グランヴィル家の日常 Ⅵ
更衣室に案内されるとタイラーがメジャーを取り出した。カーテンを閉めて他の人から見えない様にすると、タイラーがそれじゃあと声を出した。
「恥ずかしいかもしれないけど、上を脱いで貰って良いかな?」
「ヴ……」
そう言われて思わず変な声が漏れてしまう。そう、別に他意はないんだ、他意は。ただ単純に仕立屋としてサイズのチェックを行わないとならないというだけだ―――これ、成人女性が相手だったら採寸どうしてるんだろ? やはり女性店員が別にいるのか、自分で測ってるのか、それとも普通にやってるのだろうか?
どちらにせよ、TS龍娘転生して女性以外に上半身とはいえ裸を見られるのは初めての経験で、変に意識してしまう。男の時は全く気にならなかったのに。これが体の違いからくる意識の仕方の違いだろうか? 割と真面目に恥ずかしいけど……ブラジャーはこれからも必要なものだし、さっさと採寸を終わらせた方が良いだろう。
首元に手を伸ばし、ブラウスのボタンを一つ一つ解いて行く。それをタイラーが視線を逸らしてみない様にしてくれる。この人、結構紳士的だわ。そう思っている間にブラウスのボタンを外し終わって脱いだ。それを軽く畳んで足元に置き、
「脱ぎ、ました」
「はい、じゃあ採寸するよ。両手を広げてくれるかな? はい、ありがとう」
そう言うとタイラーがメジャーを手放した。なんで? と思うと浮かび上がったメジャーが複数同時に展開し、勝手に動き始める。背面に立っているタイラーはどうやら此方の正面を見たりしない様だ。魔法でメジャーをコントロールしているおかげか直接肌に触れる様な事はなく、裸と言っても背中しか見ないらしい。それでもメジャーはちゃんと動いて採寸を行っている。確かにこれなら背中しか見られないし少し安心する。
「中々綺麗な鱗を生やしているんだね」
「うぅ……」
と思ってたら、そんな事を言われて赤面してしまう。そう言えば腰の裏とか首筋に鱗があるんだった……普段はブラウスの首元をちょっと伸ばしてなるべく隠しているのだが、こうやって服を脱ぐと丸見えになってしまう。指摘されてしまうと中々に恥ずかしいものがあり、思わず俯いてしまう。それにタイラーが慌てる。
「あぁ、ごめんごめん。別に辱めるつもりはなかったんだ! ただ単純に、私が見て来た鱗の中でもかなり色艶の良いものだから驚いてしまってね……蜥蜴人や魚人でもこんな輝きは出せないしね……この混じり気のない雪の様な白はかなり珍しいね」
「そう、なの、ですか?」
「うん……角の事を含めて少なくとも何かしらの魔族かとは思うよね。少なくとも角持ちの蜥蜴人や魚人はいないだろうし。魔族は種族としてかなり雑多で区分が大変だって聞くし。君の様な特徴の子は初めてだよ」
「魔族?」
「うん? 魔族の事を知らないのかい? まあ、そうだね。あまりエスデルの方では有名じゃないかもしれないかな……連中は夜の国から出てくる事が稀だしね」
夜の国、前に聞いた場所だ。ただその詳細はまだ良く習ってはいないから知らない。そう思っている間に採寸は進んで行く。
「夜の国は魔族―――魔界と呼ばれる異世界の住人だよ。なんでもエーテルが非常に濃い世界で、魔族たちからすると此方の世界では非常に活動し辛いものがあるらしいんだ。だから直接のゲートが置いてある“夜の国”と呼ばれる彼らの此方側での拠点以外からはあまり離れてこないんだ。君だって息苦しい場所で長居したくはないだろう?」
その言葉に頷く。
「まあ、そういう事だね。現状人理協会が目の敵にしていてこの世界から排除しようと頑張っているんだけどねー」
タイラーが苦笑した。
「魔族という連中は非常にスペックが高くてね、人間との戦いだとまず負ける事がないんだ。だからお隣の大陸では年がら年中特に侵略も害するつもりもない夜の国と人理協会の聖国との戦争が続いているよ。魔族側は特に支配する気も滅ぼす気もない観光気分でこっちに来ているらしいからね……」
「えぇ……」
「うん、まあ、完全なるエンジョイ勢なんだ。でも純人族至上主義者からすれば絶対に追い出したい存在ではあるから争いは絶えないんだよね―――はい、採寸終わり。そのまま少し待っててね、君に合うサイズのがあった筈だから」
「はい」
そう言うとタイラーはメジャーを戻して更衣室を出て行く。しかし異世界―――異世界に来ているのに異世界と繋がっているというのはまたおかしな話だ。それも魔界とかいう世界と繋がっているという話は面白い。だけど、魔族か。魔族であれば龍もまだ生きているか残っているのだろうか?
