の事を結構楽しみにしていたみたいなの」
まあ、そんな奇天烈なキャラしてれば友達が少なそうだしな。そう思いながら俺達従者グループは主グループからちょっと距離をあけ、離れた所へと移動する。全員がそれぞれ、従者を1人連れてきている。ロゼとリアが俺を、十歌が楓を、そして今来た3人も3人の従者を連れてきている。
ティーナが連れてきたのは執事服の同年代ぐらいで、栗色の髪の毛に苦労してそうな表情が特徴の少年だった。なんというか、いかにも振り回されてそうというイメージが強く印象に残る姿だ。朝から既に疲れた表情をしているのがもう全てを察せる。チャリ通学するお嬢様の従者だしなあ……。
アルドが連れてきたのは先日アルドを連れ出す時に見た、アルドの騎士だ。名前は確かハリアだった筈だ。此方も金髪だが短髪、騎士が着そうな鎧姿ではなくどことなく戦闘用にカスタマイズされた騎士服の様な物を纏っており、腰には二本の剣を吊るしてある。こいつを見て反射的に考える事が勝てるな、というのが戦闘に身を置くものとしての悲しい性だろうか。そこら辺の戦闘意識とか、エリシアに叩き込まれてしまった。悲しいなあ、もう戦闘しない人間のメンタルには戻れそうにないわ。
最後に、シェリルが連れてきたのは恐らく40代ぐらいの筋骨隆々な執事服姿の男だ。短い灰髪をオールバックに流した、渋みのある男性だ。この中で恐らくは一番経験豊富であり、俺と同等の戦闘能力があるのを気配だけで察せる。流石公爵令嬢、連れてくる護衛の質が非常に高いと言わざるを得ない。それに比べるとアルドの連れて来た騎士はちょっと弱いと感じる。いや、雑魚って訳じゃないんだが。それでもこの男と比べると見劣りする。
シェリルの連れて来た従者も、俺を見ると少し驚いた表情を浮かべる。
「ほう、まさかグランヴィル等という辺境の弱小貴族がここまでの怪物を飼い慣らしているとはな、驚かされた。ダン・ウィーザーだ。娘、貴様の名は」
「エデン、家名なんて豪勢なもんはねーよオッサン」
「ふむ? 品があるからどこぞの家の出かと思ったが違うか……」
手を広げてさあ? のポーズを取る。まあ、俺が受けていた教育はあくまでも義務教育と大学の範囲だけだ。それがこの世界における専門教育に対してどこまで匹敵するかは解らないが、そこそこ社会経験はある。それで通用する範囲であれば楽なのだが、ここは時代が違う。求められる教養やマナーだって全く違ってくるのだからそれで全てが通じるとは思わないが……それでもある程度はったりとして通じるなら良かった。
「これで今日は全員か?」
「いや、後1人来る筈っす。あ、其方のお二方初めまして! クルツ・カーデンです。うちのお嬢様の奇行にはしばらく慣れないと思いますけど、宜しくお願いしまっす!」
頭を下げて挨拶してくる少年に苦笑しながら握手を返すと、楓もサクッと挨拶した。
「それでは後は私だけですね。ハリア、アルド様の護衛という大役を任される騎士なのですが……まさか同期にこれほどまでの実力者が揃うとは思ってもいませんでした。若手の中ではそこそこやれる方だと思っていたんですが、こうも格上を見ると聊か自信を無くしてしまいますね」
「俺は体も能力も特殊なんで比べない方が良いぞ」
「拙者も特殊な出自故、考慮に値しないで御座る」
「実際、その年でそれだけの実力を付けているのであれば十分だろう。貴様は良くやっている方だ。寧ろこの2人が異常なだけだ」
ダンはどうやら俺と楓の実力を完全に見抜けているようだ。俺もここら辺の人間の大体の実力は見抜けている。戦闘を職務とする連中は一定以上の強さが身につけば、相手の力を把握するための嗅覚みたいなものが発達する。生き延びる為に必要な能力の一つなので、ここら辺の強さを解りやすく数値化してみるとしよう。
まずは一般人の壁。このクルツ少年がそこにいるだろう。戦闘力皆無か、ちょっと覚えがある程度。強さをレベル表記すれば大体レベル5とかそれぐらいだろう。
次、鍛えられた人間の壁。シェリル、アルド、ロゼ、リアがここら辺。シェリルが15、アルドが20、ロゼとリアが大体60ぐらい。この強さの違いはどれだけ鍛錬する時間があるか、そして環境の違いだろう。リアとロゼはそもそもエーテルの濃い辺境の出身だ、中央の人間よりは強くなりやすい。その上で二人とも才能があるのが良い。シェリルとアルドはまあ、立場を考えればそこまで強くなるために鍛えていないから当然と言えば当然か。寧ろ強すぎるお嬢様がおかしい。