というか完全なるエンジョイ勢が国を作って統治しているというのもおかしな話だな……。
エドワードやアンが魔族だから、と俺を見てスペックに納得する理由に何となく納得がいった。それはそれとして、俺が龍ではなく魔族のフリをすれば多少は問題なさそうだなあ、なんて事も考え始めた。これはもうちょっと、魔界や魔族の事を調べておいた方が良いのかもしれない。
「お待たせ、エデンちゃん。ジュニアブラ持ってきたわよー」
「奥様」
「付け方解らないでしょ? 教えてあげる。と言ってもこれは特に複雑でもないけどねー」
そう言ってエリシアが更衣室の中に入って来た。その手の中にあるのはジュニアブラと呼ばれる、子供用のブラジャーだ。詳しい事は解らないが、成長に伴って発生する敏感な胸をサポートしたりガードしたり、そして胸の成長を助ける為のものらしい。エリシアの手の中にある奴を見てみると、一般的に見るランジェリー型のブラジャーとは形状が大きく違う。
こう、言い方は悪いかもしれないが、丈の短いタンクトップという説明が一番しっくりくるかもしれない。
「ふふ、普通のブラとは違ってちょっと驚いてる? 最初はこれなのよ。でもね、成長するにつれて胸が横に膨らみ始めるからそれに合わせてまた新しいのを用意しなきゃいけないのよ。今回はその分も用意しちゃうけどね」
「申し訳、ありません」
「良いの良いの! 可愛い娘がもう一人増えたみたいなものだから!」
可愛い娘に殺人術を教える元女騎士ってなんだろうなあ……って思う事もあるが、それはそれとして善意と好意は素直に嬉しいから受け取る。というより現状、受け取る事以外のナニカが出来るという事でもない。俺1人では絶対に生きて行けないというのが解っているのだから。少なくともこの世界、良くあるご都合主義ファンタジーみたいな幸運によって生きていける要素が限りなく薄い気がする。
レベルアップもなければステータスもない。
スキルの確認なんて数値で出来る事もない。
現実と何も変わらないファンタジー。ただそれだけなのだから。
しかも真実は悪役種族! バレたら死刑!
うーん、人生ULTRAハードモードだ……!
死にとうない、死にとうない、我死にとうない!
だから龍である事は絶対にバレてはならない。黙っているしかないし、秘密にするしかない。龍の姿に変身なんて絶対にしてやらないからな。でもちょっと変身には興味ある。龍の姿、また1度ぐらいは―――いや、駄目だ駄目だ。やったら最後絶対バレるでしょ。
そんな考えを頭の中で巡らせている間にジュニアブラを装着した。胸の下辺りが地味にキツく感じるが、肌触り自体はソフトで心地よい。今までは胸の先端辺りに神経が通っているような感覚があって擦れて痛かったりする事もあったが、ブラを装着してみるとそれを考慮してるのか包み込むような感じで保護してくれている。装着した状態で体を捻ったりして動かしてみるが、擦れる様な感覚はない。
「おぉ……」
「うん、それなら問題なさそうね」
エリシアの言葉に振り返りながら頷き、ブラウスを着用しなおす―――ブラの上から服を着るという試みは人生初の感覚だが、インナーを着て服を着ている感覚に似ているかもしれない……その範囲が限定的だが。ただ、夏とかもずっと着用しなきゃいけないって事を考えると意外と大変だろうとは思う。夏場では実質的に二枚服を着ているという感覚になるんだろうか?
今は春だからあまり暑く感じないのが救いか。いや、長袖のブラウス愛用してるのに暑さを感じないのおかしくない? もしかして体質的に暑さとか寒さに強いのかこれ?
ドラゴン! って言うとマグマに突っ込んでも平気って感じのイメージあるしな……。
まあ、それはそれ。これはこれ。とりあえず考えてもしょうがない事は今は忘れておこう。とりあえずジュニアブラというアイテムを手に入れた事でこれまでは不快感の残る行動が一気に快適になった。更衣室から出たところで軽くターンを決めて、体の可動域を確かめるが不快感はない。
両手でダブルサムズアップをタイラーへと向ける。
「ご希望に添えて良かった。それでエド?」
「うん、他にもエデンの服を頼むよ。下着の替えも欲しいし。ついでに言えばこの際リアの服も新調したいんだよね」
「久々に大仕事になりそうだなぁ……エデンちゃんの服、どうするの?」
「本人が鱗の露出を嫌がってるからなるべく長袖で。後は外出用にタートルネックを」
「私はアレ、見せた方が絶対に栄えるから良いと思うんだけどなあ……勿体ない」
「角だけならまだ種族も誤魔化せるし混血でも行けるからね。国内ならまだいいけど、国外で魔族というのはあまり、ね」
「まあ、それもあるか。なら解ったよ。とりあえず数時間中に数着は作るから帰る前に取りにおいで。残りは後日此方から届けさせて貰うって事で」
「うん、宜しく頼むよ。それじゃあリア、今度はリアの採寸だよ」
「はーい!」
元気良く更衣室に突撃するグローリアを見ているとちょっとほんわかしてしまう。俺とは違ってまだ羞恥心の芽生えが薄いんだろうな……まあ、貴族という環境は使用人に着替えさせて貰ったりする部分があるから、他よりも人に見られる事に慣れているのかもしれない。かくいう俺もグローリアの着替えとかは手伝っているのだが。一度剥いてから服を着せる作業、相手が女児だからまだ平気な部分がある。
思春期に入った辺りから俺の意識がやばそうなんだよな……。
「それでは少々お待ちを」
「はいはい。エデン、他に何か欲しいものとかあるかい? あまり何度も街へは足を運びたくないからこの際買えるものは全部買っちゃうけど」
首を傾げてから頭を横に振る。欲しいものはそりゃあ現代日本と比べれば腐る程あるだろうけど、それを求める程愚かではないし、今も十分満たされているのにこれ以上を求める程恥知らずでもないのだ。節制する生活には慣れているし、今の生活でも十分幸せで満たされている。だからこれ以上求める様なものは特にないのだ。
「そうかい? それじゃあ昼を食べたらエデンの興味のありそうな所を回ろうか」
「あらあら、入れ込んでるわねぇ、エド」
「まあ、新しい娘が出来たような気分だからね。かといってリアをおろそかにしているつもりはないぞー!」
「構いすぎて逆に逃げられる時あるものね」
「ぐふっ」
エドワードが胸元を押さえ、エリシアがそれを見てくすくすと笑っている。仲の良い夫婦の様子にほっこりしつつ、俺の様な異物が果たしてこんな幸せな場所にいて良いのだろうか、と悩んでしまった。俺は見た目だけなら少女だが、実際の中身は違うし、体に至っては人間に擬態している龍なのだから。
パブリックエネミー。
それが俺の立ち位置。
全人類の敵だと言われ、認識され、そう歴史に記されている。その真実がなんなのかは知らないが、俺が龍であるとバレた時は恐らく優しい展開にはならないだろうなあ……とは思っている。こんな温かく、優しい人たちも龍だと知ったら排斥しに来るのだろうか?
俺が龍だと知ったら殺しに来るのだろうか?
その日……の事を考えると恐ろしい。だから黙るしかない。何も言えない。今ある全てで満足している。
「大丈夫、私は、拾われて、幸せですから」
拳を握って力説すると夫婦が顔を合わせ、笑みを零した。伸ばされた手が此方の頭を優しく撫でる。
「そうか、ならこの後は興味のある所でも見学に行こうか。きっと君の知らない面白い場所があるさ」
「そう言えばさっき歩いている時、興味深そうに冒険者を見てたわよね」
「僕はギルドの見学に行くのは反対だなあ! 可愛い娘たちをあんな場所に連れて行きたくないなあ!」
「相変わらずね……でも登録しておくだけ得なのよね」
「それはそうなんだけどさあ」
冒険者にギルド、やはり異世界ファンタジーの定番は存在していた! それを聞くとテンションが上がってきてしまうのもしょうがないだろう。エドワードにちょっと見てみたいなあ、という気持ちを込めて視線を送れば、僅かに体が揺らぐのが見えた。
「ちょ、ちょっとだけだよ……?」
「勝った」
勝利宣言をしながら俺もくすりと笑う。女の子になってこういう仕草が一々絵になるよなあ……なんて思いながら仕立屋での楽しい時間を過ごした。