次、プロフェッショナルの壁。ここにティーナが入る。数値化してみると100ぐらい。お前の戦闘力お嬢様としてはおかしいよ。なんだよ、やっぱそのドリル戦闘用なんじゃん……。明らかにクルツ君と逆転すべき数値なので、クルツ君はもうちょっと頑張ってほしい。5って数字は一生を戦闘に関わらない人間の数値だぞ。ちなみに“金属”級がここら辺から入り始めると思っている。頭打ちが多いのもここら辺。
そして才能の壁。ハリアがここに入る。強さを数値化してみると大体160ぐらいだろうか? 才能があり、その上で鍛錬を積み重ね、強くなる手段を模索して限界を超える意思がある奴がここに入ってくる。ここまでくると単純に筋トレとか、武芸とかだけでは限界が出てくる領域だろう。場合によっては残像を残す速度で動いたり、反応速度や無意識を超えた速度を肉体で出してくる連中が出現し始める。どこかしら体を弄っていないと無理な段階でもある。ハリアは布面積の多い服装を着ているから解りづらいが、入れ墨を彫っているのを気配から察している。というかエーテルの動きが龍の目には見えてるので、把握している。単純な鍛錬だけではたどり着けない領域だからこそ、ハリアが相当頑張っているのは解る。
最後に怪物の壁。ここから上は分類するのがバカバカしいという戦闘力。俺、楓、オッサンが見事ランクイン。実力的にはオッサン=俺>楓かなあ、とは思うがそこまで差はなさそうだ。俺達が割と同格で横並びしているからおおざっぱなランク付けが出来ない。ただここがいわゆる“宝石”の世界だ。体が弄られているか天然かは把握されていないが、限界を超えた努力だけではどうにもならない世界だ。才能か、或いは多額の金をかけた強化か、何にせよ突き抜けるだけの材料がないと無理だ。最低ラインが200ぐらいだとして、俺ら3人は大体250ぐらいはあるかな。
こうやって比べると、俺らがどれだけぶっ飛んだ戦闘力の世界にいるのかがわかる。一般人と戦闘を専門として戦う者の差の開きは凄い。科学技術、信仰、伝承、伝説、神話、そして魔法。この世界では強くなるための手段が大量に存在する。それらを組み合わせ、利用する事で人はどこまでも強くなる事が出来るだろう。
例えばこのダンのオッサン。感じられる特殊な資質みたいなものはない。恐らくは身体を施術とかで強化して強くなった上で経験を重ねたベテランタイプの人だ。つまり特殊な才能や資質がなくても金と時間をかけて成功すればここまで上がって来れるという事の証明だ。
俺はそもそも肉体が最初からこの領域にあったタイプで、楓は―――良く解らない。ジャンルで言うなら恐らくは俺と同じようなタイプの人間だと思う。生まれが特殊で改造されてないタイプだろうとは思う。まあ、そこら辺は別段踏み込むような所でもないだろう。
「―――ま、これだけ揃ってるならそれこそ禁忌の魔物でも出現しない限りはどうとでもなるだろ」
「そもそも危険地帯に行くわけでもないしな」
「自分はお嬢様がまた奇行に走らないかどうかで心配なんすけどね……」
それは俺らではどうしようもねぇんだわ、という空気が流れる。ここにいる従者全員、クルツに対しては非常に同情的だった。いや、だって、そうだろ? あんなお嬢様奇行種誰だって相手したくないじゃん。当然の事だと思うわ。
と、しばらく和んでいると、
「あー! ごめんなさいすみません遅れましたごめんなさあ―――!!」
聞き覚えのある田舎娘の声がした。視線を入口の方へと向ければ、従者もなしに全力疾走する田舎娘の姿があった。ソ様と似たような名前を持つという罰ゲームを生まれに背負った少女、ソフィアが慌てる様に走り―――転び―――馬車に激突してから軽く転がり、起き上がった。
鼻血を垂らしながら。
「お待たせしました!」
自信満々で手を上げて挨拶をする姿に、軽く指を向けて白を使った浄化抹消で鼻血とその跡を消す。それを見てからアルドがうん、と頷いた。
「これで全員揃ったみたいだし楽しいピクニックへと向かおうか」
女子ばかり集めたのってお前? やるじゃん。良い趣味してると思うよ。
それはそれとして帰って良いですか?




